第277話 隙間の向こうの悪夢
倉地彩乃はかつての仲間の見舞いに霧園中央総合病院に来ていた。
「何はともあれ、元気にやっているようで安心した」
筋肉質で炎使いの【念晶者】である『漁火 健吾』は落ち着いた様子で彩乃の話に耳を傾けていた。
「居心地は悪くないかい?」
キザな水使いの【念晶者】『水科 貴也』は心配そうに訊ねた。
「まだまだ見習い隊員だし、何より元々敵対しちゃってたから保護観察? みたいな感じだからここに来る時も付き添いが一緒だったんだ。でも悪くはないよ」
一ヶ月ほど前に病院内で暴走して鎮圧された二人は、年が明けてまもなく目を覚まし、検査やら聴取などが行われてつい数日前に面会が出来るようになった。
「……僕達も知らず知らずのうちにとんでもないことに荷担させられていたと聞いた時は驚いたよ」
「うむ。まったくだ」
「僕も健吾も出来ることなら君と一緒に罪を贖いたいのだけど、【念晶力】を感じられないんだ」
「俺も火が消えてしまったかのように何も感じない」
【念晶力】を感じられなくなってしまった二人。かつては忌み嫌っていた筈なのに失ってしまうと寂しさを覚えてしまい複雑な心境だった。
「〝力〟自体は無くなってないから、無理矢理引き出された反動で回復しにくいって言ってたよ」
やはり複雑な表情の二人。
「それまではアタシが二人の分まで頑張るから。っとそろそろ時間だ」
サイドテーブルに置かれた時計を見て彩乃は椅子から立ち上がった。
「月並みな励ましだけど、頑張って」
「うん。二人とも早く元気になってよ。じゃあね」
二人がベッドから手を振る。
見送られながら彩乃は病室から出た。
「もういいんですか?」
病室の前のベンチに座っていた迅水めぐりと目が合った。
「うん。ありがとう……ございます。付き添ってくれて」
「いえいえ。用事のついででしたから」
「それでも。知らない人よりかはちょっとは知ってる人の方がいいから」
「ふふ。では参りましょうか」
めぐりは立ち上がり歩き始める。彩乃はそれについていく。
「そうそう。昨晩はご苦労様でした」
「あの美那ってのに強引に引っ張られてっただけだし」
「それでもご協力いただけたのですから」
彩乃は照れくさそうに頬をかく。
「だ、だってそれが【異能研】の役目なんでしょ? っていうかアイツ何なの? 超強いじゃん!」
「美那さんですか? そうですね。超強いですね、彼女は。昔から空手をやっていたということですが、詳しいことは本人に尋ねた方が早いと思いますよ」
エレベーターホールに着くと、めぐりは降りの下向きの矢印のボタンを押した。
「あさひも超強いし、あのミシェルってのも何か強そうだよね?」
チンと音がして目の前の扉が開いた。
「まあ、あの三人は別格ですね」
乗り込んでめぐりが一階のボタンを押すと扉が閉じていく。
「別格……ねえ」
ふと閉まりかけの扉の隙間から見えた外側に彩乃は見てしまった。
「───っ!」
慌てて開くボタンを押すが既に遅く箱が下がり始める。
「彩乃さん?」
首を傾げるめぐり。
「くっ……」
すぐに一階下のボタンを押すが止まらずに通り過ぎてしまった。すかさずもう一階下を押すが止まらず、更にもう一階下のボタンを押してその階に止まった。そして扉が開くや否や、走り出してホールにいた人達を押しのけていく。
「ちょっと───」
慌ててめぐりもその階で降りた。
彩乃が走り去っていった方向を探す。するとちょうど曲がり角を曲がったところだった。
「あの慌てよう……、一体何が?」
めぐりはエレベーター内でのことを思い返す。
エレベーターに乗り込み、扉が閉まったと同時に彩乃が開くボタンを押した。しかしそのまま箱が降り始めた。
「扉が閉まる瞬間に何かが見えた……?」
彼女の行動からしてそれが一番辻褄が合うとめぐりは思った。
「ともかく追いかけなくては!」
彩乃が曲がった先、めぐりは階段を駆け上がった。
「はぁっ、はぁっ───」
一気に三階分駆け上がって彩乃は少し息が上がった。
それでも足を止めずに廊下を駆ける。
「廊下は走らない!」
看護師に声をかけられるが止まらない。
「何故───」
キョロキョロする。
「何故、あの人がここに?」
その姿は見当たらない。
「───まさか」
いやな予感がして、さっきまでいた病室まで駆けていって、そして扉を開いた。
勢い余って思い切り開けた扉は大きな音がして、病室内にいた人間は全員ギョッとした顔をしている。
「……どうした息を切らせて戻ってきて、何か忘れ物か?」
漁火がキョロキョロそれらしきモノを探し始める。
「倉地さん?」
水科が声をかけるが聞こえていないかのように彩乃は二人を見ていた。やがて、
「…………はぁぁぁぁぁ~~~」
大きく息を吐いて彩乃はその場にしゃがみ込んだ。
めぐりが彩乃を追いかけて先程までいた階まで戻ってきた時、ジリリリリリリと警報と思われるベルの音がした。
「なにごと?!」
看護師が事態の把握や入院患者のフォローで慌ただしく動き回っている。その邪魔にならないようにめぐりは歩きながら彩乃を探すことにした。
二人の前で看護師に怒られ、苦笑いしながら病室を後にする彩乃。
「彩乃さん」
その彼女に声がかけられた。
めぐりが追いかけてきたのだろうと思った。当然だ。
彼女は保護観察的な立場にいるため、行動が制限されている。基本的に一人での行動はさせてもらえない。
なのに彩乃は突発的に彼女の前から走り去ってしまったのだ。理由があるとは言え、普通に考えて許されることではないし、自分自身の立場を危うくさせることでもあるのだ。
「ご、ごめんなさい。ちょっと気になることがあって……」
そして振り返った。
「気になること? 一体なんですか?」
さっと血の気が引いた感覚があった。
そこにいたのは迅水めぐりではなかった。
ジリリリリリリと非常ベルの音が鳴りだした。
「お久しぶりですね、彩乃さん」
その女は妖しい笑みを浮かべて、彩乃の名を呼んだ。
つづく




