第201話 何モノにも代え難く③
「涼香」
「なんですか、咲夜ちゃん」
「……凛に神社を案内してやってくれないか?」
唐突な頼みに涼香は少し戸惑っている様子だった。それもその筈、涼香にものを頼むこと自体、咲夜にしては珍しいことであった。
そう思い叢丞が咲夜を見るとちょうど目が合った。
「………」
(……やっぱり、そういうことか)
叢丞にはその意図がなんとなく理解出来た。
「それは構いませんが……」
涼香も僕を見た。
「僕からもお願いしていいかな……?」
できるだけ涼香には聞かせたくない話をしたいのだろう。
「に、兄様がそういうなら…」
少しだけ頬を染めて俯いた。
「凛もそれでいい?」
「そーすけはこないのか?」
「僕はちょうどいい機会だから〝力〟の使い方でも二人に教わろうかと思ってね」
些細な嘘ではあるが、涼香に対して嘘を吐いた事に叢丞は少なからず罪悪感を抱いていた。
「そうですか。では涼香たちはお邪魔ですね」
「ごめんな」
チクリと叢丞の胸が痛む。
「いいえ。行きましょう、凛さん」
「……わかった」
凛は渋々ながら涼香について部屋を出て行った。
「これでいいかい?」
「上出来だ。さて……」
咲夜は姿勢を正し、叢丞と茉莉に向き直った。
「突然だが、気づいたか叢丞?」
確かに突然だが、気づいたという問いかけに思い当たる節が叢丞にはあった。
「もしかして僕達を見る霧ヶ浜の人達の視線?」
「ああ。まるで罪人でも見るかのような、な」
「そうなの?」
話を飲み込めていない茉莉が訊いた。
「うん。ここに来るまでに感じたよ。あれはいったい……?」
「今、霧ヶ浜ではある噂話が浮上している」
「噂?」
「ああ。叢丞が化け物を連れ立っているだの、匿っているだの……」
「化け物? まさか……!」
「沙耶から聞いたんだ」
「沙耶から?」
「ああ。ここらの人はおろか、うちの使用人までその話で持ちきりらしい」
「……まさか!」
叢丞は満月の晩の事を思い出した。
「ああ、やはりあの時何者かに見られていたようだな」
重い沈黙が流れる。
「あの……」
茉莉が口を開いた。
「どうしたの?」
「化け物とか、あの時とかよくわからないんだけど……」
「え? 咲夜から聞いてるんじゃないの?」
「ううん。『龍神祭』の打ち合わせの後に話がしたいから叢くんを呼んでおいてって言われたくらいよ」
「咲夜?」
咲夜を見ると頭を掻く仕草をしている。
「……すまない、まつり姉」
忘れていたことは認めないようだ。
「別にいいのよ。要するに私なんかの力でも必要になるような事態に陥っているってことでいいのかな?」
龍宮の巫女には代々特殊な力が備わっている。
叢丞は実際に見たことは無かったが、それは咲夜の退魔の力に酷似しているとだけは聞いていた。
しかし咲夜のように直接闘ったりするのではなく清め祓うといった方面の力なのだということも。
「力を貸してくれるの?」
「他でもない二人の頼みなら、お姉さんの力でいいのならいくらでも貸したあげるわよ」
「まつり姉」
「ありがとう、まつり姉さん」
叢丞は一週間前の満月の晩に起きた出来事について話した。
「なるほどね。二人はそんな凛ちゃんを助けたいのね?」
「うん。言ってみれば、彼女は霧ヶ浜の救世主でもある。それが今みたいに歪められた視線で見られるのが可哀相だ」
「たとえ本人がそう思っていなくても?」
「そうだとしても、例え僕達のやろうとしていることが余計なお世話でも僕は彼女を救いたい。彼女に変な目で見られる云われは無いのだから」
「……叢くんらしいわね。でも」
そこで茉莉はにっこり微笑んで咲夜を見た。
「え……?」
「本当、叢くんってそういうことを言うときはかっこいいわよね? ねぇ、さくやちゃん?」
「え? あ、ああ。そうですね」
言い淀む咲夜を叢丞が見ると、彼女はぷいとそっぽを向いてしまった。
「……?」
「そもそもなんで皆そんな風になっちゃってるの?」
「一週間前の満月の晩に一部始終を見てたであろう輩がある事ない事噂して回ってる、なんていうのは少しばかり単純かもしれないな」
「田舎だし一日二日で噂なんてあっと言う間に拡まるわ。でも叢くんやさくやちゃんをよく知ってる人達までもその噂を信じきってるっていうのはちょっと信じ難いわね」
