第212話 寄せては返す誰かの想い
織村由梨はこのところ、情緒不安定な状態にあった。
原因の予想はついている。
恐らくは毎晩見る夢のせいだと、彼女は気づいていた。
(今日で何日連続だっけ……?)
彼女が毎晩見る夢は、まるで実体験であるかのようにリアルなものだった。
時に意味の分からない言動を発したり、登場人物と同調しそうな程に感情移入したりと、夢と現実がごっちゃになってしまう事も少なくなかった。
(着物も着たことなんてないし、あんな大きなお屋敷なんて知らないはずなのに……)
何故か夢だと断言し切れずにいる。
(……誰かの記憶?)
ふとそんな可能性が頭を過ぎった。
(でもそんなことあるのかな……)
織村由梨は【顕現者】でもなければ【念晶者】でもない、極めて普通の一般人だ。
自分自身にそのような不思議な現象が起きるはずがないと由梨は思っている。
「ん……?」
そんな彼女の前方を歩く一人の男子生徒がいた。
その後ろ姿を見た途端、由梨はまた胸がもやもやしてきた。
(緋野……士郎)
なんてことはないただのクラスメイト。
いや、ただのということはない。髪をブリーチして金色に染めていて、いわゆる不良のレッテルを張られている辺りはとくに。
つい最近までは〝クラスにそんな人が居る〟程度の認識だったが、三学期が始まったくらいから妙に目についた。
(……ああ、分かった。あいつを見るとイライラするんだ)
そう唐突に理解した。
(でもなんで? 緋野と絡む機会なんて一度もなかったし、それこそ話した事すらない筈なのに……)
そして思い当たる。
(まさか〝あの夢〟のせい? もしかして私、緋野に八つ当たりしてる?)
そう思うと少しだけ申し訳なくなってきた。
(……でもなんであいつ?)
その時、彼女の脳裏に最近見た夢の一部がフラッシュバックした。
軍人みたいな格好をした男が着物を着た少女に暴力を振るっている場面が。
「───ッ!?」
胸を抉られたような不快な感覚が織村由梨の全身を駆け巡る。
(だからっ! なんなのよ、これは……!)
叫び出したくなりそうな彼女の気持ちを嘲笑うかのように、再びフラッシュバックが彼女を襲った。
「え……?」
しかし彼女の脳裏に浮かんだ景色は、先程とは違っていた。
少女は先程と同じ人物のようだが、相手の方は涼やかな和装の少年で、優しい顔で少女の頭を撫でている。そんな場面だった。
不快な想いは幾分マシになったものの胸がモヤモヤした。
夢の中の少女が彼を見る度に胸を高鳴らせているので、それに引き摺られているのだと思った。
(彼女の想い人だよね、きっと。まあ、夢の中の話なんだけど……)
そこで不意に、薄雲慧太郎の顔が浮かんだ。
「はぁっ?!」
思わず叫んでしまい、咄嗟に両手で口を塞いだ。
辺りを見回すと登校中の他の生徒達が何事かと、不思議そうに彼女を見て、そして何もないと分かるとまた学園に向かって歩き出した。
(なんであの先輩の顔が浮かぶの?!)
どういうわけか、まだ心臓がバクバク言っている。
まるで夢の中の少女が、和装の彼を前にしている時のようだった。
(なにこれ? ホントわけわかんない!)
織村由梨は段々とイライラしてきた。
(もう! 一言くらい文句言ってやんないと気がすまない!)
などと理不尽なことを思いながら、学園へ向かう足を早めた。
「驚きましたか?」
龍宮茉莉は少し真剣な顔で浅陽に訊いた。
「……はい。正直に言って、驚いたとしか。だって〝応龍〟ですよ?」
『お前の言いたいことは分かる。私も偶然に偶然が重なって、奇跡を引き寄せたとしか思えないからな』
「最終的に四つに分かれた影が神獣となって、八十年前の災厄を引き起こしたってことですか……?」
「その通りです。北米地区に鳥の、英国を中心とした欧州地区に龍の、東アジア地区には虎の、そして南太平洋には亀の神獣が現れました」
その四体の神獣に浅陽は覚えがある。
「まさか、四神───!?」
茉莉が神妙な顔で頷く。
「当初、各国は対処で精一杯でしたが、同じ年の十二月に帝國海軍の真珠湾攻撃により、連合国側は大日本帝國の兵器だと判断したようです」
『実際、〝応龍〟を解き放ったのは陸軍に在籍していた者だったからな』
「はじめのうちは圧していたようですが、やがてそれぞれの地域の魔術師が神獣の撃退に成功したことで、帝國軍は敗走への道を辿っていきました。その結果、世界に呪術魔術が明らかになったのです。ですが……」
『ですが、なんだまつり姉?』
「おそらく、あの四神は本物ではないでしょう」
そう口にした龍宮茉莉の雰囲気に、浅陽はまったく知らない人が話しているような違和感を覚えた。
『本物ではない……?』
「それにレインが〝応龍〟と呼んだ〝アレ〟はたしかに龍属の末裔ではありますが、〝応龍〟と呼ぶにはまだまだ未熟な若い龍です」
『……?!』
「未熟な、ですか?」
「おそらく何者かに唆されて、擬似的に造られた四神の影のような何かを与えられて、〝応龍〟に限りなく近い〝力〟を手にしたのでしょう」
「なるほど」
彼女の説明でようやっと浅陽は、咲夜達が〝応龍〟と呼んでいるモノを撃退した事に納得出来た。しかし、
『まつり姉』
八十年前の当事者の一人である水薙咲夜は、納得がいかないような訝しむ様子の声で幼馴染みの名を呼んだ。
「なぁに?」
『……何故貴女がそんな事を知っている?』
ストレートな咲夜の問いかけに、茉莉は薄く笑みを浮かべた。
「咲夜ちゃんが〈焔結〉の中で眠っている間に、いろんな事が分かった。ただそれだけのことよ」
『………………』
咲夜は納得がいかないのか何も応えない。
「今はまだ、そういうことにしておいて」
茉莉は咲夜に向けてウインクする。
だがやはり疑問の解消に至らない咲夜は茉莉をじっと、睨みつけているような、しかし何かを見定めようとしているような視線を放っている。
その場に居づらい状態の続く浅陽だが、十秒ほどすると不意に場の空気が弛緩した。
『……はぁ』
咲夜は根負けしたような溜め息を吐いた。そして、
『今に始まったことじゃないからな……』
何かを諦めたようだった。
「え?」
『まつり姉は昔から我が道を行く人だったんだ』
「はぁ」
浅陽が見ると、茉莉ははにかんだような笑みを浮かべている。
『例えば、何か面白い事を思いついたらそれをやらずにはいられない。私達はいつもそれに巻き込まれていた』
「巻き込まれたとか酷くない?」
茉莉が見た目相応に頰を膨らませて反論する。
『ですが、今回もそういうことでいいのでしょう?』
茉莉は一瞬キョトンとしたような顔をしたが、すぐにまた笑みを浮かべ、
「ありがとう」
そう礼を述べた。
つづく




