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暁の〝星剣使い〟(あかつきの〝コスモダスター〟)  作者: よつふじあきたか
EPISODE4『再来する〝終末〟(さいらいする〝ワールドエンド〟』
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第197話 海からの使者⑤

叢丞達は程なくして、海からの潮風を防ぐ為に植えられた黒松の並木までやってきた。


「この先は彼女の気配しか感じられない。だからここからは一人で進め、叢丞」


「え、でも……」


「あの子を助けるんだろ」


咲夜の鋭い視線が叢丞を射抜く。


「それは、お前にしか出来ない事だ」


そして背中を向ける咲夜。白銀は既に後方の妖魔と奮戦している。


「行けっ、叢丞!」


「……うん。咲夜も無事で」


「ふっ、誰に物を言っている」


刀を左手に咲夜は駆け出した。


「僕にしか出来ない事、か」


〝力〟を失って以来、周りの多くの人々から見放され、〝何も出来ない〟者呼ばわりされる事も少なくなかった。


しかし今、咲夜から「お前にしか出来ない事だ」と言われて、叢丞は正直嬉しかった。


「よしっ」


その後は振り返ることなく叢丞は砂浜へと急いだ。やがて、遠くに黒松の並木の出口が見えてきた。


足を止め、砂浜側から隠れるように黒松の幹に身を預けて様子を伺う。


「くっ……!」


屋敷を出た時から叢丞は、肩に大きな石を載せられたかのように身体が重く感じていた。そしてたった今砂浜に至り、それは上からだけではなく全方位から重圧がのし掛かってきているような感覚に陥っていた。


それが彼には〝妖気〟と呼ばれる妖魔達の気配である事は承知していたが、それはまるで妖気とはまったく別物のようにも感じられた。


油断をすると皮膚が切り裂かれてしまうかもしれないくらい、普通の人間だったら意識を失ってしまうどころか魂までも押し潰されてしまいそうな、妖気がすぐ近くから発せられている。


「……ッ」


つつと叢丞の額を汗が流れ落ちる。


彼が今頼れるのはほんの少しだけ戻った〝力〟と腰に佩いた刀。もし闘うようなことになったらと思うと、叢丞は正直逃げ出したい気持ちだった。


だが、この先に居るのが凛であることが叢丞を留まらせた。


少しずつ黒松の幹から身を乗り出す。その瞬間、海からの強い風が吹き付けた。


「あっ……」


次に叢丞が目にしたのは穏やかな波が押し寄せる真っ黒な海と、そこに映る真円を描いた月。

それがあまりに綺麗だったので、ほんの少しだけここに来た目的を忘れてしまいそうだった。

そしてその美しさに、強大な妖気の重圧すらちっぽけなモノかもしれないという勘違をしてしまった。


だからその〝姿〟は何の変哲も無い、いつも通りの彼女に見えた。


それで安心してしまった叢丞は、彼女に歩み寄り声を掛けた。


「凛……?」


返事は無い。

しかし呼び掛けたことに対してぴくりと反応はした。


「こんな所で何してるの……?」


その時雲が月を隠した。

そして彼女が振り返る。


「……ッ!」


紅い瞳が叢丞を捉えた。


「そう、す……け?」


その苦しげな声は凛のものとはまるで違って聞こえた。


「……レイン、なの?」


彼女は頷くことなく叢丞に向き直る。

雰囲気から察するに凛であることが窺えた。


やがてまた雲から月が顔を出し、彼女の姿を照らし出す。


「───!!!」


腕に───、


脚に───、


そして顔に───、


無数の、まるで蛇のような鱗が───。


「……り、ん?」


紅くなった瞳が輝きを増す。


手には鋭い爪。

髪はまるで鬣たてがみのように潮風になびいている。


瞬間、忘れていた妖気の重圧が襲い掛かる。


『……お前か、小娘の意識を強くさせておるのは?』


「え……?」


それは凛の声ではなく、まるで地獄の底から響いてくるような恐ろしい声音をしていた。


(これが……〝応龍〟?)


