第205話 何モノにも代え難く⑦
「にいさま、にいさま……」
「どうしたの、すずか?」
幼い頃の涼香がにこにこしながら、幼い頃の叢丞を呼ぶ。
その涼香の隣には幼い頃の咲夜がいた。
「さくや? どうしたの二人してにこにこして……」
そう言いかけていた叢殿の目が驚きで見開かれた。
「え…? え?」
咲夜の後ろからもう一人咲夜が現れたのだ。その場面は事情を知らない人から見ると、忍者の使う分身の術のように見えただろう。
しかし後ろから現れた咲夜は前に立っている咲夜より元気が無くおどおどしていた。
「ふたごの妹のさくのだよ」
咲夜がしてやったりといった笑顔で言った。
(そう。あれは私)
叢丞の記憶と同調しながら咲乃は当時のことを思い出していた。
「ふたご……?」
幼い叢丞は先ほどから驚きでぽかんとしていた。
「ほら、さくの。この子がすずかちゃんのお兄ちゃんのそうすけだよ」
「……うん。知ってるよ」
消え入りそうな声で言った。
「……すずかちゃんからいつも聞いてるから」
幼い咲乃は俯いてしまった。
「すごいそっくりだ……」
叢丞はただただ驚いていた。
「うふふ」
満足したように涼香が微笑む。
「すずか……?」
「すずかちゃんのよそうした通りだね」
咲夜が何か負けたような顔をして言った。何か涼香と勝負していたのだろうかと
「にいさまのことならわからないことないもの」
涼香は自慢げに言った。
「くすっ」
「さくの……?」
幼い咲乃が見せた笑顔はやっぱり咲夜とそっくりだったけど、どこか少し違う、儚さみたいなものがあった。そしてその日から四人で遊ぶことが多くなった。
(私が叢丞殿に初めて会った時の……。懐かしいわ)
そこで場面が暗転した。
「ぐすっ……」
涼香が泣いている。彼女の父が亡くなった後数日、涼香は毎日のように泣いていた。
(涼香……)
その涼香の横で叢丞と咲夜が言い争いをしていた。
しかし突然、涼香は笑い出した。
「……くすっ」
そして言い争いをしていた二人を見て、それが馬鹿らしかったのか。
「ありがとう、兄さま。ありがとう、さくやちゃん」
「「え……?」」
二人の声が重なった。
「すずかはもうだいじょうぶです」
「「でも……」」
また声が重なった。この頃から二人の息は合っていたようだった。
「やさしい兄さまと、さくやちゃんがいるんだもの。それにいつまでも泣いていたら父さまが安心して眠れないもの」
思えばこの頃から涼香はしっかりし始めたのかもしれないと咲乃は懐かしむ。
「……そうだね、僕たちがすずかを守るから」
「ああ、〝俺〟たちがずっとそばにいるから」
「うん」
「私も……」
涼香の着物の裾を小さな手が掴む。
「ん……?」
「私もいるから」
「さくの」
「さくのちゃん、ありがとう。ねえ、にいさま」
「なんだい、すずか?」
「たとえもう父様に会えなくても、すずかにはこんなに思ってくれる方が三人もいてくれる。ちょっと寂しいですけど、すずかは幸せ者です」
「すずか」
(そういえば、この時は二人の言い争いが怖くて離れていたんでした)
数々の懐かしい思い出に自然と笑みが零れる。
(さて、そろそろのはずですが……)
そうしてまた場面が変わる。
「緊張する……せん。いつも……を落ち着……れば、貴方なら……す」
(これは……)
様子からして何等かの儀式のように見える。しかし霞みがかっていてよく見えないし、声も途切れ途切れだ。
「ぐあぁぁぁぁぁっ………!!」
突如聞こえた苦しげな叫びに咲乃は驚いた。
(いったい何が行われていたの?)
