第263話 見え隠れする繋がり
その龍は海神の眷属の末裔として生まれた。
すくすくと成長した龍は、やがて海神の孫に仕えることとなった。
海神の孫は、海原では並ぶ者の無い程の強さを誇り、人智勇を兼ね備えた龍格者であった。
数百年経ったある日、海神の孫が遠征に行くことになった。
龍はついて行くつもりだったが、
「これは私が頼まれた戦だから、他の誰も連れて行くわけには行かぬ」
と断られた。
誰に頼まれたかと龍が訊くと海面を見上げた。
陸の神かと問うと、
「もっと遙か彼方だ」
海神の孫は首を横に振った。
それで龍は悟った。
彼に頼んだ───いや、命令したのは〝高天原〟だと。
海神の孫が遠征に出てしばらく経つが一向に帰ってくる気配が無い。
やがて三百年程経った頃、海神の許しがないにも拘わらず龍は陸へと上がった。
二本の足で歩かなくてはならないし、海中と違い地面に吸い寄せられるような感覚に戸惑いつつも、龍は海神の孫の足跡を辿る。
やがて、地域の伝承に詳しいという老人に出会った。
老人が言うには、遙か昔に神々がこの地で順わぬ神々と戦って地形がこの辺りの地形が激変して霧が多く出るようになったと。だからこの地は〝霧園〟と呼ばれるようになったという。
そして更には、高き御座にまします神は、海の神に助力を求め、海から屈強な戦士の一団が援軍に駆けつけたという。その話を聞いた龍は前のめりになった。
屈強な海の戦士を束ねるのは海神の孫。
彼はその地の北にある山で順わぬ一柱と戦うも百年経っても勝負がつかなかった。
そのため、自らが封印となって順わぬモノを封印することとなった。
龍はその場所へと向かった。
切り立った崖が、真上から綺麗な円筒状にくり抜かれたかのような不思議な形をした場所だった。
山頂には泉でも湧いているのか、円筒形の崖の天辺から水が落ちてきている。
地元の人間は〝鎮守の滝〟と呼んでいるそうだ。
滝壺を覗き込んでみる。
海神の眷属の末裔である龍にとっては造作もなかった。
「おや、底に何かございますかい?」
龍の隣にいつの間にか、三度笠を被った旅装束の男が立っていた。
笠を深めに被って顔は見えない。
気配を感じなかった男を龍は警戒する。
「……例えば龍神様とか」
男が龍の方を向いた。
すると、そこにはのっぺらとした真っ黒い面あった。
「ふふふ……」
男が不敵に嗤うと、その面の目の部分が赤く妖しく光った。
「……っ」
誰かの呼ぶ声で慧太郎の意識が浮かび上がっていく。
「……まっ」
その声は彼をひどく懐かしい気持ちにさせる。
「兄様っ」
「…………ん」
慧太郎はゆっくりと瞼を開く。
龍宮家の客間の天井と風花の顔が目に入る。
「すずか……?」
「いつまで寝ていらっしゃるんですか。もうすぐ咲夜ちゃん達が帰っちゃいますよ」
「……そうだった」
慧太郎は飛び起きた。
「さむっ」
「部屋の外で待っていますから、早くお着替えになってください」
慧太郎は手早く着替えて、風花と共に母屋を出た。
「空が広く感じるね」
「それはそうですよ。なんたって御神木が倒れてしまったのですから」
二日前の戦いで折られてしまった【龍宮神社】のシンボルである御神木。
現在は一メートルほどの高さの根元部分が残っているのみだ。
「ん?」
ふと慧太郎は、その御神木のあった場所に赤い髪の後ろ姿があるのを見つけた。
『見ろ、二人とも』
すぐ後ろまで行くと、二人の接近に気づいていたであろう咲夜が声をかけてきた。
彼女の言う通りに折られた御神木を見る。すると、
「あっ!」
風花が声をあげた。
「芽が出てる」
折られた場所から小さな芽が早くも伸びはじめていた。
「さすが御神木といったところね」
『さすが御神木と言えば涼香』
「どうしました咲夜ちゃん?」
『身体の具合が良くなったらしいな』
御神木が倒れた時、その根元に埋められているという〝紅陽石〟が輝きを放った。
それにより、レインが新たな身体を手に入れたのだが、その際、風花が煩っていた病もその輝きによって浄化された。
「はい。昔も今も身体が弱かったので、健康なのってすごく身体が軽くて気持ちいいんだなってようやく理解できました」
「ちなみに凛の心臓の病も治ったらしいね」
『本当に御神木様々だな』
四人が新たな芽を見つめる。
「そういやここで咲夜に励まされたっけ」
不意に浅陽が呟いた。
『なに?』
覚えの無さそうな咲夜。
「ほら。悠陽がいなくなってここで泣いてたら声をかけてくれて……。……あれ? 咲夜じゃなかった?」
『すまないがおぼえがない』
咲夜がその場の勢いで何か言ったので覚えてないのではと慧太郎は推測する。
「まあともかく、そのおかげであたしは立ち直れたんだ」
「じゃあ浅陽ちゃんにとっても御神木様々なのね」
「うん」
「姉さま~」
参道を織村由梨が駆けてきて、少しずつスピードを緩めて浅陽達の前で止まった。
「はぁっ、はぁっ、ま、間に合った」
『見送りはいいと言ったはずだぞ咲乃』
