第264話 ちょっと噂の編入生
───一月八日 金曜日───
「よく逃げずにきたねぇ」
薄い茶髪のハンサムショートの女が一歩前へ出て右手を突き出す。
その彼女の右の耳に着けられたピアスは青い光を放っている。
【念晶具】と呼ばれる、【念晶者】特有の装身具だ。
覚醒した者は身体のどこかに見た目アクセサリーの【念晶具】が顕れる。これは異能の有無に関係なく見ることが出来るし触ることも出来る。ただし外すことは不可能である。
そして色によって属性が異なる。
赤なら火。
青なら水。
黄なら土。
緑なら風。
いわゆる四大元素の地水火風だ。
色の濃淡で多少能力が異なるものの、多くはこの四種類に分類される。
稀に光や闇などと言った【念晶具】も見られるが数千人に一人と言われている。
茶髪女の【念晶具】は青。すなわち水属性。
今しがた彼女が突き出した手には目に見えないナイフが握られていた。
水を超高圧で噴き出せば大抵のモノは切ることが出来る。
それが彼女の異能の使い方。
だから、『明星 美那』は動じることなく一歩退いてそれを躱した。
「ぽっと出のクセに生意気なんだよなぁ」
アッシュグレーの巻き髪の女が右手で指鉄砲を作って美那に狙いを定める。
「ばんっ」
美那のすぐ脇を見えない何かが猛スピードで通り過ぎていく。
巻き髪女の指鉄砲の伸ばした人差し指に着けられた指輪は緑色。
風属性の【念晶者】で、風の衝撃波を飛ばす能力だ。
「あんたさぁ、何様のつもり?」
強めカールの金髪の女の首には赤く光るチョーカー。
その手には火で形成された剣を持っている。
三人とも赤黄色のリボン。三年生だ。
そんな三人を前にしても美那は変わらずとくに動じた様子もない。
どうしてこうなった……の発端は始業式後のHR。
「『明星美那』って言います。よろしくおねがいしま~す!」
一年三組の教室に元気な声が響いた。
美少女編入生の登場に色めき立つ教室。
「どこから来たの?」
「遠いところ」
本当のことを言うわけにもいかないので、そう言って誤魔化すように事前に担任である梨遠や優希人らと質問されそうなことは答えをある程度決めていた。
「属性はなんですか~?」
「光だよ」
レアな属性におおと歓声があがる。
「彼氏はいますか?」
お決まりとも言える質問が出ると教室内がしんと静まりかえった。
「います。にひひ」
少し頬を染めてはにかむ。
その表情に男子連中からは落胆の声が、女子からは黄色い声があがった。
そこへ唐突に教室の前の引き戸が開いた。
「みつけたよ」
強めのカールのかかった金髪のギャルが入ってくると、それに続くようにアッシュグレーの巻き髪のギャルと薄い茶髪のハンサムショートのギャルが教室に入ってきた。
「なんだお前達?」
榊原梨遠が三人を出迎える。
「用があんのはあんたじゃないよ。アタシらが用があんのは……」
三人は梨遠の横をすり抜けると、まだ黒板の前に立っていた美那の前で立ち止まった。
「昨日あんたが〝穂村さん〟と仲良さげに歩いてんのを見たんだよ」
「はぁ」
金髪ギャルの言葉に教室内がざわつくも、それがどうしたんだろうといった風な生返事の美那。
「それだけじゃないよ。元旦に〝穂村さん〟と神社にいるところを見たわ」
アッシュグレーが更に追求する。
「そりゃ初詣にはいくよ。センパイ? は初詣行かないの?」
教室内の在校生は既にどういう状況か理解しはじめていた。
「そういうことじゃなくて!」
「じゃあどういうこと?」
ハンサムショートに真顔で言い返す。
「「「あんた〝穂村さん〟のなに?」」」
ギャル三人の声が重なる。
「彼女だけど?」
教室がしんと静まりかえる。そして、
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」」」
ギャル三人と、事情を知っていた三人を除く一年三組の生徒達が驚愕した。
「アタシら〝穂村優希人親衛隊〟を差し置いてあんた何様よ?」
〝自称〟親衛隊を名乗るギャル三人と、校舎前の第一グラウンドで向き合っている美那。
「親衛隊か~。むこうにはいなかったよね、たぶん」
「あ?」
「べっつに~」
その間にも水のナイフと風の弾が彼女を狙う。だがどちらのかすりもしない。
「くっ、当たらない」
「う、うごくなし」
「そんなんじゃボクには当てられないよ~」
ダンスのステップのように軽やかに躱す。
「仕方ない。アタシが出るしかないか」
金髪ギャルが二人の前に出て炎の剣を正眼に構えた。
「お」
その堂に入った構えに美那の表情に少しだけ変化が見えた。
「こう見えても〝力〟に目覚める前は剣道やっててね。全国にだって行ったことあんだよ」
「へえ」
「あんたも結構ヤルみたいだけど、アタシのこの炎の剣を躱すことができるかい?」
そうは言うものの美那の実力に気づいているのか、金髪ギャルはなかなか攻めていかない。じりじりと間合いを詰めていくが、彼女の間合いを把握しているかのように美那はギリギリ外側をいく。
「……来ないのかい?」
「ボクがキミ達を攻撃する理由はないんだけど」
「こっちにはあんのさっ!」
焦れた金髪ギャルが剣を振りかざして攻めに入る。
「おっと」
美那が躱すとボウッと音を立てて剣が振り下ろされた。
「やるじゃないか」
「まあ、これくらいはね」
「じゃあこれはどうだい!」
振り下ろした状態から切り上げる。
「よっと」
上体を反らして美那は躱す。
その体勢が悪くなった状況を狙っていたのか金髪ギャルは美那の顔目がけて突きを繰り出す。
すると美那はそのまま身体を反らして新体操選手ばりの柔軟さで地面に手を着いた。
「なっ?!」
そして地面を蹴って一回転し、地面に足をついた。
その時金髪ギャルの顔のすぐ前を美那の足が通り過ぎて、それで起こったかすかな風がギャルの髪を撫でた。
「ん~、惜しかったね」
美那はあくまでギャルの技と機転を笑顔で褒めた。だがそれが逆効果であることは彼女は気づかない。
「このっ!」
そこへ茶髪女の見えない水のナイフが左側から繰り出された。
「おっとぉ」
それを察知していた美那は一歩後ろへさがった。
「当たれっ!」
その下がった場所へ巻き髪女の風の弾丸が右手から迫っていた。
「っ!?」
狙われていたことも気づいていたが、タイミングが絶妙過ぎた。
だから美那は右手を使った。
「えっ?」
巻き髪女が首をひねる。
美那を狙った風の弾丸が、彼女が右手を振るった途端に消えてしまったのだ。
「せやぁぁぁぁぁっ!!」
そこへ美那に向けて剣が振り下ろされる。
(追い込まれた。やるな~)
だがその攻撃も美那からしてみればとても遅く感じられる。追い込まれたのもひとえに彼女に油断があったから。そして彼女らを攻撃する理由がないことに拘りすぎたため。
(……ん?)
