第202話 何モノにも代え難く④
それからまた幾日か経ったある日、剣術の稽古の後に咲夜と二人で道場に居残っていた。
「〝力〟が戻ってきてどらくらいになる、叢丞?」
「そうだねぇ」
叢丞は腕を組んでここ最近の事に思いを巡らす。
叢丞の〝力〟が戻ったのは、彼自身自覚はサッパリだが凛と出会った日である。
それ以外で目安となる出来事で思い当たるのが満月の晩の事件だろう。
そこから出会った日まで逆算していくと満月の晩からおよそ一週間くらい前になる。
そして叢丞は昨晩の月相が下弦を数日過ぎたくらいだったのを思い出す。
「だいたい半月くらいになるかな」
「どうだ? そろそろ〝力〟の使い方を思い出してきたか?」
「なんとなくだけどね。でも昔みたいに上手くいかないな」
「そうか」
咲夜にはその理由がなんとなく分かっていた。だが口で教えたところでそれが解決するモノではないことを彼女は理解していた。
「なら、新しく身につけるか」
そう言うと咲夜は立ち上がり道場から出ていった。と思いきやすぐ戻ってきた。その手には木刀を携えたいた。
「ほれ」
咲夜はその木刀を無造作に叢丞に向かって投げた。
「おっと」
叢丞はそれを両手で受け止めた。
「今日の稽古は終わりじゃないのかい?」
「剣術のはな」
木刀を渡しておいて剣術の稽古はしないという咲夜に叢丞は首を傾げる。
「そいつを構えてみろ」
「剣術の稽古じゃないのに?」
「そうだ」
疑問に思う叢丞。だが咲夜はいつになく真剣な表情だった。
仕方ないなと叢丞は立ち上がり、受け取った木刀を正眼に構えた。
「そのまま木刀に〝力〟を集中させろ」
「木刀に?」
「いいから」
訝しむ叢丞に咲夜がとにかくやってみろと促す。叢丞は渋々といった風に言われた通りにしてみる。すると、木刀が淡く光を放ちはじめた。
「これは……!?」
「この木刀は【龍宮神社】の御神木の枝で作られている」
「御神木の?」
「ああ。普通は樫や黒檀等硬い物が使われるそうだ。それらに比べてあの樹はそれほど硬くないから本来は木刀には向かない。しかし、おもしろい特性があってな」
「それがこの輝き……え?」
突如叢丞の持つ木刀に亀裂が入り、柄の部分を残し爆散した。
「集中出来てない証拠だな」
「ちょっ?! ど、どういうこと」
「御神木には呪力等の霊的な〝力〟を込めると活性化する性質があるんだ。それを利用して水薙家では昔から呪力の制御を学ぶのに使っている」
「つまりこの砕けてしまったということは、咲夜の言った通り僕の〝力〟が上手く制御出来ていないということなんだね」
叢丞はその手に残った木刀だった物を見つめた。
「そういうことだ。それに御神木を使っていれば何でも良いという訳ではない。〝力〟の制御を学ぶ人物がより集中しやすい物の方が効率がいい」
「咲夜の下で剣術を学んでいる僕には木刀が最適だと」
「その通りだ。さあ、木刀はまだまだある。今日は倒れるまでやってもらうぞ」
そして咲夜の宣言通り、叢丞が〝力〟を使い果たして気を失うまで本当に続けられた。
泥に沈んだような意識の中、叢丞の耳に声が届く。それは次第にハッキリとしてきて、そして……、
「咲夜ちゃん、ずるいです」
「どうした、涼香?」
それは叢丞にとって身近な人達の声だった。
「譲っていただけませんか?」
「何をだ?」
「……相変わらず意地が悪いのですね」
「お前も相変わらず頑固だな」
咲夜と涼香が何かを巡って言い争っているように聞こえる。
「……〝それ〟を譲っていただけませんか」
「お前は〝これ〟をそんなに……」