叢丞はそれほど自覚しているわけではないが、〝力〟が無くとも旧家である八澄家の嫡男であることには変わりはない。
咲夜にしても御三家の一つ、水薙家の次期当主候補である。
霧ヶ浜に住む人間で二人の事を知らない者は居ないと言っても過言ではない。
「しかしその前提としては余程信頼されていなければならない。当然当て嵌まる人物は限られてくるが、俺の追跡を逃れ、叢丞を陥れようと画策する者を条件とするならば皆無だな」
哀しい事に叢丞は自分を貶めようとする人物に何人か覚えがあった。そしてそこに信頼出来るという条件が加わると一人に絞ることが出来る。
だが叢丞は悪い冗談だとその可能性を否定する。信頼出来る人物というだけあって、叢丞もその人物を疑いたくなかったからだ。
「……そういえば」
「どうした叢丞? 何か心当たりでもあるのか?」
「今思い出したけど、あの晩、僕は〝応龍〟と思しき声を聞いたんだ」
「なんだって?!」
咲夜は腰を浮かせて叢丞の方に身を乗り出した。
「僕が〝応龍〟の作り出した竜巻に切り裂かれた時に、その気流に乗って僕の血が舞い上がっていったんだ。そして『呪われよ』って声がした」
浮かせた腰を下ろし腕組みした咲夜は剣呑な表情をしていた。
「なるほどな。その叢丞の血で以って何らかの〝呪い〟を振りまいたと、叢丞は考えるわけだな?」
「多分だけどね」
「おそらくだけど、叢くんの血で〝呪い〟を振り撒いたから、叢くんの悪い噂が拡まったんじゃないかしら」
「俺達を目撃した何者かが噂を拡めたというよりは理屈も筋も通るな。どちらにしろ汚名を雪ぐにはやはり……」
「〝応龍〟をどうにかしないといけないってことだよね」
咲夜がそれに頷く。
「幸い次の満月までは三週間程ある。それまでに対策を立てるとしよう」
「私の力が必要になるのは〝その時〟になりそうね。お姉さん頑張っちゃうわよ」
「ありがとう、まつり姉さん。……と、そうだまつり姉さんに謝らなきゃならない事があった」
「私に謝らなきゃならない事?」
茉莉が首を傾げて。
「この前貰ったあのお守りなんだけど……」
「無くした?」
そう言う茉莉の顔は笑っていたが、醸し出す雰囲気は咲夜すらも戦慄させた。
「まさか。実は……」
あの晩、凛の発した妖気があの実に吸われていったこと、そしてあのお守りを凛にあげてしまったことを話した。
「いいわよ。叢くんがそうしたいと思ったのなら」
「ありがとう。まつり姉さんならそう言ってくれると思った」
「あれは昔から旅行や進軍のお守りとしても重宝されていたの。不吉な気や負の念を寄せ付けないお守りとしてね」
「負の念って……」
叢丞はそれに近いモノに覚えがあった。
「そうだ。妖魔達の源のようなモノだ」
「じゃあ僕達の夜の妖魔退治やってることは決して無駄じゃないんだね」
「そういうことだ」
縁側からいい具合に傾き始めた陽射しが射し込む。
「綺麗な夕陽だね」
叢丞は濡れ縁に座り西の空を眺めた。
「そーすけ、はなしおわったか?」
声のした方を向くと、ちょうど涼香と凛が戻ってきたところだった。
「うん。今ちょうど終わったところだよ。楽しかったかい?」
「きがおおきくて、したにいたらきもちよかった」
大きい樹でその下が心地いいというならそれは御神木以外に叢丞には思い当たらなかった。
「そうか、よかったね。涼香もお疲れ様」
「いえ、歩いていただけですから」
「それでもだよ、すまないね」
「兄様……////」
涼香は叢丞の隣に座り寄り添った。というよりむしろ寄りかかっていた。
「涼香?」
「少し……疲れてしまいました」
「しょうがないな。帰りは負ぶってってあげるから」
「い、いえ。少し休ませていただければ大丈夫です」
「そう? まつり姉さん、悪いけど……」
「いいわよ。いくらでも居てくれても」
「いくらも居ないよ。でもありがとう」
「兄様のにおいがする」
「僕のにおいって……」
「……リンもする」
そう言って逆側に座り、凛も叢丞の肩にもたれかかる。
「もてもてだな」
咲夜がそれを冷やかす。
「妬いてるの?」
「ばっ、馬鹿を言うな」
「うふふ……」
そんな叢丞達を見て茉莉が優しく微笑んでいた。
つづく




