第258話 再来する終末 その十一
「空が───」
亀裂の入った漆黒の空が崩れていき、夕方の橙色の空が顔を見せた。
『どうやらあの男は敗れたようだ』
「咲夜達がやってくれたのか!」
『喜ぶのはまだ早い』
慧太郎はハッと〝応龍〟に向き直る。
「これであのモノ達の領域とやらから解放され、御神木の結界が有効になりました。年貢の納め時ですよ」
〝茉莉〟が勧告するも、〝応龍〟は口の端を吊り上げる。
『神木の結界があろうとも吾の有利は変わらぬ』
龍の姿が再び黒い靄へと変わり、凛の身体に吸い込まれていく。
「まさか降参だとでも言うのか……?」
『降参? なぜ吾が降参などせねばならぬ?』
凛の口からだみ声が出る。
『むしろお前らを喰ろうてやる気満々だ!』
凛の右手の五本の爪が伸びて一振りの剣のようになる。
次の瞬間、瞬時に間合いを詰めて慧太郎に襲いかかる。
「───っ!?」
咄嗟に剣でそれを受け止めた。
『さすがに今のでやられたのでは興醒めだったぞ。だが、』
凛の顔で禍々しく嗤う。
「ぐぅっ……」
鍔迫り合う均衡が〝応龍〟に傾き、慧太郎は圧されはじめた。
『クク……。あの空間の影響が少なからずあるようだな』
「な……に?」
不意に慧太郎の膝から力が抜けてかくっと折れて跪いてしまう。
「───っ?!」
「叢くんっ!」
茉莉が悲痛な声をあげる。
「だいじょうぶ……だから」
『強がりを』
凛の瞳が妖しく赤く輝く。
『このまま真っ二つにしてくれるっ!!』
片手を峰に添えて堪えるが、長くは持ちそうにない。
(何か! 何か打開する策は───)
『さらばだ! 忌々しき守護者の───』
死を覚悟したその時、不意に圧力が消えた。
『ぐぅっ?!』
そして目の前にいたはずの〝応龍〟が御神木に背中から激突した。
『き、貴様───』
慧太郎と〝応龍〟の間に割り込んできた何モノかを呪う声。
その何モノかが慧太郎から〝応龍〟を引きはがしたのだ。
「危のうございましたな、主」
人語を話す大型の四足の獣。
その綺麗な毛並みは、夕暮れの赤を映して燃えているかのようだった。
「白銀っ!」
「遅参、申し訳なく」
「君の現代の役割が八澄邸の保存・警護だからね。仕方ないよ」
「それよりも随分とお疲れのご様子。さぞかし激しい攻防が……」
「いや、軍服の男やつらの領域とやらが少々厄介な空間でね。こっちの呪力やら生命力やらを吸い取ってしまうらしいんだ」
「なんとっ?! では叢丞様が膝をつかれたのも」
「残念ながらその通りだよ。まあ激しく消耗する前に咲夜達が軍服の男を倒してくれたようだからよかったけど」
「それは僥倖。では私めが貴方様の足となりましょう。さあ。私の背にお乗りください」
伏せている白銀の背中に飛び乗ろうとしたその時、
「叢丞様?」
なかなか背に乗らない慧太郎を見ると、〝応龍〟の乗り移った凛の方を怪訝そうに見ていたので彼も同じ方を向いた。
「あれは───?!」
御神木の根元で膝をつき何やら苦しんでいる様子の〝応龍〟。そして宿主となっている凛の身体が淡く光を放ち明滅している。
「ん?」
ふと慧太郎が気づいた。
「御神木が───」
御神木が淡く光を放つ。そしてそれは同じような現象を起こしている凛と、まるで呼応でもしているかのように、同調し始めた。
「これは……共鳴しているのでしょうか?」
〝茉莉〟にも不可解な現象らしい。
だが彼女の言った〝共鳴〟と言うのがしっくりくると慧太郎は思った。
「共鳴しているのはおそらく、彼女の心臓代わりに埋め込まれている〝蒼月石〟と、御神木の根元に植えられている〝紅陽石〟。これが何を意味するものなのか」
『う……ぐぅぅぅっ!!』
〝応龍〟が胸を押さえるようにして苦しんでいる。
それは先程よりも苦しみが増しているように見えた。
「……この気配はまさか───」
〝茉莉〟は後ろを振り向いた。
「まつり姉さん?」
茉莉の目は社殿の向こう側、社殿と本殿の間で舞っている巫女に向けられていた。
龍宮恭香はかれこれ二時間近く、一心不乱に舞い続けている。
一般的な巫女舞である〝浦安の舞〟は平均して一〇分ほどだから、異常に長く舞っていることになる。
「恭……ちゃん?」
辻川麻衣は幼馴染みの舞に驚きを隠せないでいる。
その舞い続ける長さにだけではない。舞っている彼女のその表情もまた、見たことがないほどに神秘的に感じられていた。
「これは一種のトランス状態でしょうか」
木ノ花風花が麻衣の心情を代弁するように言った。
「トランス状態……?」
「現代では祈祷や奉納の舞として有名ですが、元々は神をその身に降ろし神託を得る〝神がかり〟の儀式の為に行われたのがはじまりと言われています」
「要するに、それだけ恭香先輩の舞が神がかってるということです」
谷曇宗十郎の説明を風花がわかりやすくした。
「しかしこれは───本当に神が降りているかのようですね」
薄雲星明もその舞を絶賛する。
(神様、どうか兄様をお守りください)
その神がかった舞に向けて手を合わせて、風花は愛しい兄の無事を祈った。
つづく