そこからどうしようかと思っていたところ、迫る炎の剣から朧気ながら何か聞こえた気がした。
(これは……?)
戸惑いを覚えるも、それが彼女達の〝想い〟であることが直感で理解できた。
(……そっか。この子らも〝彼女〟と同じなんだ)
この世界に来て新しく出来た友達。
彼女はとても勇敢な子だ。
だから美那は、既に優希人と彼氏彼女の関係ではあるが、その友達をライバルと認めた。そして優希人にも彼女にも真摯に向き合うと決めたのだ。
(なら、ボクのするべきことは───)
右腕を翳して迫る炎の剣を受け止める体勢を取った。
金髪ギャルの炎の剣は実体のあるモノではない。
剣は人体を傷つけることなく身体をすり抜ける。もちろん燃えもしない。
だが幻の熱をそこに残していく。
その熱で相手の敵意や殺意などの害意を削ぎ、意識を奪うことも出来る。
その凶暴な見えた目とは裏腹に暴漢対策の一種、つまり護身術の範疇におさまる。
当たりさえすれば相手は即座に沈黙する。
(アタシらの〝穂村さん〟をよくも───)
〝彼女ら〟にとって穂村優希人はいわばアイドルだ。無論歌って踊る方ではなく、存在自体を指している。
故に親衛隊は過度の干渉を禁じている。抜け駆けも禁止。あくまで彼は皆の財産と言うスタンスだ。
【ミラージュ】へ行ってお茶をして、遠くから眺める。接客の合間のちょっとした会話くらいはお目こぼし。いつしか告白出来る勇気が持てたなら……。それだけで満ち足りていた。満ち足りてしまっていた。
それらはあくまで親衛隊を名乗る者達だけの暗黙の了解であり、親衛隊に属さない個人には適用されない。近づこうものなら親衛隊が動く。
学院内でも名高い美少女である岳中秋穂の時は動くに動けなかった。
なにせ彼女には親衛隊すら手が出せない人物が少なくとも二人ついているから。
その最も可能性の高そうな彼女の失恋は、親衛隊をホッとさせたが落胆もした。
───彼の人はなんて高嶺の花なのだろうと。
そこへ湧いて出た明星美那の存在。
どこの誰とも知れない馬の骨。
親衛隊が動くのに時間は要らなかった。
その明星美那が右腕を翳した時、ギャルは勝利を確信した。
しかし炎の剣はすり抜けることなく、美那の右腕と交叉した。
「え……?」
すり抜ける筈だったその右腕には、いつの間にか真っ白い籠手が着けられていた。
部分展開させた籠手で美那は炎の剣を受け止めた。
「受け止めたよ、キミ達の〝想い〟」
「は?」
「だけどね、ボクは譲るつもりはないから」
空いている左の拳を突き出す美那。
「っ!?」
金髪ギャルは剣を握ったまま身構えた。
だが殴られたような衝撃は来ない。見ると美那の左拳はギャルの鳩尾の数㎝前で止められていた。
(び、びびらせやがって……)
と気を抜いた瞬間、激しい突風が彼女を襲った。
否、それは遅れてやってきた衝撃波。
「くっ───」
勢いに押されて後ろへ二歩三歩とよろめいてやがて尻餅をついてしまい、美那を見上げる形になった。そしてようやく、彼女と自分達の実力の差を思い知った。
「たったの一歩だけど、その一歩を踏み出した〝あの子〟とキミらじゃ天と地ほどの差があるよ」
真剣な表情から一転、美那はニコッと笑ってみせた。
「最低でもそれくらいの気概がないと。だって恋は戦争って言うじゃない?」
そして三人に背を向けて、三歩ほど行ったところで止まって振り返った。
「そうそう。ボクは優希人の彼女だけど、幼馴染みでもあるから。知らないことは無いんだよ」
どうやら〝ぽっと出〟呼ばわりされたことが引っかかっていたようだった。
つづく




