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魔王へのレクイエム  作者: 浜柔
第九章 魔王はここに
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第百三話

 過日――ノルトがエミリー達と魔物猟師の村を発ってから十日ほどが過ぎた頃――のナペーラ王国王城。

「ええい! もう辛抱ならん! 今直ぐ魔王討伐に軍を向かわせるのだ!」

 国王は宰相に向かって声を荒らげた。その顔は焦燥に歪んでいる。

 王都が魔の森に呑み込まれるのは、現状の拡大ペースからすれば二十年以上先のことだ。だがそのペースは一定ではない。先日は僅かな期間ながら、ほんの数年で王都に達すると思われるほどに増加した。あのままだったなら早々に遷都に取り掛からなければならなかっただろう。王都は魔物猟師の町とするには大き過ぎ、住民も殆どが魔物とは無縁の仕事をして生活している。ダンジョンが近くに来たからと言って、ダンジョンに関係した仕事ができる訳ではない。ましてや魔物猟師に成れるものではないのだ。

 また、ダンジョンと魔の森は概ねじわじわと拡大するが、時折一気に広がることがある。魔の森から離れた場所にダンジョンの開口部が出来た時がそれだ。瞬く間にその開口部まで魔の森が広がってしまう。元の拡大ペースなら十年や二十年掛かるところをほんの数十日で達するのだ。万が一王都内に穴を空けられてしまえば一刻の猶予も無くなることになる。

 つまり、今現在でも王都はいつ魔の森に呑み込まれるか判らない状況にある。

 それがいつかを判るようにするには魔の森の拡大を人為的に制限できるようにならなければならない。しかしそうできる目途どころか糸口すら見付かっていない。魔物を狩り尽くせば拡大を止められることだけは魔物猟師の町の実績から判っている。だが、安全に出入りできる出入り口を用意できなければ魔物猟師も居着かない。

 このことに心を苛まれ続けた国王は、とうとうその不安に押し潰されたのだ。

「軍をでございますか……」

 宰相にも国王の不安が理解できているが、納得はしていない。国王とは価値観に一つ大きな相違があり、国王がこの場所に拘泥するのに対して宰相は人の命とその財産を大事とする。勿論土地も財産の一部だが、動かせないものはどうにもならないのだからキッパリと諦め、動かせるものを損なわないようにと考える。できる限り早く魔の森から遠い土地に遷都すれば、今の王都と遷都に掛かる費用以外は損なわれずに済む可能性が高い。手遅れになってからでは、命が助かっても財産を根刮ぎ失って生活が立ち行かなくなってしまう。

 しかしそれを言い募っても国王の耳には届かない。この件に関して全てを感情に従っている国王に理屈は通じない。意志を覆させるにはもっと強い感情を揺さぶるしかないだろう。それは生命の危機や絶対的な喪失。魔の森から魔物が溢れて王城にまで押し寄せてくる、あるいは王都が魔の森に呑み込まれると言ったことが起きたなら、いくら国王でも心変わりするに違いない。しかしそんな緊急事態に陥ってからでは手遅れなのだ。

 手遅れになる前に国王を心変わりさせるにはコントロールできる範囲で喪失して見せなければならないだろう。国王の命令通りに軍を動かせば、兵士と言う人命と物資と言う財産を喪失するのが必至だ。魔王の所在を掴むためには致死性のある、瘴気の濃い場所へと兵士を送り込まなければならないが、その瘴気を完全に防ぐ手立てを持ち合わせていない。魔力を高める薬の服用などで緩和できるだけだ。これでは魔王の所在を掴むまでにどれだけの犠牲者が発生するか計り知れない。それでもある日突然緊急事態に見舞われるよりも犠牲を少なくできる筈だ。

「かしこまりました」

 宰相は心の中で犠牲になるだろう兵士に詫びた。

 後に、この時の決断を深く悔やむことになるが、神ならざる宰相にこれからの出来事を予見することは不可能だった。


 三日後には即応可能な部隊を取り纏めた軍が魔物猟師の村に駐留した。順次増強される予定となっている。

「商売あがったりだよ……」

 魔法結晶買い取り屋の女将がぼやく。町長の尽力でダンジョンが封鎖されることこそ無かったものの、検問が敷かれ、著しく出入りに時間が掛かるようになった。検問前の長蛇の列に長い時間を並ぶため、狩りをする時間がそれだけ短くなる。猟師によっては並び遅れた日には狩りを諦めてしまう。するとその分だけ獲物が減り、買い取り屋に持ち込まれる魔法結晶も減る。魔物猟師は勿論のこと、買い取り屋の商売にも影響が大きい。

