第290話 ミシェルの戦い②
「お久しぶりですね。氷の〝星剣使い〟さん」
「……ミユキ・カゼサキ」
〈闇刃〉〈ディザスター〉を携える〝仮面隷奴〟風崎美由紀。
NGO団体【念晶の輝き】の元構成員で、代表を務めていた『高村 正信』の秘書だった女。
【念晶の輝き】を拠点とし勢力を拡大しようとしたところ浅陽やミシェルに阻止された。
前に戦った時はもう少しで撃破出来たところを、空間自体が揺れを起こす〝次元震〟によって邪魔をされて逃がしてしまった経緯がある。
「名前を覚えていていただいて光栄です」
「……アナタがワタシをここに連れ込んだのかしら?」
「はて? 連れ込んだ? 私はおかしな気配がしたから撃ち落としただけ。しかしそれが貴女だったのだから好都合だわ」
「好都合?」
「ええ。前回の屈辱を晴らせるから」
それを聞いたミシェルはふふふと笑みを漏らした。
「屈辱を晴らす? アナタが?」
「ええ」
「この前は終始ワタシに押されていたのに?」
「私は全然本気じゃなかった!」
「じゃあ今日は最初から本気を出すことをお奨めするわ」
風崎に向けて杖を翳す。先端に浮かんだ魔方陣から『氷の矢』が無数に発射されて標的である風崎に迫る。
だが氷の矢は一つも風崎に届かなかった。
彼女の前に立ち塞がった黒い炎によってすべて溶けてしまったからだ。
(やつの〈闇刃〉とやらは風───竜巻の〝力〟を司るはず)
黒い炎はやがて小さくなり、ヒトの形を取った。いや、黒い炎を纏っていた何モノかがそれで彼女を守ったのだった。
(拳の炎。そしてあの体躯)
炎を使い、筋骨隆々のたくましい身体の持ち主にどことなく覚えがあった。
(それにさっきから……)
視線だけを左右に巡らす。
「そういえば、元【念晶の輝き】の三人が行方不明だと言っていたわね」
先日、美那とケンカ別れ気味に別れた後にその事実を聞かされた。その時には【異能研】の警備態勢に少々呆れたが、黒仮面達が相手ではどうしようもないことを改めて思い知らされた。
「私の手腕があれば、誘拐だろうが暗殺だろうが容易いモノです」
得意げに語る風崎。
(暗殺……?)
【異能研】で彼女はそんな報告は聞いていないし、【ヘブンズ・ノーツ】に入ってくる情報にしてもどれが黒仮面の仕業で、どれがそうでないかの判断は難しい。
そこでふと思い出した。
風崎は七波奏観を殺したと供述していたのを。
その奏観が幻術によるものだったと未だに気づいていない様子で、奏観を暗殺したものだと思い込んでいるようだ。
「なるほど。その手腕とやらでワタシをこちらの世界へと引き込んだのね」
「それは私の与り知らぬところ。……いえ、もしかすると……───そういうことですか」
風崎は一人で合点して、仮面の下でにやりとした。
「そういうこととはどういうことかしら?」
「ふふ……。さぁて、どういうことでしょうかね」
恍けているのは明白だった。
落胆とも呆れとも思える溜め息がミシェルの口から漏れた。
「まあ、いいわ。アナタを倒せば戻れるのでしょうから」
風崎に向けて杖を翳す。
「そう簡単に出来ますかね?」
風崎の前に黒い炎を拳に宿した仮面隷奴が立ち塞がる。
ミシェルの背後で、巨大な漆黒の斧を軽々と持ち上げる小柄な仮面隷奴が襲いかかる機を窺っているのが足音で分かった。
(三対一。いえ、四対一か)
姿を見せている三体の他にもう一体が、どこかに身を潜めているのは既に感知していた。そしてその一体が最初からこの場に干渉していることも見通した上で、その対策も完了している。おそらく風崎はミシェルがそれらに気づいていることに気づいていない。
(相変わらず素人に毛が生えた程度の策とも呼べないお粗末な考えね)
しかし、彼女らが仮面隷奴である以上、ミシェルが容赦する理由は無い。むしろ殲滅一択しかない。
「この前とは逆に、こちらの数の方が多いですからね。前回のようにはいきませんよ」
彼女の言う通り、たしかに前回風崎一人に対してミシェルと浅陽がいたが、実際彼女と戦っていたのはミシェル一人だった。
(前回の反省どころか、自分の都合のいいように事実を捻じ曲げている。素人考えというよりは〈闇刃 〉の影響なのかしら)
普段仮面隷奴達を目の敵……と言うよりも憎悪の対象としてみているミシェルだが、如何なる時も如何なる敵にも冷静冷酷で対峙するように育てられてきたこともあって、かつての浅陽のように取り乱すということはない。
明らかに格下である風崎に対し余裕があるのもそのお陰もあるだろう。しかし、ほんの少しだが高揚していることに彼女自身まだ気づいていない。
それが仇敵を討てるという思いから来るモノなのか、それとも別の理由があるのか。
ともかく彼女自身が気づかないうちはそれは無いも同然のモノだ。しかしそれが彼女自身の命運を左右することになるとはまだ知る由もない。
つづく




