第198話 海からの使者⑥
「ぐッ!」
腕が切り刻まれ、竜巻に乗って叢丞の血が舞う。
「ああっ!」
凛がまるで自分が切り刻まれたかのような顔をする。
その時───、
『クカカッ……! 呪われよ!』
(……え?)
再び聞こえた呪詛の声。
それは先ほど聞いた〝応龍〟と思しき存在の声。
しかし奴が何を企んでいようとも、今の叢丞には関係なかった。
今の叢丞には純粋無垢な魂を傷つけてしまったことへの後悔でいっぱいだったから。
彼女を取り巻く風はなおも叢丞を切り刻み続ける。それでも叢丞は手を伸ばし続け、ようやっと叢丞の手が凛の頭に届いた。
「あっ……」
凛の瞳からまた涙があふれ出てきた。
そして叢丞自身も竜巻の中に入り、凛を優しく抱きしめた。
「ごめんよ、凛」
「え……?」
「僕は、君を守るって約束したのに……。君を傷つけてしまった」
「そー……すけ」
「ごめん……。凛のことわかっていたつもりなのに……。レインからいろいろ聞いていたのに……」
「リンは……そーすけのそばにいてもいいの……?」
凛は不安そうに叢丞を見上げている。
「ああ、当たり前だろ」
レインとの約束があったからというわけではなく、叢丞はただ心から、何も知らない無垢なこの子を守ってあげたかった。
「うぅ……ぁぁぁっ…………!」
まもなくして凛は泣き止んだ。
それとともに竜巻も跡形も無く消えた。
「よかっ……た」
「凛……」
「そーすけに、きらわれたとおもったら、すごくかなしくなった……」
叢丞はまた胸がズキリと痛んだ。
「ごめん……。僕は取り返しのつかないことをしてしまった……」
「だいじょぶ、しかたない。レインもそう言ってる」
「レインと話せるの……?」
「ううん。かんじる」
「感じるのか」
「でも、よかった」
「え……?」
一瞬だけ凛の言葉に耳を疑った。
「そーすけ、もどってきてくれた」
「……ああ」
「そしたら、うれしいのになみだでた」
「そっか……」
「うんっ!」
そう答えて泣きながら見せてくれた笑顔は、悲しみと喜びがない交ぜになったようなものだったけど、叢丞にはとても綺麗に思えた。
その時不意に辺りが闇に包まれる。
「雲が……」
何処からともなく雲が現れて、満月を隠してしまった。月が隠れてしまったからか、凛の姿が元に戻っていく。
「あくまで満月の灯りを浴びてると、〝応龍〟の力が強くなるのか……?」
「よくわからない」
叢丞はそれだけでは説明がつかない気がした。
確かに大きな要因の一つには違いないが、〝応龍〟程の強大な妖気の持ち主が満月の光だけで抑えられるだろうかと。
考えられる要因としては、凛自身の感情。
それは〝応龍〟の『……お前か、こやつの意識を強くさせておるのは?』という言葉からも推測出来た。
(ん?)
