第282話 病院で昨日……
明星美那は激怒した。
デート中に穂村優希人が彼女の機嫌を損ねることをやらかしたワケではない。
そのデートを邪魔されたからだ。
ちょっといい雰囲気になって機嫌も上々に温泉街を歩いていたところ、悲鳴があがった。
「なんだ?」
二人が悲鳴があがった方を見る。
観光客が濁流のように二人を押し流そうとする。だがすぐに濁流は途切れ視界が開けた。
「あれは───!?」
温泉街を通っている道路の中央分離帯は広めに作られており、足湯が設置されていたりとちょっとした公園になっている。
観光客が一斉にその場から離れて閑散としたその公園にぽつりと、一人だけ突っ立っているいる小柄な人物がいた。
「通り魔? それとも……」
街中で凶器を振るう事件を稀に耳にすることがある。二人はそれを思い浮かべた。
幸い周りの人影はなくなっている。見たところ怪我人らしき影もない。
(観光に来た人達は災難だったね。でももっと災難なのはあの空気を読まないヤツかな。ボクら二人がここにいたことと……)
優希人と手を繋いでいるのとは逆の手を拳にしてぎゅっと握る。
(───せっかくのデートを台無しにしようとしてくれちゃって)
「待て、美那」
美那の変化をすぐさま察した優希人が彼女を制止する。
「アイツ、凶器を持っているわけじゃなさそうだ」
ほんの少し冷えた頭で見ると、件の人物は両手に何も持っていなかった。
「じゃあなんでみんな逃げて……」
その時、その人物が二人の方を振り向いた。
「あれは───」
それを見た優希人に戦慄が走る。
過去に一度だけ、彼はそれを目の当たりにしたことがあった。
「見てるだけで気味が悪いよ。あれが浅陽たちの言ってた───」
「───黒仮面!」
学院地下の【異能研】本部管制室に梨遠が駆け込んできた。
「詳しい話を聞かせてくれ」
メインオペレーターの席に座っていた迅水めぐりがコンソールを操作する。
「二人の失踪が判明したのが午前九時三〇分。つまりつい一時間程前になります」
「一時間───!? 何故それまで気づけなかった?」
「これをご覧ください」
正面の映画館並みの巨大モニターに映像が映し出された。
「これは……病室前の監視カメラか」
二人の病室の扉が見えるように天井と壁の境目くらいに取り付けられた監視カメラの映像だった。
「日付は……昨日か」
「はい。現在時間を遡りつつ二人が部屋を出たタイミングを確認しているところです」
監視カメラの映像がしばし流れる。
「……何かおかしくないか?」
「先生もそう思いますか? 私も確認を始めてからずっと違和感を覚えているんです」
「差し替えられた映像というわけでもなさそうだが……」
「ええ。現に食事のワゴンも規定の時間通りに通って……」
「食事のワゴン?」
「───っ!?」
慌ててめぐりは食事の時間近辺に映像を進める。すると、
「これは───」
「部屋の前を素通りしてます!」
「他の病室のカメラは無いか?」
コンソールの上をめぐりの手が慌ただしく動き回る。やがて他の病室前の監視カメラの映像が巨大モニターに九つほど分割して映し出された。
「他の部屋にはきちんと配膳されているようです」
めぐりがヘッドセットを装着してコンソールを操作する。
「すると二人の病室だけ素通りしているということか。まるで誰も寄りつかないような結界でも張っているかのように」
「もしもし……」
めぐりはヘッドセットを通して誰かと話している。どこと通話しているのか梨遠は見当が付いている。やがて通話が終わった。
「先生。今病院に確認したところ今朝とそして昨夜の二回、ちょうど二食、不自然に余ったと言うことです」
「つまり何者かによって認識を阻害されている可能性が高くなったわけだな」
「はい。しかも昨日の正午前後から夕方にかけて」
カメラの映像を前の日の正午辺りに合わせて、そこから再び確認を始める。
「……そういえば迅水。お前昨日病院に行っていたよな」
「え? 昨日ですか? 私は昨日病院へは………………あっ!?」
めぐりの目が見開かれ、コンソール上の手を素早く動かす。
「なんで忘れていたんでしょう。私は昨日、彼女と病院へ向かいました。いなくなった二人に会わせるために」
映像を早送りして時間を調整する。
「このあたりです」
時間は午後二時二〇分。
画面の右端から二人の女性が歩いてきた。めぐりともう一人。倉地彩乃だ。病室の前で少し話し込んでいる様子がうかがえる。
「この時、軽く面会に関する説明をしました」
倉地は病室の中に入り、めぐりは画面の下の方───病室前のベンチに腰掛けた。
「少し進めます」
早送りして倉地が病室から出てきたところで一旦止めた。
「この後帰るためにエレベーターホールに向かいました。この時日常会話程度の話をしたのを覚えてます」
画面が左右二分割になり、左側に病室前、右側にエレベーターホールが映し出され二人がエレベーターに乗り込むところが見えた。
「この後です。扉が閉まる寸前に彼女が突然、扉が開くようにボタンを押しました」
直後、右側の映像がほんの一瞬乱れた。
「その後もエレベーターを降りようとボタンを押していきましたが、降りられたのは三階下でした。そして彼女は駆け出していきました」
「駆け出していった? どこへ?」
「おそらく彼らの病室のある階かと。これは私の推測ですが、扉が閉まる寸前に彼女は何かを見たのかと思われます。何かそこに居てはおかしいナニカを」
「たしかにそれなら彼女の行動にも説明はつくが……」
話している間に左側の病室前の映像に倉地が映り込んだ。
「病室へ駆け込んだな」
彼女に続くように女性の看護師が同じ病室へと入っていった。しばらくして看護師だけが出てきた。
「後であの看護師に話を聞いてみるとしよう」
「了解です」
まもなく病室の扉が開いて倉地が姿を現した。その瞬間、映像にノイズが走った。
「これは……?」
映像が元に戻ると既に彼女の姿は無かった。
「お前は彼女と帰ってきたんじゃないのか?」
「いえ、一緒には帰っていない……と思います。あの時非常ベルが鳴っていたのは覚えているのですが、そこから寮に帰るまで記憶が曖昧で」
「我々の監視下で認識阻害を実行し、迅水をもその術中に陥れて、尚且つ二人……いや、おそらく三人を連れ去った何モノかがいるようだな」
「不覚をとりました」
「その分痛い目を見せてやればいい」
「倉地彩乃の【念晶力】を検知しました」
オペレーターから声が上がった。
二人は顔を見合わせた。
「場所は?」
「すぐそこの───温泉街です」
つづく