慧太郎と風花以外の者達には前日までに挨拶を済ませていた。
その二人と凛、レインの計四人は検査等で捕まらなかった為だ。
ちなみに凛とレインの二人は日が明けても未だに捕まらない。
「本当にお帰りになってしまうのですか?」
『仕方あるまい。私達にはあちらにやるべき事がまだまだあるようだからな』
「そうなの。ごめんね、由梨」
浅陽も申し訳なさそうに微笑む。
「わかってます。言ってみただけ」
由梨も微笑みを返す。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
「浅陽ちゃん、また遊びに来てね」
風花がその手を握る。
「実家に顔出す時は声かけるよ」
「ぜったいよ」
由梨がそこに手を重ねた。
『叢丞、またな』
「うん。こっちは任せて」
そうして女子三人は手を離した。
「それじゃあね!」
三人から離れて、浅陽は手を振った。
三人も振り返す。
やがて、鳥居を潜って駅の方へ曲がり、赤い髪は見えなくなった。
「さて」
風花が慧太郎を見上げる。
「それじゃあ」
由梨も慧太郎を見た。
「「えいっ!」」
風花が慧太郎の右腕に、由梨が左腕にしがみついた。
「え? なに?」
「兄様、これからもずっと一緒ですよ」
「それってどういう……」
「先輩、私素直になることにしました」
「さく……織村?」
風花と由梨が視線を交わす。
目に見えない火花が散っていた。
「「負けないから」」
「そーすけーーー!」
「「っ!!」」
参道を凛が駆けてくる。
そして勢いを殺すことなく、慧太郎へと飛びついた。
鳥居を潜って駅へ向かう浅陽の前に立ち塞がる人影があった。
「レインさんと星明さんに……茉莉さま?」
茉莉が神妙な面持ちで口を開く。
「今回の護衛の件。ありがとうございました、水薙家次期当主殿」
そういえばそういう建前だったっけと浅陽は心の中で呟いた。
「それと、この地に留まる理由が無くなったので、もう少ししたら私も本部へと出向きますということをお伝えする為に待っていました」
『それは祭神の依り代としての役割が終わってこの地に縛られなくなったからか?』
「さすがは咲夜ちゃん。お見通しでしたか」
「祭神の依り代……。もしかして茉莉さまが年を取らなかったのってそういう?」
「そうですね。具体的に言えば、心臓の鼓動が一年間に十万回くらいでしたので、身体の老化そのものは実質八十日分くらいでしょうか。でも今は元に戻ったので普通の方と同じくらいの鼓動の回数ですよ」
「どっかで聞いたことあるそれ」
思わずぼそっとツッコんでしまう浅陽。
「って、茉莉さまが本部にいらっしゃるのは役割とやらが終わったからだけじゃないってことですか?」
「〝赤い髪の巫女〟と言ったのを覚えてる?」
星明が茉莉に代わって訊ねる。
「はい。戦いが終わったすぐ後ですよね。あたしそこまで物覚え悪いつもりはないんですけどね」
「その〝赤い髪の巫女〟が登場するとある神話があるのです」
そう口にしたのはレイン。
「神話?」
世界各地に伝わる神話のいくつかは知っている浅陽だが、レインの言う〝赤い髪の巫女〟が出てくる物は覚えがなかった。
「はい。詳細はすべて謎に包まれていて、でもそれが存在した証拠があると言われています」
『証拠があるのに詳細がわからない?』
「証拠そのものが、持ち主を選ぶ物なので詳細を調べるには協力が必要なんです。ですが今まではその持ち主を特定する術がなかったのです」
「いままでは?」
「はい。だから貴女に声をかけたのです」
『それはまさか───』
「〈星刃〉───」
レインが頷く。
「でもあたし何にもわからな……」
浅陽はふと思い出す。
御神木が光を放った時に見た、幻の光景を。
「何か見たんですね?」
「……高い塔。それと双子の赤髪の巫女。それから日蝕」
「高い塔で思い浮かべるのはバベルの塔だけど、違うみたいなのよね」
『違うと言い切る根拠はなんだ、まつり姉』
「その根拠は、覚えているということです」
答えたのはレイン。
「この神話は、深く関わった者以外は気づかないうちに忘れ去ってしまう、そういった類の呪いみたいなモノがかかっているようなのです」
『ということは、レインとまつり姉は深く関わっているということか』
「そうなります。あとは浅陽さんと咲夜さん。貴女たちもです」
「あたし達も?!」
「〈セイバー〉を所持しているというのもありますが、もう一つ、神話と共に語られるモノがあるのです。それもほとんどの者が呪いで忘れてしまうようなのですが」
『それは一体───』
「───黒い仮面」
「───っ!?」
浅陽は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「最近では黒く輝く鉱石の人形を先兵として水面下で蠢いていると聞きます。そしてこの神話を記憶に残せた者達は口々にこう呼びます。───〝忘れられた神話〟と」
EPISODE 4『再来する〝終末〟』 完
つづく