「何だって検問なんかしてるんだろうね」

「案内人を確保するためだって噂だぜ」

 女将の話し相手の客は言った。

「それもさ、突然『お前が案内人をやれ』って命令されて連れて行かれたら帰って来れないって話だ」

 実際に為されているのは命令ではなく要請である。だが、数人の兵士に威圧されるように要請されれば多くの者が断れない。事実上、命令に等しくなる。

「物騒な話だねぇ」

「ああ。だからこの町から逃げ出す奴も出て来てる」


 ナペーラ王国が軍を動かしたことは、それから十日も過ぎた頃には各国に伝わっていた。神聖ログリア帝国もまた然りで、諜報員を通じて情報を入手している。

 そしてその情報がもたらされた翌朝の皇帝の食卓。食卓と言っても皇帝のものだ。食堂は大衆向けのレストランなら百席は設けるだろう広さがあり、テーブルは同時に二十人ほどが食事可能だろう大きさを誇る。テーブルに掛けられた真っ白なテーブルクロスの上には、指で測れる程度の高さの置物が座席の境界線を示すかのように幾つか置かれている。些細なことでテーブルクロスがずれないようにするのが主な目的だ。こう言ったテーブルには花瓶が飾られることも多いが、背の高い花瓶では同席した相手の顔が見えないのを皇帝が嫌った。

 そんなテーブルには皇帝の他、第三皇子コルネースの姿が在る。

 皇帝は朝食をいつも同じ時間に摂るようにしている。一日で最も時間を合わせやすいためだ。これなら皇妃や皇子らが皇帝に用事があるなら朝食の時間を合わせれば良い。逆に皇帝が皇妃や皇子に用事があるときは朝食に呼び出せば良い。

 ただこの日の第三皇子コルネースは皇帝が呼び出したのではない。コルネースから話があると言うから同席を許した。

 そのコルネースが食事の途中でカトラリーを置く。

「"父上! ナペーラごときに後れを取ってはなりません!"」

 一方、皇帝はそんなコルネースを冷ややかに見やる。反省を語るのかと思えば違った。言葉が足りていないが魔王討伐の件だと推測はできる。それを一体どこから聞き付けたのかは調べさせなければならないだろう。ともあれ牢に足を運ぶ手間を惜しんだのが悪い方に転んでしまっている。コルネースは許されたと思っている様子だ。分別と言うものが見受けられない。

 皇帝はそんなことをつらつらと考えつつ尋ねる。

「"それで何とすると申すか?"」

「"我が国が先んじて魔王を討伐するのです!"」

 皇帝は更に冷ややかにコルネースを見やる。姿を現していない、実在するかも怪しい魔王を探し出して討伐する意義など神聖ログリア帝国には無い。にも拘わらず行おうとするのは、自己満足以外の何ものでもない。もしもそれが叶ったとしても、宴席での自慢話の種にでもするくらいのものだ。褒めそやされることもあろうが、それだけのこと。ところがコルネースはそんな虚飾こそを望んでいる様子だ。そんな虚飾ばかりが一人前の性格は生涯直らないのだろう。

 更に「このような者は間違っても皇帝になってはならない」と考える。過去の振る舞いを見ても虚飾に塗れ、民を蔑ろにするものばかり。特に民を蔑ろにするのが宜しくない。民有っての国だ。為政者は民から税を徴収する代わりに安寧を与える義務を負う。具体的には治安の維持、外敵からの防衛、社会資本の整備など。それらをせずに税だけ徴収すれば野盗と変わらない。ところがコルネースは至る所で治安を乱し、物品を破壊してきた。

 先日の召喚の件にしても、相手に分別が有ったから事無きを得ただけで、コルネースはただただ騒乱を引き込もうとした。とても安寧からは程遠い。万が一にもコルネースが皇帝になったなら、遠からず神聖ログリア帝国が滅びるに違いない。勿論今は大丈夫だ。長男次男が健在のため、今なら三男のコルネースが帝位に就く可能性は低い。しかし万が一が無いとは言えない。その万が一の時には皇位継承権を持つ分家の者を帝位に就かせた方がマシだ。肉親の情が無い訳ではないが、国の将来を考えればコルネースの排除も視野に入れなければならない。