叢丞はあからさまに奇妙な妖気の流れを微かにだけど感じる。凛から発せられている妖気を叢丞は辿る。
「僕……?」
正確には懐に入れたままになっていたある物を取り出した。
「これは……、まつり姉さんにもらった御守り」
御神木の実の入った御守り。
何の木かわからないけどとても大きく、実が落ちても形を崩さずにいたものは珍しく、ご利益があるとして重宝されている。
その実へと妖気が流れ込んでいるように思える。
「凛、これ」
叢丞はそのお守りを凛に手渡した。
「……これなに?」
御守りを手にして不思議そうに眺める。
「御守りだよ。どうやら凛の悪い力を抑えてくれるみたいだ」
「……いいの?」
「うん。凛が持っている方がいいみたいだし」
「……ありがと」
そう言って凛は、胸元へ抱え込むようにして御守りをぎゅっと握り締めた。と思ったら、緊張が解けたように凛の身体が膝から崩れた。
「凛っ?!」
咄嗟に抱きかかえた叢丞はそのまま彼女を寝かせるように屈んだ。
「すこし、つかれた」
「叢丞っ! 無事か?!」
どこからか咲夜の声が聞こえた。
「咲夜」
振り返ると咲夜と白銀が砂浜を駆けてくるのが見えた。
「すまない、俺としたことが……って、叢丞っ! ぼろぼろじゃないか!」
白銀は叢丞の傍らまで来て傷口を舐めた。
「あ、ああ。僕は大丈夫だよ」
風の刃であちこち切られていたのを叢丞はすっかり忘れていた。
「そーすけ、ごめん」
「凛が謝ることはないよ」
「いったい、ここで何があったんだ?」
叢丞は今しがた起こったことの一部始終を話した。
「……そうか。やはり彼女は龍神伝説に出てくる陰陽師に違い無さそうだな」
叢丞の腕の中の凛を見て砂地に座った咲夜がそう結論づけた。
「そうみたいだね」
「それにしても伝説の生き証人か。さすがの俺でも驚きだ」
「最悪〝応龍〟を相手にするかもしれないけどね」
「でも助けてやりたい。とか思ってるだろ?」
「うん。やっぱり咲夜にはお見通しだね」
「何年お前の幼馴染をやってると思う?」
そう言って咲夜は自慢げな笑みを浮かべた。
「しかし、骨の折れる話だな」
「いいよ。僕一人でなんとかする」
「なに……?」
咲夜は眉間にしわを寄せる。
「これは、封印を解いた僕の責任でもあるからね」
「惚れたか?」
「え?」
咲夜のその言葉に叢丞はドキッとした。
「図星か……?」
咲夜の顔は何時になく真剣なものだった。
「そんなんじゃ……ないよ」
「ま、そんなことになったら許婚も形無しだよな」
「時々君が許婚なのを忘れるよ」
「ひどい夫だ」
「咲夜を見てると嫁って感じがしないよね。むしろ婿の方が似合うと思うよ」
「違いない。自分でもそう思う」
そう言って高々と笑った。
「そんなことはともかく、彼女を救うっていうなら協力する」
「本当に?!」
「ああ。叢丞がそうしたい、っていうなら助ける。それが嫁の仕事だろ?」
何だかんだ言って咲夜は許婚の件は結構気にしてるんだなと叢丞は優しく微笑む。
「ありがとう」
白銀も傷口を舐めるのをやめて叢丞の目をジッと見ている。その目は咲夜と同じ〝目〟をしていた。
「ありがとう、白銀」
その意図を汲み取った叢丞は白銀の頭を優しく撫でた。
「涼香はどうする?」
「だめだ。僕達がやろうとしていることはとても危険なことなんだ。あの子は巻き込めない」
「言うと思ったよ。咲乃はどうだ?」
「話も聞いてくれなさそうだけど」
「そうか?」
叢丞はふと清九郎の名前が浮んだが、どう考えても論外だろうと口に出す前に却下した。とその時、
「───ッ!!」
咲夜が突然後ろを振り返った。
「咲夜?」
「しっ」
人差し指を唇に当て静かにするように促した。
静まり返る砂浜。
寄せては返す波の音だけが聞こえている。
咲夜は音を立てずに懐から紙片を数枚取り出した。
「───ッ!」
そして呟くように何かを詠唱すると、自分の息を吹きかけて宙へと放った。すると紙片は闇にとけるように消えた。
「式……?」
「ああ。小動物の類ならいいんだが、彼女の秘密を知られるのはまずいからな」
「まさか、今のを聞かれた?!」
白銀もいつの間にか姿を消していた。どうやら追跡に行ったようだ。
それからしばらく待ったが式からの連絡は無いようだった。
「やっぱり小動物か何かだったんだよ」
「そうだといいんだけどな……」
「ひとまず帰ろう。凛、帰るよ……って」
「どうした?」
「寝ちゃってる」
「はぁ、のんきなものだな」
そして叢丞は眠った凛をそのまま背負って帰った。
つづく




