第253話 再来する終末 その六
『あれは───!?』
浅陽の放った斬撃の衝撃波を掻き消したモノ。それは───、
「黒仮面……」
浅陽の知っているモノと意匠が異なるが、その雰囲気は紛れもなく例の黒仮面そのものだ。
『ようやく正体をあらわしたわね』
軍服の男は鼻でフッと笑うと、真っ黒な能面をそのまま顔に装着した。
周囲の妖気の密度が濃密になっていく。
「ああっ! 漲るぞ! 闇の〝力〟!」
男の身体からドス黒いオーラが湧きあがる。
「くくく、溜めに溜まった負の感情が、私に更なる〝力〟を与えてくれる!」
『溜めに溜まった……?』
「まさか───」
『咲夜?』
「さすがは水薙咲夜。気づきましたか」
仮面の下からくぐもっているものの、嬉々とした声がする。
『どういうこと?!』
「八十年前、私達の間には様々な感情が入り乱れていた。好意や羨望はともかく、蔑視や嫉妬、憎悪等の負の感情が複雑に絡み合っていた」
浅陽はキッと男を睨みつける。
「それを自らの〝力〟として取り込む為に、まさかお前は、私達の、霧ヶ浜の和を乱したというのかっ!」
「イヤですねぇ。貴女達だって精霊の〝力〟を借りることもあるでしょう? それと同じことですよ」
「貴様と一緒にするなぁっ!」
水面に立つ男に向かって駆け出そうとする咲夜。
『待って!』
「───っ?!」
桟橋から一歩踏み出そうとして留まる。
「何故止める?!」
『冷静になって。咲夜らしくもない』
「なに?」
『ここはヤツらの領域。咲夜ならひょっとしたら水面を駆けていくことくらい出来るのかもしれない。でも、何かあると思った方がいい。例えばアイツには普通の水面でも、あたし達にとっては底なしの沼かもしれない』
男はニヤニヤと彼女らの様子をうかがっている。
「くっ……」
歯噛みする浅陽。
「そちらから来ないのなら、こちらから……おっと」
「───っ」
不意に足元に冷たさを感じ取った。
『これは───』
桟橋の上にいた筈の浅陽はいつの間にか踝まで水に浸かっていた。
「桟橋が沈んだ?! いや、これは───」
水面が踝から脛の三分の一辺りまで上がってきている。
『海面が……上昇してる?!』
「それだけじゃない!」
浅陽が脚に力を込める。しかし、水に囚われて動けない。
『まさかホントに底なし沼じゃ……』
「さあ、私も確認したことはありませんので」
その間にも海面は上昇していく。
「是非貴方達の目で確認してきてください。……底があればの話ですが」
やがて膝まで浸かったところで、浅陽の目の前一メートルくらいの所に水柱が屹立した。
「なんだ?」
それは時計周りに次々と屹立していった。
その数全部で六つ。
そして最初の一つが、カウボーイが縄を投げる前に頭の上でぐるぐる回すモーションのように、水柱の上の方から渦を巻いていったかと思うと、浅陽の胴に絡みついた。
『これはまさか!?』
他の水柱もそれぞれ両腕、両肩、首に絡みつき彼女の動きを封じた。
「こなくそっ!」
浅陽は両手の刀を逆手に持ち替える。
「おおおおおおおおおおっ!!」
そして腕を封じられているにも拘らず、力づくで二振りを海面に突き刺した。
熱した金属を冷水に浸したようにジュウッと大きな音がし、水蒸気が立ち上る。
「ふふふ、無駄なことを」
男が言うと、浅陽の正面に新たな水柱が立つ。そこからカーテンを引いていくように彼女の周りを囲い、やがて水の壁が完成した。
「終わりです」
水の壁が浅陽に襲いかかる。
「くっ───」
身動き一つ取れないまま、浅陽は波に飲み込まれ、真っ黒な水面下へと沈んだ。
「呆気ないものです」
海の上に立つ男は波立つ水面を見下ろす。
まもなく水面は静けさを取り戻した。
「ぐ……ぅ……」
身動きが取れないまま、浅陽は水底に沈んでいく。
(ゆ、油断したか……)
『油断というよりも、この空間を利用されて厄介だというだけよ』
(そういうことも考慮した上でこうして向こうの策に嵌まったのだ。油断と言ってしまってもいい)
『ったく。頭が固いのか、強情なのか』
浅陽は嘆息する。
『それよりも、早いとこ脱出しようよ。息だってそう長くは止めてらんないんだし』
幼い頃からの鍛錬で、浅陽は常人よりも遙かに長い時間息を止めていることも可能だ。
(だが、こうも周りの水に絡め取られては身動きも取れん)
『……さっきのアレ』
(アレとはなんだ?)
『気づかなかったの? あんたが水面に刀を突き刺した時、水が蒸発したの』
(そう言えばしていたな。だが炎を司る〈焔結〉と〈鳴神〉の雷の〝力〟で発生する熱によるものではないのか?)
『たしかにそうかもしれない。でもひょっとしたら〈星刃〉としての〝力〟のおかげかもしれないじゃない』
(〈星刃〉としての……?)
『ここの水は確かに海水だけど、アイツらの領域にある海水。しかもあの男が操っているから……』
(なるほど。ヤツの影響下にあるということか。それなら───)
刀を握る両手に〝力〟を込める。しかし、
(ぐっ……?!)
『咲夜?』
(どうやら、ヤツらの領域というのは想像以上に厄介なようだな)
『何をいまさら?』
(呪力を思うように扱えなくなってきた)
『え?』
(元々お前の身体であって私の物ではないからな。呪力の循環不全とでも言おうか。その辺りで何やら影響を受けてしまっているらしい)
『……そっか。今まで長い時間咲夜に任せっきりってことなかったもんね』
これまで一瞬だけ交代したりだとかばかりだったのを思い出す。
(口惜しいが、後はお前に任せるしかないようだ)
『うん。わかった』
(〈鳴神〉の所有者権限を一時的にお前に委譲しよう。同時に〈焔結〉の所有者権限も返還する。だから後は……)
『なに言ってんの。あたしとあんたは一連託生なんだから、一緒に戦うのよ』
(一緒に……?)
『なに? 自分が身体を動かしてなきゃ戦ってるってことにならないわけ?』
(それは……)
『あんたの昔の仲間には戦いに向いてない人もいるんでしょ? だからあんたはその人の分まで背負って戦ってると思ったんだけど。違うの?』
(……いや、違わん)
咲夜は胸にストンと落ちる何かを感じた。
(どうやら私は因縁にこだわり過ぎて少し目の前が曇っていたようだ。お前に言われてそんなことに気づくとはな)
『それはなにより』
二人は不敵で、強気な笑みを浮かべる。
(では反撃と行こう)
『交代した瞬間に覚醒装束と一緒に〝力〟を解放するよ』
(口火はこちらから切るから合わせろ)
『……ちょっと待って。何か聞こえる』
海上から聞こえる声に二人は耳をそばだてた。
つづく