 そして皇帝は一計を案じた。

「"それではそなたがその指揮をせよ"」

「"勿体ないお言葉。しかしここは是非兄上方の手柄にしていただきとうございます"」

「"そうか。そなたは自らの言を為し得る力を持たぬのだな。そのようでは領地すら任せられぬ"」

 この一言でコルネースの顔色が変わった。

「"お待ちください、父上! できぬとは申しておりません!"」

「"しかしそなたは兄にさせようとしたではないか。そなたに力が無い証拠であろう?"」

「"それは申し上げた通り、兄上の手柄としていただきたかっただけです。私にお任せくださるとのこと。是非とも為し遂げてご覧いただきましょうぞ"」

「"うむ。では為し遂げてみせるが良い"」

「"心得ました"」

 話を終えて、皇帝は内心で落胆する。コルネースは自らの死刑判決書に自ら署名したに等しいことにすら気付いていないのだ。


 皇帝の指示の下、十日目には千名の兵士が遠征隊に選抜されて第三皇子コルネースに引き渡された。そしてその翌日に遠征隊はコルネースの指揮の下に魔物猟師の村へ向けて出立した。その中にはコルネースと同時に幽閉された騎士フーバも含まれており、コルネースの乗るゴンドラに同乗している。

「"誤算だったな"」

「"全くです。しかしこれは功績を上げるチャンスであることも確かです。魔王討伐を為し遂げれば帝位も見えて来ましょう"」

「"そうだな。その通りだ!"」

 コルネースはフーバに唆されるままに皇帝の座を狙っている。この時邪魔になるのが二人の兄だ。魔王討伐は為し遂げれば栄誉になる一方、途中で不慮の事故などに遭う可能性も高い。仮令(たとえ)人為的でも事故と判断されれば記録上は事故なのである。

 ところがそんな思惑はあっさり頓挫した。それだけでなく陥ったのは、自ら陣頭に立たなければ少なくとも幽閉生活が延長される事態だ。悪く転べば済し崩しに皇位継承権までもを剥奪されかねない。それだけは避けなければいけないと考える。

 しかしこの危機は見方を変えればチャンスになる。自ら功績を上げれば兄二人を蹴落とすことも叶うに違いない。

 魔物猟師の町に着いたコルネースは直ぐさま町に戒厳令を敷いてダンジョンを封鎖。魔物猟師を徴用してダンジョンや魔の森の案内を命じた。そして偵察隊を派遣する。魔王の所在は掴んでないが、魔の森は魔王を中心に広がっているだろうとの予想の下、魔の森の中心を目指す。地図上の直線で歩いても片道で五日は掛かる距離であり、実際には最低でも片道で十日、往復なら二十日掛かる。それを空中、地上、地下のそれぞれに数隊ずつを送り込む。

 空中、即ちゴンドラで魔の森の上空を飛ぶ部隊は怪鳥の襲撃により多くが墜落した。物資との兼ね合いから乗員が精々十名の小型ゴンドラが一度に二十羽も三十羽もの怪鳥に襲われる。そして迎撃に手が回らず苦戦する間にマストをへし折られてしまうのだ。

 地上、即ち魔の森を歩く部隊は樹木の魔物により多くが搦め捕られた。魔法士の質や量、それに偵察と言う任務の性格から、進行方向全ての樹木を焼き払うことができず、襲撃されてからの対応を余儀なくされる。その初撃を躱しきれずに蔓に巻き付かれて餌食にされてしまうのだ。

 地下、即ちダンジョンを歩く部隊は行方知れずとなった。魔物猟師に案内をさせていたが、魔物猟師と言えども確実に案内できるのは日帰りできる範囲までなのだ。片道で二日掛かりにもなればもう未知の領域。所々に在る瘴気溜まりに填ったら、そこで生まれた強力な魔物に襲われて命を落としたり、瘴気に汚染されて人の形を保てなくなる者が現れたりもする。瘴気に対する耐性を上げる薬を服用していても万全ではない。

 そしてこれらを討伐隊の総隊長である第三皇子コルネースが知るのは、各偵察隊が帰還しないまま予定を大きく超えてからだった。

「"偵察隊が帰還しないだと?"」

「"はい。帰還した隊もありますが、欠員が出ている模様です"」

「"何たることか!"」

 ここで漸くコルネースとフーバは魔の森やダンジョンを甘く見ていたことを自覚する。高が魔物猟師が出入りする場所なのだから軍に掛かれば障害など有って無きが如き、と考えていた。それが勘違いだったのではないかと初めて疑いを持ったのだ。そう、未だ疑い止まりである。