やがて叢丞の叫びも少し収まり、何かに抗うように力が高まり始めた。そして、
「……だめぇっ!!」
涼香の悲痛な叫びが聴こえた直後、突如落雷のような轟音が響く。
「ッ!?」
そしてプツンッと張り詰めた糸が切れたような音が聞こえ、場面は暗転した。
(どうやらここまでみたいですね……)
水底から浮かび上がっていくように、咲乃の意識が浮遊するような感覚に包まれる。
三年前。
叢丞と涼香の身に何かが起きたのは確かだった。
咲夜はその場でそれを目撃していたが、咲乃はその場に居なかった。
咲夜も誰も、その話を外に漏らす事は無かった。双子の妹である咲乃にさえも。
だが、咲乃はその後の涼香の変化を一目見て分かった。
一方、叢丞は涼香の変化にも気づいた様子も無い。
そんな彼を見て、咲乃は絶望した。
妹想いの彼が、妹を傷つけただけでなく、そのことに気づきもしないでと。
自分の目で見て、信じてきた八澄叢丞という人間を裏切らないで、と。
勿論それは彼女の勝手な思い込みであることに彼女自身も気づいている。
そんな咲乃に涼香は、兄は悪くないのだから責めないでと言った。〝力〟を失って消沈しているからと。
兄が兄なら妹も大概だなと咲乃は呆れた。
でも涼香は、引っ込み思案だった自分の手を取り、いろんな楽しい時を一緒に過ごした最高の友達だと思っている。
だから咲乃は、薄情者の彼女の兄に代わって彼女を守ろうと誓った。
それが咲乃が彼女にしてあげられる最後の誓いかもしれなかったから───。
「咲乃?」
叢丞は腕の中の咲乃を見る。
「……すみません。失敗してしまったようです」
失敗というよりも、それを隠そうとする何かに阻まれたと言った方が近いと咲乃は感じていた。。
「そうか。僕も何か少し思い出せた気もするんだけど……」
頭が痛むのか、叢丞はこめかみの辺りを軽く押さえている。
「霞みがかっててはっきりしないんだ」
「すみません。思い出させてみせるといったのに」
「いいよ。少し取っ掛かりみたいのが見えたきがしたし。それに……」
「それに?」
「昔の咲乃を見れてよかったかな」
「え?」
咲乃は顔を真っ赤にすると俯いてしまった。
「えっと、あの……」
咲乃が何かを切り出そうとしたその時、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「そーすけ、みつけた」
「兄様っ!? 何をなさっているのですか?!」
「咲乃! 抜け駆けは良くないんじゃないか?」
三人が駆け寄ってくる。
「ぬ、抜け駆けっ?! そそそ、そういうわけじゃないんです!」
さささっと叢丞との距離を取る咲乃。
「まさか、咲乃ちゃんまで……」
「ちょっ、涼香! 違うの!」
「たとえ咲乃でも叢丞は譲れんぞ」
「だ~か~ら~!」
「ぷっ」
思わず笑いがこみ上げてきたのか、叢丞が噴き出した。
「ちょっと、今笑いましたね?」
「ああ、ごめん。何だか昔みたいで嬉しくてさ」
「~っ……////」
咲乃は耳まで真っ赤になってしまった。
「笑っている場合ではないぞ、叢丞」
「え?」
「本当ですわ、兄様」
「ちょっと、涼香まで……」
二人が叢丞に詰め寄る。
「そーすけ」
凛も二人に負けじと叢丞に詰め寄る。
「みんな、顔が怖いよ?」
「自業自得です」
いい気味ですとでも言いたげに、咲乃は意地の悪い笑みを浮かべる。
「ちょっと、咲乃」
その咲乃に叢丞は助けを求めようとした。
だが咲乃は舌を出してあっかんべーをしてそれを拒否した。その顔は心なしか楽しそうに叢丞には見えた。
やがて叢丞は屋敷の外壁に追い詰められた。しかしそんな状況になっているにも拘らず叢丞は笑っていた。
昔のようにみんなでわいわい遊んでいた頃が思い出されて。
そこに一人加わってあの頃よりさらに騒がしいけど、こんな日々がずっと続いていけばなと、彼はこの時そう楽観的に思っていた。
つづく




