第248話 再来する終末 その一
海神浦にある舞殿と陸地を繋ぐ唯一の道である桟橋。
その桟橋の丁度真ん中付近に、墨汁を落としたような黒いシミが浮かんだ。
シミは生きているかのようにみるみるうちに大きくなって、一メートル程になると波立って波紋が生じた。
そしてゆっくりと中心から盛り上がっていき、そこから軍服姿の人物が姿を現した。
「ふふふ……」
舞殿で舞う一つの影を見て、男は不敵な笑みを漏らす。
「護衛も付けずに一人で舞うとは浅はかですね」
桟橋の両脇に三メートルくらいの等間隔に篝火台が設置されており、陸地側の台から妖しい紫色の炎が灯っていく。
そしてその紫色の炎に照らされるようにして、空が次第に暗くなっていき、やがて暗闇に包まれた。
「こちらの思惑通り、夜の闇と勘違いしたか」
男は一歩踏み出す。
「軍配は我々に上がったようですね」
ほぼ同時刻。
「空が……?! まだ正午にもなってないぞ?!」
暗雲というよりも、空自体が夜のように暗くなっていく。
それに同調するように凛が苦しみだした。
「ぅ…………くっ……」
ふらふらしながら慧太郎から離れるように、二歩、三歩と後退る。
「凛───」
それだけではない。
飲み込まれてしまいそうな濃密な妖しい気配が、酸素の代わりと言わんばかりに漂ってきた。
「うっ……」
慧太郎は思わず手で口を塞ぐ。
それが意味を成すかは定かではないが。
そして脇に置いてあった日本刀を手に立ち上がる。しかし、
「ッ?!」
急激に身体から〝力〟が抜けていく感覚。
立ち上がることが出来ずに、そのまま地面に膝をついた。
『ククク……』
低い笑い声。
慧太郎はそれに覚えがある。
「〝応……龍〟……!」
『しつこく蘇りおったか。八澄の者め』
凛の周りに妖気が靄のように集まり、やがて彼女よりも一回り大きな龍の姿をとった。
『動けまい』
「な……に?」
『この空間は〝彼かのモノ〟達の空間。聞くところによると呪力や霊力を無限に奪い取るらしい』
〝彼のモノ〟というのが軍服の男を指すのは明白だろう。
「なん……だと?!」
『貴様らのように〝力〟を持つ者は多少は生き延びることが出来るが、〝力〟を持たぬ者は生命力を奪われる。それがどういう事かは貴様なら分かるであろう?』
慧太郎の頭に何人かの顔が浮かぶ。
前世では〝力〟を持っていたが今生では〝力〟を持たない織村由梨と緋野士郎。
そして前世でも今生でも〝力〟を持たない辻川麻衣。
「くっ───」
日本刀を杖代わりに三人の下へ向かおうする。しかし、
『行かせると思うか?』
〝応龍〟が回り込む。
凛の身体に纏わりついたままで。
『まあもっとも、とっくに息絶えているかもしれぬがな』
クククと勝ち誇った笑みを漏らす〝応龍〟。
「その心配はありませんよ」
聞こえた声に、慧太郎は耳を疑った。
「軍配は我々に上がったようですね」
軍服の男が舞っている人物の息の根を止めようと一歩踏み出す。
「果たしてそれはどうかな?」
背後からした声に戦慄する男。
「───護衛無しではなかったのか」
「いいや。護衛などおらんぞ」
「なに? ……まさか?!」
男は警戒しつつ肩越しに後ろの人物を見る。そしてそこには予想通りの赤髪の人物が。
「そう。私達は勘違いしたわけじゃあない。いや、はじめは確かに勘違いしていた」
男の額を冷や汗が滴る。
「お前は知らされていないのか?」
「知らされて……?」
「私らは少なくとも二回。お前らとコトを構えたことがあったということをな」
赤髪の人物───紫電と炎の刃を携えた水薙浅陽の姿をした人物の眼光が男を貫いた。
つづく




