第三十七話
ロイエンが召喚の間に再び訪れたのは、日が空の半ばまで上った頃。騎士隊長を始めとした騎士達と一緒だ。騎士らは初見の傀儡を前に息を呑んでいる。それでも足を竦ませる様子が見られないところは流石だとロイエンは感想を抱いた。
待っていたシーリスはと言えば、もう一度眠ってしまいそうであった。
『待たせた。部屋を用意して貰ったから案内する』
これは謁見の間に侍従達によって見繕われた部屋だ。
『外より閂を掛けられたる部屋也や?』
ロイエンはシーリスに文句を言われるのを覚悟していたのだが、返された言葉は違った。まるっきり信用されてない風である。
『んな訳ないだろ』
『左様か』
ロイエンが目を眇めて抗議すると、シーリスは僅かな安堵を表情に浮かべて小さく頷いた。直後に試されたのだと悟ったロイエンは口を尖らせて不服を表現するが、シーリスの立場ならそれも致し方なしと考えて引っ込めた。
それからロイエンはルセアを指し示す。
『そこの彼女のことは心配しなくていい。殿下と騎士の方に奥で温和しくして貰うことになっている』
これはシーリスが一通りの状況を説明した時にロイエンに伝えていたことだ。
『それは重畳也』
『先に連れて行くから彼らを放してくれ』
『承知』
シーリスが依頼に応えて第三皇子と騎士から彼らを拘束していたゴーレムを離すと、ロイエンと一緒に来た騎士らが二人の両腕を取って立ち上がらせ、騎士団長が先導して連れて行く。未だ猿轡を噛まされたままの二人が何やら叫ぶが、言葉にはなっていない。
彼らが建物の外に出るまで見送った後、シーリスはゴーレムを解除した。するとゴーレムは関節部が砂になって崩れ、轟音を立てながら床に落ちる。砂埃が舞い、それが落ち着くと、残るのは一体当たり大小数十の石と多くの砂だ。居合わせた者達の驚嘆でどよめいた。
『作り物とは言え、あっけないものだ』
こんなところに世の無常を感じたロイエンである。
『案内する。付いて来てくれ』
『承知』
ロイエンが連れて来た騎士の先導で建物を出る。そこはまだ宮殿の敷地ではないが、市街地でもない。塀に囲まれた場所で、何か問題が有ればここで食い止めることになる。だから市街地は全く見えない。そこからもう一つ門をくぐったら漸く宮城の敷地になる。門は元々両開きだった半分を区切って使っているので片開きだ。
宮殿へと続く道は綺麗な石畳に舗装されてとても歩きやすい。両脇では手入れの行き届いた木々や草花が彩りを添えている。木の葉の間から差し込む陽の光もキラキラと輝いているように感じられる。時折通り掛かる人ものんびりしたもので、騎士に先導された集団を目にして道の脇に避ける時以外に慌てた様子が見られない。
随分と平和なのね。
それがシーリスの感想だ。木々の間隔は空いていても幹の太い木も多く、背の高い草花も多い。もし侵入者が有れば隠れる場所に困ることは無さそうだ。一方で、襲撃を受けた側が逃げようとした時には目隠しにならない。隠れようとすれば隠れられるが、隠れようとしなければ隠れられない。攻めるに易く守るに難い感じ。そんな風に生活の快適さや充実を優先させられるだけ危険が少ないのだ。
シーリスが知る宮殿では、周りを鬱蒼とした森が取り囲み、その森には罠師が仕掛けた罠が張り巡らされていた。間違って迷い込んだら命など無い場所だ。
しかしこの宮殿にはそんな命を削り取ろうとする感じが見られない。
『とても綺麗ね』
シーリスは眼を細めて呟いた。
『だな。庭師ざで優秀だず(はい。庭師さんは優秀です)』
『え?』
ルセアの言葉にシーリスは目を瞬かせ、小さく微笑む。
『本当にそうね』
暫く歩いて漸く宮殿に着いた。入り口には精緻な立像が門番のように両脇に佇み、門柱の一本一本にも精緻な彫刻が施されている。重厚な扉は日中には開け放たれているらしく開いたままだ。エントランスには絵画も飾られている。
ぐぐぅぅぅ。
入った途端にルセアの腹がまた鳴った。外ならいざ知らず、中だったので変に響いた。少し顔を赤らめるルセアを一瞥したシーリスは、自らの腹を摩りながらロイエンに言う。
『先な食事をば所望す』
『あ?』
言われたロイエンも自分が空腹なのを思い出す。
『直ぐに手配しよう』
これで漸くシーリス、そしてルセアも食事に有り付けたのだった。




