第259話 再来する終末 その十二
「……ありがとう」
〝茉莉〟がぽつりと呟いた。
〝紅陽石〟と〝蒼月石〟が共鳴することで、境内に溢れる妖気が浄化されつつあるのを慧太郎は僅かながら感じていた。
『おのれ……』
苦しむ〝応龍〟。
だがその依り代となっている凛の目がぎらりと赤く妖しく光る。
『斯くなる上は───』
凛の身体から黒い靄が溢れて龍の姿をとる。
「まさか逃げるのか?!」
「叢丞様っ!」
慧太郎はライオンよりも一回りほど巨体の白銀の背中に飛び乗った。
そして〝応龍〟を追うように命じようとしたところ、
「っ?!」
〝応龍〟はワニのような口を大きく開いて、地面もろとも凛の身体を飲み込んだ。
「凛っ……!」
やがて〝応龍〟に変化が起きた。
靄だった仮初めの体躯が実体を持ったようにハッキリとしてきた。
表面を多く漆黒の鱗。
大木のように太く、大蛇のように長くうねる胴体が天を衝くように空へと伸びる。
その先端には巨大なワニのような頭部に後ろを向いた角。
金色の鬣が黒い胴体に映える。
「これが、〝応龍〟───」
いわゆる東洋の龍の姿をしたそれは凡そ五〇メートルくらいの身体をうねらせながら、その金色の瞳で上空から慧太郎達を見下ろしている。
「……封印を食い破ったのね」
「じゃあ凛は───」
『この娘はもはや吾が一部。あの男から与えられた闇の〝力〟と共に名うての魔術師の〝力〟、吾が物として使わせていただくと……』
突如〝応龍〟の全身が硬直したように動かなくなった。
「……?」
『くっ……。まさかまだ意識があろうとは……』
「まさか───」
『この時を待っていました』
その声は随分と聞いていないような気がした。
「レイン……なの?」
『最後の〝力〟を振り絞って〝応龍〟を抑えていますだから今のうちに───』
〝応龍〟の頭から数メートル下、前脚の付け根、胸と思われる辺りから一筋の青い光が放たれている。
『ここが〝応龍〟の核。弱点になります』
「わかった。───白銀っ!」
「承知っ!」
白銀が地面を蹴って、御神木へ向けて跳んだ。
「神樹よ、許し給え」
すると、白銀を導くように枝が伸びたように見えた。
それがまるで階段のように御神木の上の方へと続いている。
「ありがたし」
枝から枝へ跳んで伝い、上へ上へと駆け登っていく。
そうして最上段まで登り切ると、その勢いのまま白銀は〝応龍〟に向けて大きく跳んだ。
『小癪な』
巨大な尻尾が白銀に迫る。
「叢丞様っ!」
白銀は飛び跳ねるかのように勢いよく背中を折り曲げた。
慧太郎はそのタイミングに合わせるかのようにその背中から跳んだ。
直後、〝応龍〟の尾が白銀を直撃した。
「ぐぅっ───!!」
「白銀っ!?」
口の端を釣り上げるようにしてにやりとすると、その巨体は地面へと落下していく。
その様子を唇を噛みながら慧太郎は見送る。
そして〝応龍〟へと迫る。
『まるで羽虫のようだな』
〝応龍〟の前脚が慧太郎を捕らえようと伸びてくる。
空中を滑空しているだけの慧太郎にはそれを避ける術すべはない。
「届かないのか……」
慧太郎が捕らわれそうになったその時、〝応龍〟ですらふらつかせるほど激しい突風が吹いた。
『くっ……』
「───っ!?」
その突風により慧太郎の身体が、〝応龍〟の前脚を避けるようにしてすり抜けた。
(そー……すけ)
「……凛?」
つい数日前、寝惚けた凛の起こした風で恭香が吹き飛ばされたのを思い出す。
(もうずいぶんと前のことだと思えるよ……)
慧太郎は刀を水平に構える。
そしてそのまま、青い光の放たれる一点に突き刺す。
『───クッ』
刀身はなんの抵抗もなく肉を突き抜けて、硬質な感触が柄を握る手に伝わってきた。
(これが〝応龍〟の核───)
貫けと柄に力を込める。
すると次の瞬間、パキンと硬質な感触が割れる音がした。
『お……おのれ…………』
実体化した〝応龍〟の身体が、尻尾の先から黒い靄へと戻っていく。
「これで……」
終わったと思った慧太郎の目が突如見開かれる。
「え……?」
黒い靄へと戻っていく〝応龍〟。
それが刀の突き刺さっている胸部にさしかかった時、それが彼の目に飛び込んできたのだ。
「なん……で?」
〝応龍〟の胸部の核を貫いた慧太郎の手にした刃は、凛の胸を貫いていた。
つづく