『貴様のおかげで、完全に外に出ることが出来ぬ』


そう言って声の主は、真っ赤な瞳を叢丞に向けた。


「ッ!」


真っ赤な瞳はそのまま吸い込まれてしまいそうな程に叢丞を射抜いた。

魂が持っていかれそうになるというのを叢丞は初めて実感した。


そしてその時、意識していたのか、無意識だったかは定かではないが、叢丞は言ってしまった。


───化け物、と。


叢丞は一目散にその場から逃げ出した。


咲夜の退魔行に連れて行ってもらった、というより無理やり連れて行かれたことが叢丞にはある。そこで妖魔、幽霊、悪霊など様々なモノ達と闘う咲夜の姿を見てきた。


だから多少のモノには慣れているつもりだった。


しかし、自分の身近な人間が変貌してしまったことに叢丞は思わず逃げ出してしまった。


「はぁッ、はぁッ、はぁッ……!」


叢丞は走った。

ずいぶん走った気もするし、ほんの少しだったかもしれない。


立ち止まった場所は黒松の森の只中。

しかし〝彼女〟が追ってくる気配は無い。


「はぁッ、はぁッ…………はぁ」


辺りは静まりかえっている。



───僕は何かとんでもないことをしてしまったのではないだろうか……?



ふと叢丞の頭をそんな〝想い〟が過よぎる。


でもあの姿を見て、あの妖気を肌で感じて、尋常でいられなくなるのは無理もない事だと叢丞は自分に言い聞かせる。



───何かを忘れてしまっているんじゃないだろうか……?



「…………………ぁぁ」


その時、海からの風に乗って何かが聞こえてきた。


「……?」


「……ぁ…………ぁ……ん……」


突然風が強くなってきた。


「ぅ……ぁぁ……ぁぁぁ…………ん」


(これは、泣き声……?)


聞こえてきたのはとても悲しみに満ちた泣き声だった。気づけば、押し寄せている妖気にもどこか悲しみを感じる。


ドクンと叢丞の心臓が強く脈打つ。そして気付いた。



───僕は、言ってはいけないことを言ってしまった!



「凛っ───」


叢丞は踵を返して、再び砂浜へと出る。そして彼女の下へ駆けつけようとした。だが……、


「なんだあれは……?!」


今しがた凛の居た場所に小さな竜巻が発生していた。


「うぁぁぁぁぁぁ……ん……っ!」


変わらず泣き声は聞こえる。それも竜巻の中から。


「まさか、あれを凛が?!」


竜巻に近寄ると激しい気流が叢丞に襲い掛かる。


「ぐぅッ……!」


それでも更に近づくと、竜巻の中心に凛の姿を確認出来た。


「凛っ!」


叢丞は声の限り叫んだ。

飛び跳ねるかと思うくらい凛の身体がびくっと反応すると、恐る恐る叢丞の方を向いた。


「そう…………す……け…」


声は凛のものだった。そしてその瞳からは涙がとめどなく流れていた。


ズキリと叢丞は胸が痛んだ。それでも叢丞が一歩近づくと、拒絶するかのように凛も一歩下がる。


「凛……」


(……当然だよね)


叢丞は自分自身をひどく恨んだ。何故あんなことを言ってしまったのかと。


あの姿を見て、あの妖気を肌で感じて、尋常でいられるわけがない。だが凛である事に変わりはない。


(覚悟、してたつもりなんだけどな……)


もう一歩近づく。


「こないでっ!」


「凛……」


風が叢丞に襲い掛かる。


「くっ……」


叢丞の頬に血の線が走る。歩みを進める度に風が刃となって叢丞を切り刻んでいく。それでも叢丞は歩みを止めない。


レインは言っていた。



───この身に“応龍”を封じている、と。



そしてこうも言っていた。



───魂を蝕まれ続けている、と。



咲夜は言っていた。



───月に一度か二度、その陰陽師レインが化け物の姿になって暴れ回ったと。



そしてそれが満月の晩だと。


(覚悟は出来ているつもりだった。でも出来ていなかった)


今叢丞の頭の上には真円を描いた月が煌々と地上を照らしている。


(今度こそ、覚悟を決めなきゃいけない!)


だから叢丞は歩みを止めない。


「きちゃだめっ!」


凛が泣きながら〝懇願〟する。

それでも叢丞は歩みを止めない。確固たる覚悟を持って。


「僕は君を守るって約束したんだ───!」


そして凛に触れようと叢丞は竜巻に手を突っ込んだ。




つづく

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