「"しかし多少犠牲が出たからと言っておめおめと撤退もできません"」

「"当たり前だ!"」

 しかし焦りは覚えた。このままでは功績を上げるどころか却って失態になってしまう。何としても犠牲に見合うだけの功績が必要だ。どうやって功績を上げるかに頭を悩ませる。

 そんな中、予定から大きく遅れて帰還した隊が一つの報告をもたらした。ゴンドラで魔の森の上空に飛び立っていながらダンジョンから帰還した部隊である。

「"朗報です。不明だった偵察隊の一部が帰還し、広大な遺跡を発見との報告を上げました"」

「"遺跡だと?"」

 その部隊は怪鳥に撃墜された後、魔の森を彷徨い歩いて広大な遺跡を発見した。通常であれば少なくとも遺跡の規模を確認するところだが、墜落の影響で物資不足に陥っていたため、帰還を最優先にして遺跡を後にする。そして再び魔の森を彷徨い歩いた部隊は過去に放棄された魔物猟師の町にたまたま辿り着いた。そこでたまたま出会ったのが、ダンジョンを進んで道に迷い、彷徨った挙げ句にたまたまその町跡に出た部隊だ。そして出会った部隊の案内役がその町跡のことを知っていたことで帰路が判明。二隊合同でダンジョンを経由して帰還したのだ。

 コルネースにとって経緯はどうでも良いことである。しかし、報告そのものは天恵にも等しかった。

「"それだ! その遺跡こそ魔王の住処に違いない! そこに向けて本隊を進める! フーバ、直ぐに準備しろ!"」

「"御意に"」

 コルネースの判断は単なる勘で、殆ど願望に近い。魔王を目撃した訳ではないのだから確定できる要素が何も無い。本来なら魔王の所在が確定してから本隊を進めるよう、側近でもあるフーバが諫めなければならないところだ。しかし、フーバはフーバで遺跡に向かう必要性を感じたことからこの場を流した。目的については現地に着いてから進言すれば良いと考える。

 フーバの想定する目的とは遺跡に眠る遺物の収集だ。ものによっては巨万の富に変わる。つまり、ここまでの失態を金で解決しようと考えているのである。

 進軍は翌日から開始された。警備と監視のための兵士を町に残し、大半の兵士をダンジョン経由で魔物猟師の町跡へと順次移動。町跡を拠点に樹木を切り倒して道を造る。こうすることで少なくとも動かない樹木の魔物からの襲撃は回避可能だ。

 それでも少なくない犠牲者や脱落者を出しながら、約三十日後に目標となる遺跡近傍に達した。これに先立って町に残した兵士も順次前線に進ませている。

「"この地を前進拠点として偵察を行う"」

 コルネースは命じた。魔王が滞在していると考えているため、迂闊には近付かない。フーバも万が一の可能性から、コルネースの考えを否定しなかった。

 そして偵察は為され、報告がもたらされる。

「"我が国の様式の中型ゴンドラが確認されました"」

 これによってコルネースとフーバは思い出す。いつぞやの無礼で不気味で言葉の通じない女魔法士だ。神聖ログリア帝国から中型ゴンドラを奪って出奔したと聞いている。

 当然ながらこれは事実誤認で、ゴンドラは無償で供与されたものだ。ただ、神聖ログリア帝国にとっては厄介払いの色彩も強く、口さがない者が悪し様に吹聴してもいた。そして人は真実より信じたいものを信じるもので、コルネースも女魔法士を悪く言う噂だけを信じていたのだ。

「"そうか、あの者か! あの者こそ魔王に違いない! 直ちに討伐に移る!"」

 フーバは一瞬だけ「何を言っているんだ」と表情に出した。しかし、あの女魔法士に煮え湯を飲まされたことを忘れてはいない。ここで会ったが百年目とばかりに獰猛な笑みを浮かべる。

「"御意に"」

 コルネースもフーバも憎しみを抱いた相手を捜し出してまで襲おうとは考えないが、行った先で出会せば、襲うことに躊躇する心など持ち合わせていなかったのだ。

 決行は即日。巨大な窪地の方向を除く三方から半包囲する。

 そして火炎系攻撃魔法がゴンドラに向けて一斉に放たれた。


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