第三十九話
美味しい。美味しい。美味しいよぉ。
そんな言葉を脳内でリフレインさせながら料理を頬張るのはルセア。一生に一度食べられるかどうかと思っていた上質の肉の美味しさに涙を流す。
その傍らではシーリスも料理の美味しさに涙ぐんでいる。ただ、事情はかなり違う。
シーリスが生きていた時代、ログリア帝国は戦禍によって物流が日に日に先細っていた。先に占領された北部は工業地帯だったこともあり、穀倉地帯の南部からの輸送が止まった途端に食料が欠乏した。戦火が及ぶ前の南部でも、北部で生産されていた農機具などの供給が止まったことから生産力が落ちてゆく。そこに戦火が及んで農地が荒らされる。ラインク王国に占領されてしまえば食料の徴発までされる。穀倉地帯だったのに食料が欠乏する始末だ。
その影響で各地で野盗が出没。物流がほぼ壊滅した。調味料も塩がどうにか輸送されるに留まり、料理の殆どが塩味だけか、塩味すら無いものに成り果てていた。それも単に焼くだけとか、単に煮るだけとかでだ。
ただシーリスの場合、勇者パーティー加入後には訓練名目での野盗の討伐などで各地を転々とし、その殆どが野営だったことから、物流が確保されていても殆ど状況は変わらなかっただろう。それでもたまに町に泊まった際には、塩味だけの料理にがっかりしたものだった。一手間掛かっていたり、複雑な味付けがされた料理など、ラインク王国の王都を訪れた時に食べたっきりである。
だから目の前の料理で心を奪われるのはカツレツやそれに掛かったソース、ドレッシング。香辛料がふんだんに使われていても、ほぼ焼いただけのステーキそのものには惹かれていない。狩りで手に入る肉にも美味しいものがあったからだ。
とは言え、味付けしても精々薄い塩味ばかりだったシーリスには、目の前の料理は味が濃すぎる。美味しいと言えなくなるほどだ。それでも、ソースやドレッシングをパンで拭き取るようにして一滴残らず胃袋に入れた。
ロイエンはと言うと、時折辛そうに顔を顰めながら料理を食べるシーリスを怪訝に思う。
『料理が口に合わないのか? だったら別の料理を用意させるが……』
『気遣い無用也』
しかし、こう言われてしまえば何もできない。
シーリスにとっては味が濃すぎるだけだから、別の料理を出されてもきっと味が濃すぎる。それに目の前の料理を残すなど以ての外なのだ。
やがて食事も終わる。シーリスとルセアが料理に集中していたこともあって会話はほぼ無かった。ロイエンがシーリスに『普段はどんなものを食べてるんだ?』と尋ねれば、シーリスがどこか気も漫ろに『肉、山菜也』と答えるようなことが二、三度有っただけである。
食後のテーブルに並ぶ皿は、ロイエンとルセアが使ったものにはソースを始めとして、肉や野菜の欠片が残っていたりもするのだが、シーリスが使ったものは磨いたようにピカピカだ。正面でそうなる様子を見ていたロイエンは困惑の表情を浮かべ、食べ終えるまで全く知らなかったルセアは目を皿のようにして凝視する。皿を下げに来た給仕は二度見した。
その逆に、ロイエンとルセアの使った皿を見たシーリスは少し哀しげな表情を浮かべた。
皿や残ったパンなどが片付けられると、入れ替わるように侍女が靴を携えて来た。
「お靴をご用意いたしました」
「そちらのご婦人に頼む」
ロイエンはシーリスを指し示した。
「畏まりました」
と、一度は言った侍女だったが、改めてシーリスを見て蒼白になる。動きを止めた侍女をロイエンが訝しむ。
「何か問題でも?」
「も、ももも申し訳ございません」
侍女はいきなり頭を下げた。
「何が?」
理由も判らないままに頭を下げられても却って苛立たしいだけのロイエンだ。それを察した侍女はあわあわしながら用意した靴の一つを箱から出す。
「ご用意したお靴はこのようなものでしたので……」
シンプルなデザインながら華やか。ヒールも高い。着飾った娘さんにならとてもよく似合うだろう。しかしながらシーリスが着ているのはお仕着せだ。明らかに浮いてしまう。侍女が幾つも持っていた箱はサイズが判らなかったのでサイズ違いを用意したらしい。
ロイエンは渋い顔をしながらも頷いた。シーリスは苦笑するばかりだ。ヒールの高い靴など二年前に一度履いたきり。まともに歩けなかったので、ずっと爪先立ちするつもりで居たものだ。用意されても困る。もしかすると部屋と一緒に用意されただろう靴もこんな感じで、服も煌びやかなものかも知れないと思うと、何とももどかしい。
「直ぐにお取り替えいたします」
侍女がそう言うのをロイエン伝手で聞いたシーリスは、ルセア伝手についでで下着も用意して貰うことにした。




