第三十八話
宮殿には使用人のための大食堂が在り、幾つかの個室がそれに付随する。一部の個室は来客用も兼ねたものだ。その個室ではテーブルや椅子に重厚感のあるものが使われており、部屋の四隅には花瓶が、出入り口の無い二面の壁には絵画が飾られている。どれも高額とは言えないが見栄えのするものが選ばれている。予定が組まれていた来客の場合には、その花瓶に花が生けられたりもする。出入り口は二つ。一つは大食堂に続くもので、給仕の出入りに使われる。もう一つは大食堂を経由しない出入り口で、客が出入りするのはこちらになる。
シーリスが通されたのもその個室の一つである。同席するのはルセアとロイエンの二人。ルセアの同席はシーリスの希望だ。ロイエンと連れ立っていた騎士の中から四人が二人ずつに別れて二つの出入り口を警備する。残りの者達は別室である。今後、シーリスと召喚に関わった者達とは特に必要性の無い限りは顔を合わせないように手配されている。
個室の警備を内と外とのどちらでするかが少し議論になったが、結局は外になった。不用意に人が入らないようにするのを優先させたのだ。シーリスを監視する必要性も、守る必要性も無いだろうと言う訳である。勿論、外で警備すると変に目立ってしまう懸念がある。しかしこの場所に来るまでにかなり目立っていたので、もう今更だと判断された。
騎士が個室の中を一応だけ確認してから三人が入る。ところが入った途端にルセアは及び腰だ。そこそこ長く勤めていても初めての経験。普段に「どんな場所かな」と想像を巡らしていても、いざ足を踏み入れると尻込みする。小市民の代表のようなものである。それでいて「ほえー」と声を漏らしながら個室の中をキョロキョロと見回す。できる限り目に焼き付けておきたい訳だ。
シーリスはと言うと、ここまで左右に一度視線を走らせただけである。
八人ばかりが掛けられるテーブルの一辺にロイエンが立ち、シーリスに向かって手振りで対面を示す。シーリスはそれに従ってその座席に移動。座ろうとして、スカートがめくれないように後ろを撫で付ける。
『ひゃっ』
変な声が出た。お尻に伝わる手の感触の違和感。下着を着けてないのを嫌でも思い出さされた。ついでにまだ裸足だ。ここまで舗装された道だったから気にしなくて済んだだけだった。
ロイエンとルセアが怪訝な顔をする。
『どでさでか?(どうかされましたか?)』
シーリスはルセアの耳元に口を寄せる。
『下着よ。それに靴も』
直ぐにルセアは納得した。しかし蚊帳の外に置かれたロイエンは納得できよう筈もない。少し苛立たしげに問う。
「どうしたと言うんだ?」
「シーリスさんの服を一通り揃える必要があります。靴は今直ぐにでも必要です」
「あ? ああ……」
ロイエンも言われて思い出した。シーリスが着ているお仕着せはあくまで間に合わせだ。テーブルの下を覗き込むのは不調法なのでできないが、シーリスは裸足だった憶えもある。直ぐに外の騎士に靴の手配を依頼した。
ルセアはシーリスの横に座った。
三人が着席したのを見計らったように大食堂側のドアがノックされ、給仕が入って来る。その給仕はルセアを驚いた様子で二度見しながらドレッシングの掛かった茹で野菜のサラダと水を配膳する。ルセアの方はバツが悪そうに給仕から目を逸らす。知り合いらしい。
給仕はこれだけで退出した。サラダを凝視するルセアの顔に「これだけ?」の文字が浮かぶ。ルセアはリーリスやロイエンを見るが、二人は澄ました顔でサラダを口に運んでいる。ひとまず疑問を押し殺してサラダを食べる。随分な空腹だったためにあっと言う間に無くなるサラダ。フォークを口に咥えたまま、へにゃりと眉が下がった。
それと言うのもルセアの日頃の食事は、他の使用人の多くもそうであるように、一皿で終わりなのだ。大食堂で口にできるのも、時間や金銭的な都合から作り置きされたサンドイッチやパスタくらいのもの。そう、空腹が殆ど癒されていないのに食事が終わってしまったと思ってしまったのである。
まあそうしていたのも少しの時間。再び給仕が現れてステーキやカツレツなどを配膳する。ロイエンは比較的調理時間の短い料理を注文していたのだ。
目の前の、明らかにいつも食べているものとは違う上質な肉の料理にルセアが目を輝かせる。しかし、直ぐにまた眉が下がった。
「あのー、私にはとてもこの料理の代金を払えないのですが……」
ロイエンに訴えた。正確には払ってしまうと二、三日は断食を覚悟しなければならない。一度は首を傾げたロイエンもルセアの心配がどこにあるのか察した。
「心配しなくても今回の料金は召喚庁持ちだ」
召喚庁とは勇者召喚の儀を担当する機関である。
ロイエンの答えを聞いて、ルセアは輝くような笑顔になった。




