第三十話
シーリスの話し相手を務めるのは勇者召喚の儀を行った魔法士だ。ところがルセアの通訳を挟むために要領を得ない。「わたしはどうしてここに居るのかしら?」「わたしはどうしたのでしょう?」「私に訊かれましても……」「私は聞きました」「何を!?」と言った具合に、シーリス、ルセア、魔法士、ルセアと伝わる間に意味が判らなくなり、シーリスがびっくりする訳だ。ゴーレムが押さえ付けている二人が騒ぐ声も邪魔で余計に聞き取り辛い。
だからシーリスは先にライナーダ語の話者を連れて来るよう要請した。文官の一人がお使いだ。この場での一番の下っ端はルセアだったが、この場に留めた。話半分だろうと全く通じないよりはマシなのである。勿論、自ら出向いた方が早いことは判っているが、押さえ付けている二人の扱いに困ることになる。放してしまえばまた何をしでかすやら判ったものではない。
建物には窓が無いので中からでは判らないが、既に夜が更け始めていた。こんな時間に働いているのは警備兵か、多大な仕事を抱えて残業している人か。文官が連れて来たのも後者の一人だ。
米搗きバッタのように頭を下げながら一人の男を案内する。相手は三十歳を回ったばかりの外交官である。
「こちらです。お願いします」
「こんな所に連れて来て、本当に成功したと言うのかね」
城館を囲む城壁に隣接させて建てられたこの建物のことは城勤めであれば大抵の人が知っている。勇者を召喚するためのものだと言うこともだ。そしてその実現性にも懐疑的。苛立ちと疑わしさが自然と声音に載る。
ところが建物の中央に集まる人影に近付くにつれ、外交官の瞬きが忙しくなってゆく。人の形をしていても、異質なものが半数以上を占めているのだ。その異質なものに誰かが押さえ付けられてもいる。
「ち、近付いても大丈夫なのかね?」
動揺を隠し切れずに尋ねるが、彼を案内した文官は「お願いします。こちらへ」とまた米搗きバッタのように頭を下げる。真剣な中にもどこか怯えを含んでいる。その怯えが自分へと向けられたものではないのを見て取り、外交官は顔を引き攣らせた。
『お主がライナーダ語を話さるる者也や?』
立ち止まってしまった外交官に痺れを切らしてシーリスがライナーダ語で声を掛けた。
若い女の声で古風と言うよりも時代錯誤の言葉で話し掛けられた外交官は、声の主を見咎めて目を瞬かせる。
「おい、この私に使用人の相手をさせようと言うのかね?」
問われた文官が慌てる。伝え忘れた部分だったのだ。
「違います。違います。あの方が顕現なされた時には何も着てらっしゃらなかったので、あのお仕着せは間に合わせで着ていただいているのです」
文官の目は真剣だ。どう見ても嘘を言っているように見えない。
「……まあ、いいだろう」
外交官は絆された。
『早う、答えなされ』
そう、外交官はまだシーリスに答えていなかった。
『そうだ。ライナーダ語を話せるからと言うことで連れて来られたのは私だ』
『それは重畳也』
『一体、いつの時代の言葉か……』
『何ぞ、言うた也や?』
小さな呟きだったのでシーリスには聞こえなかったのだ。
『いや、随分と古風な喋り方だと思っただけだ』
『わっしが古風かや? おんしが粗暴也し言葉を使うておるだけではおらんかや?』
シーリスからしてみれば、外交官の言葉遣いはそこいらのガラの悪い連中が喋っているようなものなのだ。
『粗暴……』
『まあ良き也。ズンダ語よりは通ず也』
外交官の眉間に若干の青筋が立った。
『話が有るなら早くしてくれ。これでも忙しい身なんだ』
『うむ。まず、わっしはなぜここに居る也や?』
『召喚されたんじゃないのか?』
『召喚かや?』
『そう聞いたぞ?』
『何故かや?』
『魔王を倒して貰うためだったかな?』
外交官は少し自信なさげに答えた。魔王討伐は表向きの理由で、その実はログリア帝国を正当に後継する国だと国内外に示威するのを目的にしている。これは政治に関わっていれば、自然と判ることだ。神聖ログリア帝国の起源が大崩壊を生き延びてこの地に移り住んだログリア帝国の皇族の姫と召喚魔法の使い手の一人のため、こうしたことになっている。
『魔王! 魔王は今何処也や!?』
シーリスにとっては魔王の所在こそが重要だ。判らなければ、逃げようにもどこに逃げれば良いかも判らない。
『魔王は魔の森だろ? 実在すればだが』
外交官の言い方にシーリスは少し首を傾げる。
『よもや、魔王が居らぬと申すかや?』
『何を言ってる? 居るなんて話は聞いたことが無いぞ』
外交官は目を眇めた。
『あんたは一体どこから来た?』
『わっしはログリア帝国……、いやさ占領されし故、居ったはラインク王国也や』
外交官の眉間に皺が寄る。
『五百年以上前から来たとでも言うつもりか?』




