第二十九話
『ああ……、思い……出した……』
シーリスは益々強く自分の身体を抱き締めた。一度思い出してしまえば、身体の震えが止まらない。魔王が人の町を破壊する様子を見ているしかできなかった。いや、見せられ続けたのだ。
『シーリスざ、どか具合だ悪だでか?(シーリスさん、どこか具合が悪いのですか?)』
ルセアが優しくシーリスの背中を撫でる。吐き気が有ったら凄惨なことになるところだが、幸いにもそれは無かったので、シーリスは徐々に落ち着きを取り戻した。殊の外長い時間が掛かったが。
『ありがとう。もう大丈夫よ』
ルセアは魔法を使っていないが、意外な癒し手であった。そのお陰でシーリスは落ち着きを取り戻したのだが、取り戻したら取り戻したで、ここがどこなのかがまた悩ましくなる。世界は滅ぼされたのではなかったのか。人類は根絶やしにされたのではなかったのか。そこに至らなくても人々は逃げるのに必死な筈ではないのか。そう考えるとルセアや男達があまりに呑気で、平和な世界に生きているように見える。違う世界に居るかのようだ。もしや自分は死ぬ寸前に夢の世界へと紛れ込んだのかとも疑うが、ルセアの手は現実の感触だった。
『ねえ、わたしはどうしてここに来たのかしら?』
自ら望んで来たのではないから、誰かに連れて来られたのは確実だ。思い出していたとある召喚者の話から、自分も召喚されたのかも知れないと思いはしても、知っている世界とは微妙に同じで微妙に違うから確信が持てない。
『わずだ呼ばっで来だとぎゃもうシーリスざだ居でなだで判だでだ(わたしが呼ばれて来た時にはもうシーリスさんは居たので判りません)』
『うん、よく判らないけど、判らないらしいことは判ったわ』
はっきりしたことは外の連中に聞いてみなければ判らないが、彼らとは全く話が通じない。頭が残念――ではあるのだけど――だからではなく、言語の問題で物理的に通じない。ルセアに通訳を期待するのも無謀だ。半分しか通じていないのだから、質問して答えが返って来ても正しい内容が期待できない。それでもライナーダ語を話す人を連れて来て貰えるまではルセア頼みになる。
ところが外にはルセアを剣の錆にしようとしている者が居て、彼女の安全も確保しなければならない。あの手の、身分とそこから来る権威をやたら大切にする者はどこにでも居る。王侯貴族の中には権力争いの日々に明け暮れる形でそのためだけに生きている者まで居る始末だ。そうした手合いはその場だけでは収まらず、後から攻撃を仕掛けて来ることもある。何らかの形で抑えられるまでは目を光らせておかなければならないので面倒だ。
物理的に守るだけならそう難しくはない。ルセアの周りを囲ってしまえば良いのだ。しかしそれではルセアに対してあんまりな行いだから、リスクを取ってルセアの自由は確保しなければならない。
一番簡単なのは外の連中をみんな殺してしまうことだ。ルセアだけ逃がして自分が犯人だと名乗り出れば良い。死人に口なしだ。碌なことにはならないのでしないけど。
シーリスは取り留めもなく考えた後で、いつの間にか壁のようなものの外も静かになっているのに気が付いた。
『ルセア、わたしの近くに立ってて。ここから出るわよ』
『だな(はい)』
ルセアは理由が判らなくてもその通りにした。何か理由が有ってのことだと思ったからだ。
シーリスはルセアが自分の近く、余程のことが無ければ守り切れる範囲に寄ったのを見計らってから声を上げる。
『命令』
それと同時に壁のようなものに、縦に亀裂が走る。数は最初に立ち上がった柱の数。柱と柱の間が最後に閉じた部分だ。板状の両端が真ん中で合わさるように折り畳まれ、上端が下端に合わさるように折り畳まれる。上端に短く二本の亀裂が入ると、真ん中は丸まって頭に、左右は広がるように延びながら腕になる。その途中では手が形作られた。下端の真ん中に長く亀裂が入ると、それぞれに細長く丸まって足になる。残る部分は腕や足に合わせるように形を変えて胴体になった。
『こ、こだ?(こ、これは?)』
ルセアが驚きを顔全体で表現しながら尋ねた。シーリスはこれをはっきりとは聞き取れなかったが、何を問いたいのかは何となく判ったので答える。
『これはわたしの魔法で、傀儡よ。形は自由に変えられるけど、さっきまでみたいに壁のようにしていたら文字通り手も足も出ないのが玉に瑕ね』
「はあ……」
ルセアはさっぱり判らなかったために素に戻ってしまった。
外側でも騒ぎになっている。
「面妖な! 早く倒してしまわぬか!」
第三皇子である。得体の知れないものに怯え、消し去ってしまおうとする心理の表れだ。命令するだけだからこれで済ませられる。
済ませられないのが命令される者達である。先程までと違って如何にも反撃をされそうなのだ。反撃されなくても、手も足も出なかった相手が反撃してくるとなれば、悲惨な結果が見えてくる。勢い、へっぴり腰にもなる。
そんな中で一人だけ挫けない者も居た。最初に剣を抜いた騎士だ。背後に回り込んでゴーレムの間を擦り抜けてシーリスに襲い掛かる。
ギンと甲高い音を響かせて見えない何かに剣が弾かれ、次に全身に衝撃を受けて大きく身体を弾き飛ばされる。シーリスの障壁の為した技だ。床に倒れ臥したところを二体のゴーレムが取り押さえた。
そして別のゴーレムが第三皇子を取り押さえたところで、騎士や魔法士は降参の意を示したのだった。
『やっと話ができそうになったわね』




