第260話 再来する終末 その十三
慧太郎と凛は青い光を淡く放つ、シャボン玉のような球体に包まれたまま、ゆっくりと地面を向けて降下している。
『おのれおのれおのれ……!』
〝応龍〟が牙を軋ませる。
『〝応龍〟は私の〝力〟を自分の物にしたと思ったようですが、〝応龍〟は既に〝蒼月石〟の一部だったのですよ。〝蒼月石〟の中に封じた時点で』
『な……に?』
『闇の〝力〟を獲得して暴れ回っていた〝応龍〟を〝蒼月石〟に封じた時、闇の〝力〟が〝蒼月石〟に同化するのを拒みました。性質が正反対だったので無理もありません。しかし〝紅陽石〟の〝力〟を借りて浄化した今、〝応龍〟を〝応龍〟たらしめていた〝力〟は無くなり、〝蒼月石〟に同化させるのは難しいことではありませんでした。闇の〝力〟のない〝応龍〟は、所詮は龍ですらない、一水妖なのですから』
それでも〝力〟のない人間には脅威には変わりないのだけれどと、〝レイン〟は心の中で呟く。
『〝応龍〟から積極的に同化するという意志をもって、〝蒼月石〟達は一つになる。あの空間から離脱し、闇の恩恵が薄くなった時、〝応龍〟はきっと〝蒼月石〟を取り込もうとすると思っていました』
『お……のれぇ……』
恨めしそうな声と共に靄の状態に戻った〝応龍〟が、いや、〝応龍〟の残骸というべき靄が、凛の身体から離れていく。
『さて……』
〝蒼月石〟は慧太郎に向き直る。
慧太郎は、凛の胸に刀を刺し貫いてしまっていたことで自責の念に駆られた顔をしていた。
なので〝蒼月石〟は彼を安心させるように笑顔を浮かべた。
「……ぇ?」
『心配いりません』
〝蒼月石〟は両手で胸に深く突き刺さった刃を掴む。
「なにを───」
刃が少しずつ凛の身体から抜けていく。しかし、血が流れることはなかった。それどころか抜けていく刃と共に蒼い石のような物がそこからせり出してきた。
「これは……」
やがて刀身全体が取り除かれた。
凛の身体に傷は無い。
刃の真ん中辺りに拳大の蒼い石が突き刺さっている以外は、凛の胸を刺し貫く前と何の変わりもない。
「これが───」
『はい。これが私───〝蒼月石〟。〝レイン・アンネリーゼ・エーベルヴァイン〟の本当の姿です』
そう慧太郎の頭の中に直接語りかけた。
それとほぼ同時に慧太郎達は地面へと到達し、シャボン玉のような球体もすぅっと消えた。
すると支える〝力〟の無くなった凛の身体が、慧太郎の方に倒れてきた。
「おっと」
再び刀で突き刺してしまわないように凛を支える。
「叢丞様」
すぐ目の前に白銀がやってきて地面に伏せる。凛を乗せろというのだろう。
「君は大丈夫なのかい?」
「ご心配には及びません。たたき落とされはしましたが、なんとか着地はできましたので」
「大きな怪我がないならよかった」
「それよりも凛殿をこちらへ」
慧太郎はゆっくりと凛を白銀の背中に乗せた。
「ありがとう」
そして慧太郎は〝蒼月石〟から刀身を抜いて鞘に納めた。
「そういえば君は凛の心臓の代わりだって聞いたけど、凛の病は大丈夫なのかい?」
『おそらくは。彼女が生まれた頃には難病でしたが、今の医療技術ならば完治するでしょう』
「そっか」
ほっと胸を撫で下ろす慧太郎。
「じゃあ後は、あの〝応龍〟の残骸を……」
上空に残った〝応龍〟の残骸である靄をどうしようかと見上げた時、その靄が吸い寄せられるようにどこかへ向かっているのが見えた。
「───っ!?」
いつの間にか、明滅の収まっている御神木。
その幹の傍に、ぽっかりと丸い穴が空いたように真っ黒い塊が浮いている。
『ふ……ふふ』
不気味な嗤い声。
「この声は───」
慧太郎には覚えがあった。
『貸したモノを……返してもらいますよ』
〝応龍〟の残骸の靄を急襲して、黒い塊は凹凸だけで目や鼻のないマネキンのような仮面になった。
「御神木の加護があるのに何故……?」
「おそらくですが、先程までの共鳴の影響で一時的に結界が弱まっているのかもしれません。その隙を突くようにやってきたあの男は、かなり妖気も弱っているようなので、結界に引っかかることなく入ってこられたのでしょう」
『さすが〝海神の娘〟』
黒い靄はやがて仮面からはみ出して軍服の男の身体を形成していく。だがその身体は薄らと透けていた。
その薄く細い左手が御神木の幹に添えられる。
「なにを───」
『そこの女の言った通り、御神木の加護が一時的に弱くなっています。だから───』
男の身体が仮面を残して黒い靄へと戻ると、それが御神木の幹にまとわりつく。
『この邪魔な樹を排除させてもらいます』
御神木の太い幹に亀裂が入る。
「なっ───!?」
直後、突如黒い仮面を炎が貫いた。
「そうはさせない」
慧太郎が見たことないような冷酷な目をした浅陽が男の背後に立っていた。
『まさかしぶとく生きていたとはな』
してやられたといった風の咲夜。
『最低限の役割すら果たせずに、力尽きるわけにはいかないのですよ』
御神木の亀裂が大きくなり、苦しんでいるかのように軋みをあげる。
『これで……封印、は───』
最後まで言い終わること無く、黒い仮面はチリとなって消えた。
『封印、だと……?』
みしっと、短い悲鳴のような音がした。
『まずいっ!』
ゆっくりと、だけど確実に、御神木が傾いていく。
その方向には社殿と、茉莉、そして慧太郎がいた。
『叢丞ぇっ!!』
つづく




