第287話 消えたミシェル
───一月十一日 月曜日───
朝のHR前の予鈴が鳴った。
岳中秋穂は左隣の席を見て、そしてその一つ後ろの席を続けて見た。そのままの流れで椅子に横向きに座り直すと、後ろの席に座る生徒に話しかける。
「ねえ、美那ちゃん」
「おはよ、秋穂。どしたの?」
手鏡で髪を直しながら美那は応えた。
「うん。おはよう。今日から来るって言ってなかったっけ、浅陽ちゃん?」
「浅陽? ああ、なんか地元で仕事が入ったって言ってたよ」
手鏡を閉じて鞄にしまう。
「そうなんだ。ミシェルちゃんも?」
「ミシェル……は、たしか家の都合とか言ってたかな」
美那が少し言い淀んだのを秋穂は見逃さなかった。
「家? イギリスの?」
「お父さんが来てたみたいだから、何かそれと関係あるんじゃないかな」
「お父さん来てたんだ」
「【ミラージュ】にも来てたみたいだから秋穂も見かけたんじゃない?」
「結構外人さん来るからわかんないかも」
ガラッと教室の前側の扉が開いて梨遠が入ってきた。
「席に着けー」
いつものように声をかけて教壇の前に立つ。
「HRはじめるぞ」
秋穂が前を向く。美那はその背中をじっと見る。
(ごめんね、秋穂)
そう謝るのには理由があった。
「ミシェルがいなくなった?!」
朝起きるなり美那の携帯端末に梨遠からそう連絡が入った。
『【異能研】の携帯端末は生体認証及び呪力・念晶力認証が搭載されています』
聞こえてきたのは奏観の声だ。
『ミシェルさんの場合は魔力によって認証されていますが、今は置いておいてください』
「う、うん」
ミシェルの行方の方が気になったので、とくにそこは気にしていなかった。
『現在、ミシェルさんの端末は寮の部屋。そちらの建物にあるのはたしかです。しかしその周囲……部屋はおろかこの辺り一帯にはいらっしゃらないことが判っています』
「端末を部屋に置いてどこかに出かけたってこと?」
『寮の監視カメラには彼女の姿は映っておりません。仮にベランダから飛び立って行ったとしたら魔力の残滓が見られる筈ですがその形跡も見られませんでした』
「キミってほんとすごいね」
素直な気持ちが美那の口から出た。
『……恐縮です』
照れている様子が窺えた。
『ちなみにリンクスには端末を常に携帯する義務はない。彼女の元々の所属は【ヘブンズ・ノーツ】、つまり別の組織だから』
梨遠が補足する。
「じゃあ一旦そっちにもどったんじゃ……って出かけた様子がないんだっけ」
『はい。ですから〝いなくなった〟というよりも〝突然消えた〟といった方が正しいのかもしれません』
「そういや彩乃っちは端末持ってなかったの?」
ふとそんな疑問が浮かんできた。
『倉地はまだ仮隊員だったからな。そのせいで行方不明の発覚が遅れた』
「それで? ボクも探せばいいの?」
『いや、探索なら七波に任せた方が手っ取り早い。出来るだけ混乱を避けるように、学院では家の都合ということにしておく。幸い先日まで父親が来ていたからな。その口裏合わせだけお願いしようと思っていたんだ』
「りょーかい。じゃあボクはそろそろ支度するから」
『じゃあ、教室で』
そこで通話は切れた。
HRが終わって梨遠が教室から出ていった。
「ねえ、美那ちゃん」
秋穂が後ろを向くと髪が揺れていい匂いがした。同じ女でありながら美那は少しドキッとしてしまった。
「なに?」
「ミシェルちゃんとケンカでもした……?」
「え?」
またドキッとした。いやむしろギクッだったか。
「……なんでそう思ったの?」
「さっきなんか言い淀んだし」
「それだけで?」
「あとは勘かな」
(もしかして乙女の勘? 乙女の勘すごいなっ。まあボクも乙女なんだけど)
心の中で驚き、異性───主に優希人の気持ちが美那は少しだけ分かった気がした。
「……ケンカっていうほどのことじゃないよ。ちょっとした意見の食い違いかな。ううん、意見っていうのもちょっと違うかも」
「どういうこと?」
美那は胸の前で腕を組んで少し考えるふりをする。
「ん~、ボクもよくわかんないや」
「なにそれ」
秋穂がぷっと少し吹き出して微笑んだ。
「でもまあ、浅陽とミシェルがいない間はボクがキミらを守るから」
「うん。頼りにしてるね」
そして本鈴が鳴った。
端末にメールの着信を確認すると、梨遠は廊下の端によってその内容を確かめる。
『干渉出来ず。何モノかの手によって妨害されている可能性アリ』
一ヶ月前の事件で、こちらの空間と黒仮面達の空間を繋げた術者に確認を依頼したその結果だった。
「あの空間に誘い込まれた可能性も考えたが、これではどちらとも言えないな。だが、以前と違って干渉出来ないとなると何かが起きる前触れかもしれんな……」
何も起きなければよいのだがと端末をポケットにしまい、胸騒ぎを感じる梨遠は気を引き締めて職員室へと戻っていった。
つづく




