第213話 八の希望
「それじゃあ、失礼しました」
予鈴が鳴り、少女は上級生の教室を後にする。
その背中は肩透かしをくらって少し寂しそうに、彼女と話していた上級生───辻川麻衣にはそう見えた。
「そんなに慧ちゃんに会いたかったのかな」
微笑ましく見送っていたその時───、
「え?」
織村由梨の背中が赤い髪の少女と重なった。
「水薙のお嬢様……?」
袖で目を擦るが、赤い髪の少女の姿はなかった。
そして角を曲がったところまで見送ると、入れ替わるように担任の姿が見えた。
「先生来ちゃった」
麻衣は慌てて席に戻る。
やがて担任が入ってきて朝のSHRが始まった。
(恭ちゃんと慧ちゃんが揃って遅刻なんて……)
そう思ったそばで、二人が今日休みであることが担任の口から告げられた。
「ふと思ったんですけど」
浅陽が口を開いた。
「もしかして風花の護衛を任されたのって、今回の件を見越してのこと……だったりします?」
「さすが水薙家の次期ご当主。察しがいいですね。その通りです」
茉莉の表情が引き締まる。
「木ノ花家に彼女が産まれた時に、涼ちゃん……八澄涼香の魂であることが確認出来ました。さすがにいつそれを彼女が自覚したのかまでは分かりませんが」
「他の人は分からなかったんですか?」
「転生を確認出来たのは彼女とその兄である八澄叢丞だけです」
『今生の名前は何と言ったか……?』
「薄雲慧太郎君です」
茉莉は彼が眠っている母屋の方を一瞥だけして、二人の方を向いた。
「あの兄妹が揃って同じ時代に生まれた事で、再び事態が動くような気がしました。何より、星明の占いでその予兆があったのです」
それがほぼ的中の域にあるということは浅陽にも理解出来た。
『そもそも八十年前の出来事は、あの場にいた者達の想い(念い)が交錯した、まるで複雑に絡み合った糸のようなものだ』
「糸?」
『ああ。縁という名のな』
「縁……」
それは浅陽に彼女の事を思い起こさせた。
強い想いを胸に、幾多の並行世界を超えてやってきた運命の双子の事を。
「それは大元である一人の少年へと集約されています。いえ、引き寄せられていると言ってもいいでしょう」
「それが、八澄叢丞」
さすがの浅陽でも話の流れからそれが誰のことか分かった。
「そして彼を中心として幾人かの関係者が、輪廻転生という渦に巻き込まれたのだと思われます」
「つまり、転生した当時の人間がまだ他にも何人かいるってことですか?」
「その通りです」
茉莉は頷く。
「さすがに【異能研】とはまったく関係ない家に産まれてきていたら、私には調べようがありませんが」
『だが転生しているのは確かなのだろう?』
「はい。星明の占いでも出ていますから」
『そうなると真っ先に考えられるのはやはり咲乃だな』
「曾祖母も?」
『あいつも叢丞に惚れていたからな』
しれっと咲夜が言う。
「そうねぇ。当時叢くんに恋愛感情を抱いてなかったのなんて沙耶ちゃんくらいじゃないかしら」
「うわ、いるんですね。そんなマンガやゲームの主人公みたいな人」
それを聞いた茉莉はクスリと微笑んだ。
「叢くんは正にそんな子だったわね」
『そうだな。不思議な魅力を持った奴だった』
「咲夜ちゃんなんか許婚だったものね」
『まあこんな身体になってしまっては許婚も何もないけどな』
「……ああ、そう言えばもう一人忘れていました」
たった今思い出したとばかりに、茉莉は胸の前でポンと手を打った。
「もう一人?」
「宗十郎ちゃん」
一瞬、浅陽は聞き間違いかと思った。
『まさかとは思ったが、あの御老体は本当にあの宗十郎だったか』
龍神祭の翌日開かれた会合で見た老人を咲夜は思い出した。
その時彼は茉莉に名を呼ばれていたのだが、咲夜は半信半疑だったようだ。
「た、たしかに話の中に『谷曇宗十郎』は出てきましたけど、本当にご本人なんですか?」
してやったりといった風に茉莉はにやりとした。
「谷曇家現当主、谷曇宗十郎ちゃん。御歳八十九にして未だ現役。彼の成長を見てきた私が言うのだから間違いはありません」
『これで七人か。あと何人巻き込まれたのがいるのやら』
「捜すのは難しいことではないかもしれません」
茉莉は断定するかのように言った。
「もしかして星明さんにお願いしてるんですか?」
「彼女が言うには転生しているのは、〝心の澄んだ兄妹〟、〝双子の妹〟、〝双子の姉の従者〟」
「〝心の澄んだ兄妹〟っていうのは、あそこにいる二人のことですね」
浅陽は母屋の方を指さした。
『〝双子の妹〟は咲乃だな。それに〝双子の姉〟というのは私だろうから、その従者というのは沙耶しか思い当たらんな』
「そして、〝本家の九男〟」
「〝本家〟……?」
『なるほど。あの男も生まれ変わっているのか』
「あの男ってもしかして……」
『谷曇清九郎。奴も一連の出来事の重要人物のようだな』
「あれ? でもこの前たしか、〝八つの光〟がどうとか仰ってませんでした?」
「星明が占いで視たという〝八つの希望の光〟のことですね」
『私達を含めて全部で九人。そのうち八人が希望だとすると』
「まさか最後の一人は……」
浅陽が茉莉を見ると、同意するように彼女は頷いた。
つづく




