第251話 再来する終末 その四
(〝応龍〟は一体何に驚いて───)
慧太郎は茉莉の方に顔を向けたままの状態で身動きが取れないことに気づく。
(これは───?)
身動きが取れないというよりも、畏れを抱いて身体が萎縮してしまっている。
まるで神でも目の当たりにしたかのように。
その茉莉の手が慧太郎の額に触れる。
『恐れることはありません』
(え───?)
それは大気を振動させて耳から入った音ではなく、頭の中で考えを巡らせている時のように、だけど自分の物ではない声が聞こえた。
『あなたの魂が私を畏れ今は身動きが取れない状態ですが……』
背中に置かれた手が慧太郎を軽く押す。
「……動く」
『ふふ……』
茉莉と目が合うと、彼女は少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「まつり……姉さん?」
『本来なら、あの名も無き龍は私が連れ帰るべきモノ』
「まつり姉さん? 何言って───」
そこでようやく慧太郎は気づく。
目の前にいるのは確かに彼の知る龍宮茉莉だが、その身体に何者かが憑依していることに。
(何モノだ……? 邪な気配は感じない。むしろ───)
慧太郎はその気配に覚えがある。
八十年前に何度か感じ取っていた、彼女であって彼女でない存在。
『ですが、あのままでは連れ帰ることは叶いません。まずは彼女を解放しなくては』
「彼女達じゃなくて?」
『あなたは彼女がただの二重人格者だと思っていませんか?』
「え……?」
キョトンとする慧太郎。
『……あれは八十年前のある晩のことです』
〝応龍〟がまだ動けないのを確認すると、〝茉莉〟は語りはじめた。
予感がした茉莉は真夜中にも拘らず境内まで出てきていた。
「涼ちゃん……」
天に昇って行くような流れ星を、彼女のこれからの道行きを祈りながら見上げていた。
そんな時だ。
不意に境内に淡い光が灯った。
「え……?」
辺りを見回すと、それはどうやら御神木のせいらしい。
「御神木が光って……」
薄っすらと白い光だが、夜のせいか淡い青に見える。
それは夜空に瞬く星の中でも少し薄暗いくらいの物と同じくらいの明るさだが、境内で小さな松明を焚いたくらいには明るい。
ふと、砂利を踏む音がした。
「っ?!」
振り向くとそこに凛が立っていた。
しかし、その髪は御神木の明かりに照らされて淡く輝いている。
「こんばんは」
「貴女はもしかして……」
茉莉は叢丞から凛の中に居るもう一人のことは以前から聞いていた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はレイン・アンネリーゼ・エーベルヴァイン。流浪の魔術師です。訳あって八澄家の地下で眠っておりました」
八澄家の地下。
そこがどういう場所であるかはもちろん茉莉は知っている。
「私は龍宮茉莉と申します。当神社の巫女を務めております」
まつりは敵意がまったく感じられないレインに向けてにっこりと微笑んで頭を下げた。
「先程、涼香さんが逝かれました」
「……そうですか。ではやはりあの流れ星は」
レインは頷き、事の次第を茉莉に告げた。
「ありがとうございます。でもわざわざそれを伝えに?」
「こちらに用事のついでに」
そう答えるとレインは淡い光を放つ御神木へと歩み寄る。
「やはり、ここが祖父の故郷なのですね」
「え?」
「祖父から聞いた事があります。祖父の故郷には古くから神樹があり、その根元には私の対存在である魔導具が埋められていると」
「レインさんと対になる存在? それは一体どういうことですか?」
「私は、正確に言えば人間ではありません」
「人間じゃ……ない?」
頷くレイン。
そしてその右手を胸の真ん中、心臓のある辺りに当てる。
「この子は産まれた時に既に心臓の病に冒されていて、命は風前の灯でした。ようやく産まれた赤ん坊を諦められなかった両親や祖父母がこの子の心臓の代わりにある魔導具を埋め込み、そしてこの子は改めてこの世に生を享うけたのです」
「もしかして……」
「そう。その魔導具〝蒼月石〟───〝アズライト・ルナ〟こそ私なのです」
御神木を見上げながらレインは続ける。
「〝蒼月石〟が司るのは月と夜、そして生命。本来なら自我を持つことのない〝蒼月石〟は〝レイン〟として目を覚まし、育てられました。この身体が持つべき人格を押しのけて」
「それじゃあ、凛ちゃんこそが本当のレインさんということになる……?」
「その通りです。〝彼女〟が真に生を享ける前に〝蒼月石〟が目覚めてしまったために、この子は母親の胎内にいた頃と変わらずに眠ったままでした。そしてこの地に辿り着き、〝応龍〟をこの身に封じることとなって、そちらへ魔力を回さなくてはならなくなりました。そうして〝蒼月石〟の支配権が弱まり、この子の意識が目覚め、叢丞殿によって〝蒼月石〟の封印が解かれた時に表側へ浮上しました」
「心臓の手術なんて今やっても難しい大手術と聞きますから、当時なんてもう……」
「そうですね。ですがこの子に流れる時間を極度に遅くして行われたようですので、大変は大変だったようですが失敗する恐れは極めて少なかったと言っていました」
「流れる時間を遅く? まさか、欧州には時を操る魔術師が───?」
「母方の祖母が〝デイブレイク〟という家の出身らしく、その家では時に関する魔術を代々受け継いでいたようなのです」
「でいぶれいく」
茉莉は鸚鵡返しにつぶやく。
「非常に稀な魔術で欧州でもあまり耳にすることはありません。時を操るなんて、神代に失われて久しい〝魔法〟に匹敵するでしょう。しかし中には時だけではなく、通常の魔術では干渉すら出来ないアストラル体に干渉出来る秘儀も存在すると聞いたことがあります」
魔術とは通常、実体のある存在にダメージを与える事が出来るだけでなく、霊的な存在にまで傷を負わせることが出来る。
だが高位の霊的存在の中には、本体は別次元に居ながら写し身のみを実体レベルで現世に存在させる事が出来るモノもいる。
「祖母は素養は高かったようなのですが、後継は他にいたそうで修業は通常の魔術の方を優先していたそうです。その祖母はその時に無理くりに〝力〟を使ったその反動で亡くなりました」
茉莉には複雑すぎるのか、彼女には珍しく呆気にとられていた。
「話が随分と逸れてしまいましたね」
そんな茉莉を見てレインは苦笑いを浮かべた。
「ともかく、こうして凛と〝蒼月石〟は祖父の故郷の土を踏むことが出来た。それを確認しにきたというわけです」
つづく




