第286話 闇の息吹
───?月??日 ?曜日───
赤い月明かりの下。
霧園神社の境内に黒ローブの漆黒が佇んでいる。その周りを囲むように七つの小さな祭壇が置かれている。
「地」
漆黒の正面の祭壇に黄色い光が灯った。
「水」
時計回りに一つ隣の祭壇に水色の光。
「火」
その隣に赤い光。
「風」
続いて緑色の光。
「雷」
次に紫色の光。
「氷」
そして青色の光。
「星」
最後の祭壇に金色の光が灯った。
「この地上に、再び七つの〈光の欠片〉が揃った」
空を仰ぐと、真正面に赤い月が漆黒を見下ろしていた。
「まもなく宴が始まる。……だというのに」
しゃぁんという音がまだ耳の奥に残っていた。
「……やはり邪魔をするのだな、───」
その名を呟いて、残念そうに、寂しそうに銀色の瞳を伏せる。
『さすがでございますね』
不意に声がした。
「……ミユキか」
緑色の光が灯った祭壇の傍に跪く黒い人影が現れた。
「あの女を圧倒する姿に感服しました」
「そういえばあの程度の相手に手こずったのだったな」
「あ、あれは、あの高村があまりに使えなくて……!」
「お前にやった〈闇の欠片〉があれば〝黒晶兵〟などおらんでも渡り合うことくらいは出来るはずだが?」
「それは……」
(この世界の人類では〈闇刃〉以上の覚醒は無理か……?)
そうして漆黒はつい先程対峙した氷の〈星刃〉を持つ少女を思い出す。
(あの少女……たしかに今は取るに足らない使い手だが、覚醒する可能性を秘めていた。〈星刃〉から〈煌星鋼刃〉への覚醒の───。それに他にも覚醒の可能性を秘めた使い手がいる。〝宴〟に向けて〈光の欠片〉を回収し闇に染めたいところだが思った以上に手を焼きそうだ。……いや、待てよ。そういえばあの少女……)
銀髪の少女はどこか陰りのようなモノを抱えているようだった。
(染めてしまえばいいのだ───使い手ごと)
少女の陰りを増幅させてこちら側へ引き込んでしまおうと漆黒は目論む。
(それには……)
再びミユキへと意識を戻す。
(たしかにミユキは失意のうちに絶望して、仮面隷奴へと至った。しかし〝星剣使い〟どもには遠く及ばない)
そしてもう一人いた仮面隷奴のことが頭に浮かぶ。
(〝獄炎〟の〈闇刃〉〈黒妖焔〉与えた仮面隷奴───ユウヒと言ったか。あれもやはり類い希に見る才を有していた。我らが闇に抗うほどの凄まじい精神力。深淵に落ちきってさえいれば我をも越えたかも知れん。〈黒妖焔〉と共に姿を消したが、還ってこないところを見るとどこかで生きている可能性が高い。もしかすると〝彼奴〟の下にいるやも……。ともかくこれらを踏まえると、やはり素体となった人間が問題というわけか)
欠片の〝力〟を引き出せる者とそうでない者、両者を比較して冷静に分析する。
(今更だがミユキに〈闇刃〉を与えたのは早計だったようだ。未だに扱い切れていない上に、より深淵へと至る様子もない。キッカケでもあれば覚醒もしようが……)
妙案……とまではいかないものの、点と点が繋がったような感覚があった。
(……であればぶつけてみるか。遺恨もあるようだからな。運が良ければ覚醒に至るかもしれん。悪くとも〈闇刃〉が手元に戻ってくるだけ)
漆黒の口許が歪につり上がる。
「ミユキよ。たしか被検体を三体取り戻したらしいな」
「はい。先日ヤツらの隙を見て」
「であれば其奴らに〈闇の欠片〉を新たに貸し与える。被検体三体を引き連れて例の氷の使い手に受けた屈辱を晴らしてくるがいい」
「は……ははっ!」
一陣の風が吹き抜けると風崎美由紀の姿は消えていた。
『よろしかったのですかな?』
また声が響いた。
「『ワース』か」
漆黒の傍ら、一歩ほど背後に執事服を来た初老の男性が姿を現した。背筋を伸ばし厳かに立つその姿は服装も相まって一流の執事を思わせる。
「お前には何かを任せていた気がするが……。なんだったか……」
「はい。見込みのありそうな仮面隷奴候補の育成と、新たな戦力の発掘でございます」
「そうであった。それで成果ほどは?」
「はい。まず新たな戦力の発掘でございますが、度々〝星剣使い〟の邪魔に遭い難航しております」
ワースと呼ばれた男性が恭しく頭を下げる。
「仕方あるまい。我々と〝星剣使い〟は互いに相容れぬ存在。勘づかれれば衝突は免れん。だがいつまでもヤツらをのさばらせておくわけにもいかん」
「ですので〝戦力〟と呼べるモノの拡充にはもうしばらくかかるかと」
「〝宴〟が近い。早急に探し出せ。あの学び舎なら候補はいくらでもいよう」
「かしこまりました。ではもう一つの案件。見込みのある仮面隷奴の育成ですが、一番成長著しいモノが現在南方の結界破壊の任務に就いております」
「八十年ほど前に失敗したアレが、一番成長著しいのか? だとしたら育成不良も甚だしい」
心底失望したように嘆息する。
「言い訳のしようもございません。ですのでこの度、仮面と欠片を貸し与えました」
「また無駄にならなければよいがな。それより〝よろしかった〟とはどういうことだ?」
彼との最初の話に戻る。
「貴女様も気づいておられることです。我らが天敵とも言える一族を十年ほど前に貴女様が滅ぼした際に、貴方様はヤツらの苦し紛れの術によって御力を分散させられてしまいました。未だそれらすべてを取り戻せていないにも拘わらず、仮面を貸し与えただけの雑兵に御自らの御力を分け与えてよかったのかとお伺いしたのです」
よく見ると、漆黒の足下の方は薄らと透けて向こう側が見えている。
「どうせすぐ還ってくる」
「それは〝災厄〟も、ということでございますか?」
ワースの口許が歪む。
「それはミユキ次第」
あわよくば置き土産くらいはしてくれるだろうとはあえて口にしなかった。
「他に用件は?」
「いえ、また一つ御力を取り戻したこの機に経過を報告に参った次第であります」
「なら引き続き任務に戻るといい」
「それでは」
ワースは一礼すると、すぅっと姿を消した。
「たしかに〝よろしかった〟とは言えぬかもしれん。このままではな。だが───」
ニヤリと嗤う。
「既に依り代は見つけている」
小さな祭壇の黄色い明かりが消えた。続いて水色。時計回りに赤、緑、紫、青、そして金色の明かりが消えて、最後に漆黒の姿も消え、赤い月明かりの降り注ぐ境内にはナニも無くなった。
つづく




