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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第二章 魔王は古に在り
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第十九話

 夕食のリビングは船体を叩く雨音を背景に食器の奏でる音ばかりが響く。いつもならノルトが食前や食中に「美味しそうだぁ」とか「美味しいです」とか言って、それに応えるようにサーシャやクインクトが何かを話したりするのだが、今夜のノルトは無言で料理を口に運ぶだけだ。

 元々、ノルトにとっての食事とは、ただ食べ物を腹に詰め込むだけの作業でしかない。だから無言で手早く済ます。美味しいものを食べれば美味しいと感じるし、それなりに感激もするが、理由も無くそれを声に出したりしない。

 それを()えて「美味しい」と口にするのはノルトなりの気遣いと感謝の現れであった。研究資金のこと、多少の雨風ではビクともしないゴンドラに同乗させて貰っていること、いつもより豪華な食事のこと。それらを代表して、そして感謝を忘れないようにとの意図も含んでマリアンの料理を褒める。料理が美味しいのは事実でお世辞にはならないから言い易くもあるのだ。ところがその感謝の気持ちもドレッドに絡まれる度に薄れてゆく。

 そこに持ってきて今夜は昔の魔法のことで頭が一杯になっていたから気遣いを完全に失念したのだ。

 そのノルト――テーブルの長辺の一方の端に座っている――のほぼ正面に座るマリアンは、ノルトが何も言わないことで若干挙動不審になっている。

 も、もしかして美味しくないのですか? いつもと同じ味だと思うのですけど、もしかしてわたしは味覚音痴に!?

 そんな明後日のことを考えながらチラチラとノルトの様子を覗う。ついでにクインクト――ノルトの左でマリアンの右隣のサーシャの右斜め前に座っている――の様子も覗うが、クインクトはただ料理を見詰めて面白くなさそうに食事をするだけだ。朝から、正しくは昨晩から少々不機嫌そうにしている。昨夜の話について何か思うところが有るのだと想像するに難くない。

 そんなマリアンの様子も気になり、どこか重い空気に居たたまれないのがサーシャである。止せばいいのにノルトに話し掛ける。不機嫌そうなクインクトには話し掛け難いのだ。

 この時、クインクトは不機嫌なのではなく考え事をしているだけだった。だから話し掛ければ普通に返事をするのだが、今までどちらの姿も見たことが無かったサーシャに区別が付く筈も無い。尤も、考え事の原因は昨夜の話なのだからサーシャの自業自得だ。

「ノルト、今日は何をしていたのですか?」

 尋ねられて目を(しばたた)かせるノルト。遺物の本を読むとはサーシャに伝えていたから、改めて聞かれると困惑する。

「本を読んでいましたけど……?」

 語尾が若干不審げに上がるのは致し方ないだろう。

 そしてそれがその男の癇に障ったのかも知れない。

「ふん。またそんな腑抜けたことで時間を無為にしていたのか。どこまで惰弱(だじゃく)か」

 ドレッド――サーシャの右、ノルトから一番遠いテーブルの端に座っている――がまたノルトに噛み付いた。

 ドレッドにとっては本を読むこと自体が惰弱であった。怖ろしいことに兵法書の類も含まれる。「兵法など弱者が(すが)るものだ」と言うわけだ。まあ、単騎で千騎を向こうに回して戦い抜けるなら、兵法もあまり意味を持つまい。

 ノルトにとって迷惑この上ないのは、そんな価値観を本人の中だけで留めずに押し付けてくることだ。ドレッドの価値観からすればノルトは雑兵より下だ。その雑兵にも劣る者の遺跡調査と言う希望を叶えるほどにサーシャに重用されている。それが我慢ならない。重用されるならそれに相応しい体力と腕力が有るべきだ。と言ったところだろうが、嫉妬も透けている。

 そしてあろうことか、研究の一環として本を読んでいた時間を無為とまで言ったのだ。ノルトだってカチンと来る。

「頭の悪い犬みたいに雨の中ではしゃいでいただけの人に無為だのと言われたくないものですね」

 瞬く間に湯気が立ちそうなほどにドレッドの顔が真っ赤に染まる。

「貴様! 騎士を鍛練を愚弄するか!」

「ははっ! 散々人を愚弄しておいて少し言い換えされたらそれですか。いい歳してお子ちゃま気分ですか」

「もう許せん! その根性、今直ぐ叩き直してやる!」

 ドレッドが椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がった。しかしその瞬間。

「お黙りなさい!」

 キーンと耳をつんざくような叫び声。発した本人、サーシャを除いて耳を塞ぐ。

「ドレッド! ノルト! どうして貴方達は仲良くできないのですか!?」

 ドレッドはサーシャに一喝されて沈黙する。しかしノルトにとっては今の言葉こそ不服だ。

「貴女はまだ『貴方達』と仰いますか」

「え……」

 言われてからサーシャは昨夜の会話を思い出した。その相手のクインクトを視線をやれば、目を(すが)めて苛立たしげだ。

「もうこれまでにしましょう」

 ノルトは席を立ってリビングの出口に向かう。

「待って! ノルト!」

 サーシャのあからさまに狼狽(うろた)えた声にも足を止めない。

 こうなってもドレッドはノルトが我が儘を言っているとしか認識していない。

「ノルト! 貴様、サーシャ様を蔑ろにするか!」

「黙れ!」

 がなり立てるドレッドにクインクトが声を荒らげた。

「何!?」

 問い質そうとするドレッドを無視して立ち上がったクインクトは振り返らずにノルトの後に続いた。


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