第二十話
ドレッドが苦々しげに顔を歪める。
「サーシャ様の御前から許可も得ずに立ち去るなど不躾の極み。即刻連れ戻し、けじめを付けさせましょう」
サーシャにそう言うなりノルトとクインクトを追うべくリビングの出口に向かう。この時、ドレッドはサーシャから諾の返事さえ受けていないのだから、自身の言う「不躾の極み」でしかないのだが、当人はそれに気付いていない。
しかしサーシャの方は気付いている。しかしはっきりとそこを指摘することもできない。
「お止めなさい!」
代わりと言っては何だが、傍のマリアンが思わず耳を押さえるような声で叫んだ。ドレッドの足も止まり、振り返る。
「何ですと?」
「連れ戻す必要などありません。放っておきなさい」
「名誉に関わることです。承伏できません!」
「必要ないと言っているのです!」
またマリアンが耳を押さえる。
「貴方はもう部屋に戻りなさい」
「自分がですか?」
ドレッドの顔には不服がありありと浮かんでいる。
「何度も言わせないで! 部屋に戻りなさい!」
「……畏まりました」
ドレッドの声音は不承不承であることを如実に表していた。
ドレッドがリビングから立ち去るのを見送った後、サーシャは目頭を押さえて固く目を瞑る。口から出るのは大きな溜め息だ。サーシャとてドレッドをどうにかしたいと考えない訳ではない。できないだけなのだ。
「姫様……」
マリアンの気遣わしげに声にも応える余裕が無い。マリアンの方も掛ける言葉が見つからず、ただ手をこまねく。
ドレッドのような剛の者は国にとって諸刃の剣なのだ。味方にすれば心強いが、敵に回せば危険極まりない。だからできる限り引き込んで留め置こうとする。相手を上回る圧倒的な腕力でねじ伏せて従わせるか、本人の善人さや愛国心の強さに期待しつつ腕力では得られない褒賞で釣るか。しかし国王にも他の王族にも彼らをねじ伏せるだけの腕力の持ち合わせが無いので、褒賞で釣るしか術が無い。この時、十分な給与さえ支払われれば満足する者なら問題無いが、そうではない者が厄介なのだ。
金銭以外の褒賞には、領地を与える、王女を降嫁させる、国でしか手に入らないような物品を与えるなどの形になっているものも有るが、それらもひっくるめて突き詰めれば名誉に行き着く。自尊心を擽らなければならない。
そしてドレッドは極めて自尊心が強い。
そこをサーシャは危惧している。ドレッドに不名誉のレッテルを貼ってしまった場合、それが払拭できなければドレッドが叛旗を翻しかねない。ドレッドから腕力に訴えられれば、サーシャとマリアンでは手も足も出ないまま蹂躙されてしまう。
ドレッドが護衛の失敗と護衛から解任のどちらの不名誉を重視するかも判らない。もしもこの遺跡の滞在中に解任して、解任の方を重要視されていたら、サーシャやマリアンも含めて四人を殺害し、サーシャとマリアンをノルトとクインクトが殺害したからその二人を討伐したと見せ掛けることもあり得るのだ。
そのため、護衛からの解任を脅しで言っても実際には危なくてできない。ドレッドだけを咎めることもだ。その自尊心を損なわないように気を使うあまり、口を突いて出るのはノルトも一緒に咎める言葉。そのせいでノルトからの信頼は失うばかりになっている。
そしてドレッドはそれを見透かしている節がある。
ただ、ノルトに対しては「こっちの事情も解って!」との思いも混じっているせいで咎めるようになっているのかも知れない。
今はもう、こんなことを考える程度には、サーシャはドレッドを信頼していない。国王がサーシャをドレッドに降嫁させるつもりでドレッドをサーシャの護衛に付けたのだと思われるので、ドレッドを信頼したいとは思っているが、遺跡の調査の度に信頼が目減りする一方なのである。
どれだけの時間、目頭を押さえていただろうか。サーシャはこうしては居られないと立ち上がる。
「ノルトに会いに行きます」
マリアンにはそのままだった夕食のテーブルの片付けを言い付けて、サーシャはノルトの部屋に向かった。




