第254話 再来する終末 その七
「私がほんの少し本気を出せばこんなものですよ」
水面下に向けて、もう聞こえていないであろう相手に言い放つ。
仮面の下で鼻で笑うと男は深紅の月を見上げ、漆黒の刃を掲げた。
「親愛なる我が主よ。アナタが懸念されていた者は排除いたしました。後は忌まわしきあの封印を破壊するのみ」
月は何も応えない。
「アナタから拝領されたこの剣があればそれも容易いでしょう。その暁には、何卒私めに、名を頂戴いたしたく存じます」
『なに、あんた。名前無いの?』
月の代わりに応えた者がいた。
「───っ!?」
男が水面に目を落とす。
すると、風も月の満ち欠けによる波や干満差もない水面に、波紋が生じている。
「馬鹿なっ! この世界、この私の支配下にある水の中で生きている筈がない!」
波紋は震動と共に大きく、やがて波となる。
『ところがどっこい。生きてるんだな~』
『いくぞ、浅陽!』
『うん!』
『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!』』
雄叫びの二重奏。
次の瞬間、水面が爆発した。
「ぬおっ!?」
男は咄嗟に岩場まで飛び退る。
「こ、これは───」
もうもうと立ち上る煙。
「熱い? これはまさか水蒸気なのですか?」
「せいか~い」
この空間は現実の空間をそのままコピーしたような場所だ。
だから海神浦の両側にある岩場の上は整備された公園になっているのもそのまま。
そこに設置されている転落防止の柵の上に、赤髪の少女が音も無く着地する。
燃える緋袴の巫女装束に、天女のようにふわりと纏った紫の羽衣。
両手に携えた刀を誇示するように、両腕を真っ直ぐ横に伸ばしている。
「さあ! 今度はこっちの番よっ!」
瞬時に間合いを詰めて、頭上に構えた右の〈焔結〉を振り下ろす。
「ぐっ……」
それを受け止めたものの、勢いまでは殺せずに吹き飛ぶ男。
だが辛うじて数メートルの所で踏み留まる。
「ま、まさか生きているとは……」
仮面をしているものの、男が驚愕しているというのが身体全体から醸し出されている。
「あんなので死ぬと思われるのは心外だわ」
浅陽の強気な瞳が男を捉えている。
「……なるほど。選手交代というわけですか。だがっ!」
今度は男から斬りかかる。
それを浅陽は左の〈鳴神〉で難なく受け、右の〈焔結〉を振り下ろす。
「くっ……」
交わる刃を押し返す反動で男は間合いを取って〈焔結〉の一撃を躱した。
『お前、二刀流もいけたのか』
驚いた様子の咲夜。
「ううん。これが初めて」
『それにしては大したものだ』
「たぶん咲夜のおかげ」
『私の?』
「うん。咲夜がこの身体を使っていた時、あたしはずっと視てた。身体の使い方。呪力の使い方。そして戦い方」
「暢気にお喋りですかっ!」
再び斬りかかってくる男。
それをやはり〈鳴神〉で受ける浅陽。
「ぐぬぬぬ」
鍔迫り合いになり、圧してくるものの〈鳴神〉を持つ左手は力強くびくともしない。
その左の前腕にぐるぐると纏わる紫色の帯のように細長い反物は、天女が身に纏う羽衣のように頭の後ろでふんわりと漂い、右腕には軽く絡まる程度で端はひらひらと舞っている。
「これが咲夜の覚醒装束?」
『どうだろうな。私は覚醒装束を纏うに至ったことはなかったからな』
「必要なかったってこと?」
『そういう局面に遭遇することはなかったからな』
「では八十年前は手を抜いていたと?!」
極めて平静を保ってきた男が、憤りを抑えた様子で問う。
『正式に継承していたわけではなかったが、手を抜いていたわけではない。貴様が卑劣な手口で私の〝力〟を削いだからであろう』
「そうだったわ、ねっっ!」
浅陽は鍔迫り合う〈鳴神〉に〈焔結〉を交え、を思い切り圧し返した。
「なっ───」
男は吹き飛ばされ、背中から柵に激突した。
「ぐはぁっ……!」
そして膝から崩れ落ちる。
「ば、馬鹿な……。この私が、仮面を着け、あの方から賜った漆黒の剣を携えた私が、圧されているだとっ……?!」
「悪いけど、あんた達にかける情けなんて、あたしにはないから」
跪く男の前に立ち、その眼前に〈焔結〉の切っ先を突きつける。
「貴女達ごときに……敗れるわけにはいかないのですよ!」
つづく