「人を〝それ〟とか〝これ〟とか言うのはどうかと思うんだけど……?」
思わず叢丞は口に出してしまっていた。
「えっ……?」
「おっ、目が覚めたか」
そこで叢丞はようやく寝かされていることに気づいた。そして本当に気を失うまでやったのだと我ながらにして呆れていた。
「ん……?」
後頭部に伝わる枕とは異なる柔らかい感触から、叢丞は咲夜に膝枕されているのだと気づいた。〝それ〟だの〝これ〟だのは膝枕のことだったらしい。
しかも起き上がれないどころか目隠しまでされている。咲夜が頭を押さえつけているということまでは叢丞にも分かる。
「さ、咲夜ちゃん……?」
「ちょっと咲夜?」
「何だ、叢丞?」
「起き上がれないんだけど……?」
だけどその理由までは推し量れないでいた。
「なんだ、まだ起き上がれないのか」
「は……?」
「そうかそうか、叢丞はそんなに俺の膝枕が気に入ったか」
「咲夜?」
咲夜からいつもと異なる雰囲気が感じられた。
「うぅ……」
「え?」
小さな驚きの声とともに押さえつける咲夜の手が緩んだ。
「涼香っ?!」
涼香が泣いている。
そんな気がしたから、叢丞は手の緩んだ隙に起き上がった。
「あ」
しまったと言った感じの咲夜の声。
それは押さえつける手を緩めたからなのか、涼香を泣かせてしまったからなのかは分からない。
「兄様……」
涼香が目に涙を溜めながら叢丞を見る。
「兄様は咲夜ちゃんの膝枕の方がお好きなんですか?」
「は……?」
どうやら咲夜の言ったことを真に受けているらしい。
「いやいや、今のはどう見ても無理矢理咲夜が押さえつけていたじゃないか」
「兄様ならそれくらい跳ね除けようと思えばいつでも跳ね除けられた筈です」
「あのね涼香。いつも言っているけど、咲夜の戯言をいちいち真に受けていちゃダメだよ」
「でも……」
なかなか納得してくれない。
「涼香、お前は自分をこんな男みたいな奴と比べるのか?」
時に幼馴染として、時に剣術の師匠として咲夜と接してきた叢丞。
そこには男とか女とかを超えた絆が既にあった。だがそういう事に気づく程彼等は成熟はしていない。そういう年頃なのだ。
念のため言っておくが、一応叢丞は咲夜の事を異性として見ている。近頃そこはかとなく感じられる色気の様なモノにドギマギすることも少なくない。
反面、女とは分かっているものの、男友達と接しているような気軽さも叢丞の中にあった。
そして今は涼香に泣き止んでもらうのが最優先。
後のことはその時考えようと叢丞は、覚悟を決めてそう口にしたのだが、
───ぞくり。
背後から凄まじい殺気が押し寄せる。
(……きた)
同時に立ち上がる気配を感じた。
叢丞は恐る恐る後ろに立つ咲夜の顔を覗き込む。
「え……?」
叢丞が振り返ると同時に咲夜は何も言わずに走り去っていった。
だが、一瞬ではあるが彼女が涙を流しているのを叢丞は見た。
(咲夜が……泣いてた……?)
「……兄様」
「は、はいっ?!」
先ほどとは打って変わって、少しだけ怒気を含んだ〝兄様〟という呼び方。
叢丞は思わず姿勢を正していた。
「今すぐ咲夜ちゃんを追いかけてください」
「え?」
涼香の態度が突然反転して戸惑う叢丞。
「早くっ!」
「はいっ」
咲夜を追い掛けて走り去る叢丞の背中を見守る涼香。
「そうです。早く咲夜ちゃんの所へ行ってあげてください。いつまでも私のお守りをする必要は無いのですから」
涼香の大きく綺麗な瞳から涙が溢れる。
「早く妹離れをしてくださいませ。私はもう……」
つづく




