第268話 出会った少女たち
「いらっしゃいませ~」
客が入ってきたので、岳中秋穂はレジに入った。
しかしその小柄な少女はレジ前を素通りして、座る席を選んでいた。
「お客様、当店は先にご注文していただくシステムになっております」
【ミラージュ】に限った話ではないが、初めて訪れる店はシステムが分からないことが少なくない。
「あ、そうなの?」
振り返った少女は秋穂の思った以上に幼く見えた。
(小学生くらいかな……? でもこんな時間に……あれ? この子どこかで……)
「え~と……」
少女がカウンターに置いてあるメニューとにらめっこしている。
「あ」
「え?」
秋穂が思わず声をあげると、少女は顔を上げて秋穂を見た。
「あの、もしかして病院で会った……」
「病院? ……ああ。もしかしてアタシを見かけでもした?」
「ほら。浅陽ちゃんと一緒の時に」
「あさひと……?」
少女は腕組みをして考えこむ。
思い出そうとして上を向き、改めて秋穂の顔を見て少しずつ視線が下がっていき、胸の辺りでぴたっと止まった。
「……………………ああっ!」
びしっと秋穂の胸を指さした。
「あの時の巨乳のお姉さん!」
少女の大きな声は店内に響き、七割方埋まっていた席のすべての客が何事かと注目した。
「きょっ?!」
秋穂は顔を赤くして、胸を隠すように抱え込んだ。
比較的ではあるが周りの視線や評価に無頓着な彼女だが、やはり羞恥心は人並みにある。
何となく察した少女が客席に振り返ると、客達の視線はレジ周りから減少した。
「……えっと、注文……いいですか」
同じ女として共感しているのか、少女は少しだけ申し訳なさそうに注文をした。
「その……この前はごめんなさい」
注文を確認し終えた時、秋穂がそう口にした。
「……なにが?」
「この前、何も知らないのに子供扱いして」
ああ、と少女は諦めたような溜め息を吐いた。
「もう慣れてるし、別にいいよ」
「そっか、よかった」
ほっと胸を撫で下ろす秋穂。
「それにしても【ミラージュ】に来るのは初めてだよね?」
「この前近くの寮に引っ越してきて、この店が美味しいって聞いたから来てみたんだ」
「寮に? もしかして【久遠舘学院】?」
「そうだよ。ほら」
少女は右耳のピアスを見せた。
「それがあなたの【念晶具】なんだ」
「うん。あんたは……」
「私は覚醒待ち。もうすぐ二年生になるけどね」
ちょっとだけ残念そうな微笑を浮かべる。
それとは対称的に少女は表情を強ばらせた。
「同い年……だと?」
その事実に驚愕する少女。
そして自分の足下を、いや、胸元を見下ろした。
「そういえばそうだね」
少女の絶ぺk……絶望に気づかずに秋穂は無邪気に応える。
「私は岳中秋穂。三組だよ」
「ア……アタシは倉地あy……」
そこで勢いよく入り口の扉が開いた。
客の視線が再びレジ周りに集中する。
「彩乃っち、出動だよ!」
飛び込んできたのは山吹色の髪をポニーテールにした、活発そうな少女だ。
「美那ちゃん、ドア壊れちゃう」
扉を開いた明星美那に秋穂が注意する。
「やっほ、秋穂。ごめんね~」
二人が初めて出会ったのはつい数日前のこと。だが既に親友と言っていいほどに仲良くなっている。
一言で言えば気が合ったということに尽きるが、一人の男が二人の仲を取り持ったと言えなくもない。そう、穂村優希人である。
秋穂はクリスマスに優希人に告白をしたが、好きな人がいると断られた。
優希人はそれを美那に話した……というよりも浅陽がぽろっとこぼしたのを彼女が聞いてそれとなく訊ねたのだが、まだ二人が知り合う前なので名前までは伝えていなかった。
つまり二人は出会う前からお互いがお互いの存在を知っていたことになる。
そして初対面の時にお互いのことを察した。
秋穂は美那を見る優希人の目から、そして美那は優希人を見る秋穂の目から。
秋穂は失恋から完全に立ち直ったわけではない。
だが落ち込んでいるわけにもいかない。バイトに行けば高確率で彼と働くことになる。こうなることも覚悟の上で優希人と同じ職場を選んだのだ。
親からはお金をもらって働くのだから最低限の責任は持てと言われていたが、様子のおかしい彼女を見てツラいのならやめてもいいんだと言われた。だがやめなかった。
職場は楽しいし、スタッフは優しい。
そして何より優希人はいつも通りかっこいいし、彼の作るまかないはいつも通り美味しい。その〝いつも通り〟は秋穂の心の傷をちくりと刺激するが、逆に安心もしていた。
穂村優希人がとても誠実な人間であることを目の当たりに出来たから。自分の憧れの人が憧れの通りのひとだったから。
それを誰かに話せば『偽善』だと言われるかもしれない。
しかしそれはその誰かにとって理解も想像も出来ないだけで、秋穂にとっては多少強がっている部分も否めないものの確かな彼女の気持ちなのだ。
無論、美那にはそんな秋穂の心情までは分かる筈もない。
だが気持ちは理解出来た。彼女だって立場が違えば優希人の隣に立っていなかったかもしれない。そう考えることは何度もあった。
幼馴染みじゃなかったら。違う世界に流れ着いていたら。あの時彼が堕天ちていたら。
運が良かったと美那は常々感じている。
そんな美那は秋穂の目を見て感じた。
自分とは逆の立場だけれど、優希人を想う気持ちは本物で真剣であることを。そして今もしっかりと前を見据え、自分自身の気持ちと真摯に向き合っている強い心の持ち主だということを。
ならば自分は優希人にとっては言うに及ばず、岳中秋穂というひとりの人間にとって誇れるような───穂村優希人の隣に居るのが明星美那であってよかったと思われるような人間でいたいと強く思った。
そうして美那は秋穂を見て一目で気に入ったし、深く尊敬した。
だから驕ることも、当然勝ち誇るようなマネもせず、ひとりのライバルとして彼女と向き合うことにした。
秋穂もおそらく美那の思いを感じ取ったのであろう。ふたりはすぐに仲良くなった。
「アタシこれから晩ごは……」
「ボクもまだだよ。終わったら一緒に食べよ」
そう言って美那は倉地彩乃の手を引っ張った。
「ちょっ、待っ───」
そしてあっという間に倉地は連れ出された。
と思いきや、再び入り口が開いた。
「ちょっと行ってくるね」
美那が顔を出した。
「うん。気をつけてね」
秋穂は心配そうに見送った。
つづく




