第284話 ズレていく思い
「なっ───!?」
ミシェルが驚いたのは氷柱が砕かれたからではない。
氷柱を砕いたのが黒仮面ではなく、第三者によるモノだったからだ。
「はぁっ……、はぁっ……」
その第三者が肩で息をしているのは、急いでこの場に駆けつけたからだ。動きづらい格好ではやはり普段通りにはいかなかった。
「ミナ───!?」
「待って、ミシェル!」
「待つ? なぜ? あれは黒仮面なのに?」
苛立ちを隠せないミシェル。
「あれは彩乃っちなんだよ!」
「アヤノ……?」
そこでようやく思い出した。
黒仮面の取り出した漆黒の巨大ハンマー。あれは以前、【念晶の輝き】本部へ乗り込んだ時に浅陽が軽々と受け止めたあのハンマーであることに。
そしてそのハンマーを扱っていた小柄な少女の名前が〝彩乃〟だったことに。
「……だから?」
だが彼女にとってはもはやそれは問題ではなかった。
「え?」
「そこの黒仮面があの少女だったとして、黒仮面に成り果てたのなら容赦をする必要はない」
美那を戦慄させるほどの冷たい声。
ミシェルがどれだけ黒仮面に恨みを持っているのかがほんの少しだけ垣間見えた。
「アナタも説明は受けたでしょう? 黒水晶の人形───〝黒晶人形〟は暴走した【念晶化】のなれの果て。そしてそれを更に超越したのが黒仮面。もはや【念晶者】どころか人間ですらないのよ!」
「でも行方知れずになってからまだ一日も経ってないじゃん! そんな短時間で二段階も限界を超えられるモノなの?」
「無理矢理暴走させる物質が存在するし、黒仮面は意図的に【念晶者】の暴走を引き起こすことが出来る。ワタシはそれをどちらも目の当たりにした」
そこで今にも戒めから解放されようとしている黒仮面をキッと睨みつけた。
「あの黒い仮面を着けて現れた以上、本人の意思に関係なく闇に染まってしまったことの証に他ならない!」
杖の先の宝玉が光を放ち、再び魔力が集まっていく。それに同調するように美那は周囲の変化に気づいた。
「これは───」
ただでさえ低い気温が更に低くなっていき、凍えるような風が吹き荒れてきた。その中に白いモノが混じってきた。
「吹雪いてきたっ?!」
下ろした髪を纏めて右側から前に持ってきてそのまま押さえて、左腕を顔の前に翳して何とか視界を確保しようとする。しかし、激しい吹雪でホワイトアウトして意味はほとんどなさなかった。
(白すぎて街中だってこと忘れちゃいそう…………ん?)
ふとその真っ白い世界に、牛乳に墨汁でも落としてしまったかのような黒いシミがじわじわと滲んできた。
局地的な極寒地域と化した中にあって、それでも美那の背中に悪寒が走る。
(あれは───よくないやつ)
彩乃のつけた黒仮面を見た時よりも段違いの戦慄。
(全身が凍りついてしまう前に───)
吹雪自体がミシェルの魔術で、相手を凍りつかせて倒す乃至捕獲するためのモノである。その術中に巻き込まれた美那もやがて凍りついてしまうことは予想出来た。
だから彼女は目を閉じ、右手をピンと上に伸ばした。
押さえるモノがなくなった髪が暴風雪の中を舞う。
(あの嫌な感じを───〝斬る〟)
吹雪の中で美那の右手が輝きを放つ。
「───っ!?」
ミシェルが息を呑んだのが聞こえた気がした。
(〈アストライヤー〉)
心の中で〈星刃〉を呼ぶ。そして思い切り、〝嫌な感じ〟に向けて右手を振り下ろした。
ヒュオッと空を裂く音がしてまもなく、白い視界がさぁっと割れて元の街並みが姿を現した。
「……彩乃っちは?」
美那はミシェルと向き合った状態のままで、黒い仮面を着けた彩乃も嫌な感じもどこかへ行ってしまったようだった。
その様子を〝世界の壁の向こう側〟から見ているモノがいた。
「どうやらあの女には、相当な負の感情が渦巻いているようですね」
黒い細剣を携え黒い仮面を着けた女が、その場を去って行く魔術師の後ろ姿を見送る。
女の傍らには似た意匠の黒い仮面を着けた倉地彩乃が付き従うように立っている。その様子からは感情はおろか自我すらも感じることは出来ない。
「それにしてもこの女……」
見えない壁の向こう側、マジックミラーの内側から見ているような視界の先に明星美那がいる。
「星の〈星刃〉……でしたか。とても強力なチカラを感じましたが……」
女は自分の持つ黒い細剣の柄に軽く触れる。
「私には遠く及ばないでしょう」
そして黒い仮面の下でほくそ笑んだ。
つづく




