第283話 不快感はとぐろを巻いて
今にも駆け出しそうな美那の手を、優希人はしっかりと離さなかった。
「止めないで優希人」
「そんな動きづらい服着てるのに行くつもりか?」
デートだからといつもより長めのスカートを履いてきたので激しい動きには不向きだ。戦闘などもってのほかだ。
「でも今戦えるのはボク達しかいないんだよ!」
「だったらオレが行くよ」
優希人が美那の前に出る。
「せっかく可愛い格好なんだ。汚したりしたら大変だ。だからここはオレに任せてくれ」
「優希人……」
優希人の気遣いに美那は胸がいっぱいになる。
「それじゃあパッと終わらせてデートの続きを……」
胸元から羽根のチャームのついたペンダントを取り出す。そこへ、
「悪いけれど、アレはワタシの獲物よ」
カカカッと優希人の足下の敷石に氷の礫が突き刺さった。
「───っ!?」
見上げると、杖に横乗りになったミシェル・J・リンクスがゆっくりと降下してくるのが見えた。
「ミシェル!」
美那が優希人の隣に並ぶ。
「可愛らしい格好ね」
美那の服装を褒める。しかしその目は冷ややかなモノに見えた。
「ともかくアレはワタシが相手をするから、アナタ達は逃げ遅れている人がいないか確認をお願いするわ」
「わかった。無いとは思うが油断はするなよ」
「ええ」
ミシェルが黒仮面に真向かうのを確認すると優希人は美那の手を引いてその場から離れた。
「……不測の事態もあり得るのだからもう少し考えてもらいたいわね」
自ら発した言葉にミシェルはハッとした。
「少しイラついているのかしら……?」
昔の夢を見たからか、胸の奥にもやっとした不快感がある。
さらには街中に現れた黒仮面。膝の辺りまで凍りつかせて地面に縫い付けて既に足留めは完了している。
しかしそれもあと僅かで解放されてしまうだろう。
「アイツは少しは鬱憤を晴らさせてくれるかしら」
そして黒仮面に向き直ったミシェルはそれを見て目を見開いた。
「あれは───!?」
優希人と手分けして逃げ遅れた人がいないか見廻っている美那。その肩からかけたポーチから振動が伝わった。
見ると梨遠から渡された【異能研】の携帯端末が着信を報せていた。
「こちら明星。ちょっと今手が離せ……」
『美那ちゃん。その辺で倉地を見なかったか?』
「彩乃っち? 見なかったけど。彩乃っちがどうかしたの、梨遠姉?」
『詳しい話は今は省くが、昨日から消息を断っていることが分かった』
「昨日から消息を───」
美那の足がぴたっと止まる。
『さきほど突然、温泉街に彼女の反応が現れたんだが……』
「彩乃っちは見なかったけど、例の黒仮面は見たよ。ミシェルが来て対応してくれてる。ボクと優希人は今逃げ遅れた人がいないか確認してるとこ」
『黒仮面……だと? やはりこれはそういうことなのか?』
「どういうこと?」
『先程倉地の反応を検出したと言ったが、何やら様子がおかしかったんだ』
「様子が……?」
『検出された【念晶力】はたしかに倉地彩乃のモノなんだが、ほんの僅かに反転している傾向が見受けられる』
そもそも【念晶力】とは、【念晶具】の持つ硬度、強度、密度、念晶密度、念晶波から導き出されて数値化されたモノである。そしてその中の一つ、念晶波の数値にのみ+と-が存在する。
念晶波とはすなわち〝想い〟のチカラ。
通常では+の状態───つまり一般的に知られている【念晶者】の精神状態を表している。
そして-の状態はどういったモノかというと、その記号が意味するモノそのままで、通常の精神状態から反転した〝負〟の感情に支配されていることを示している。
余談ではあるが、【念晶者】に覚醒していない者からも念晶波は検知される。それが一般的に〝PCW値〟と呼ばれているモノだ。覚醒に近づいていく毎に硬度、強度、密度、念晶密度が加算されていき、その四つがそれぞれ一定の数値を超えると覚醒するという研究結果が発表されている。
「じゃあボクが見た黒仮面は───!?」
『おそらく倉地彩乃本人……ということなのだろう』
「───っ!」
美那は通話を切って温泉街の中心へと駆け出した。
ミシェルは黒仮面がどこからともなく取り出した、漆黒の巨大ハンマーに既視感を覚えていた。
「あれは以前どこかで……」
だが彼女はそこで思い出すのをやめた。
「そんなことどうでもいいわね。黒仮面に身をやつしたからには誰であろうと容赦はしない!」
その目が改めて黒仮面を捉えると、杖の先の宝玉に膨大な魔力が集中して、凍りついた滝をどこからかそのまま持ってきたかと思われるほど大きく先端が鋭くなった氷柱が姿を現した。
その間一秒足らず。
通常であれば集中なり詠唱なりが必要になる魔術も、彼女であれば呼吸するかのごとく発動出来た。それが彼女にとっての魔術。彼女固有のチカラと言っても過言ではない。
「アナタ達はワタシがすべて駆逐する」
巨大な氷柱は質量がほとんど無いかのように黒仮面に向けて発射された。それは磁石が引き合うかのように瞬く間に黒仮面へと猛突進する。
だが、巨大な氷柱は黒仮面に到達する前に真っ二つに両断されて、瞬時に砕け散った。
つづく




