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第六話 荒誕な夢



「見つかったって本当⁉︎」



 よほど全速力で走ってきたのだろう。額の汗も拭わず肩で息をしたマナが群衆を掻き分け割り込んできた。数刻前まで静かだった道も騒ぎを聞きつけた野次馬や救援の風紀委員でごった返し。ロードワーク中の運動部も「何事だ」といった様子でチラチラとわたしらの方を凝視していた。



「はい、もう無くさないようにね」



 せめてマナが来る前に綺麗にしておこうとハンカチで拭いたけど、表面にこびりついた厄介な土色が落ちきらず、薄汚れた中途半端な状態で渡すことになってしまった。でも本人はすごく喜んでくれたみたいで薄汚れた懐中時計を力強く抱きしめた。


 まずは最低限の目標をクリア。救援で駆けつけてくれて今のなお木の上を捜索してくれている風紀委員の子に声をかけた。



「どう? 他にめぼしいお宝はあった?」



 わたしの通報で真っ先に臨場してくれた風紀委員は非常に優秀な子で、状況を把握するや否や現場に必要なものを走り回って集めてくれた。制服で動きづらいだろうに、数十メートルはあろうイチョウの木をするする登っていくのだから大した運動神経だ。降りる姿も軽やかで体育館の倉庫から持ってきた梯子を使わず忍者のように飛び降りた。



「ヘアゴムやキーホルダーといった細かなものはありましたが、めぼしいものは海琳氏が発見したもの以外になにも。これを片付け終えたら遺失物リストと照合してみますが、その懐中時計は必要なさそうですね」



 聡明な彼女は腕章をつけた腕で汗を拭った。これだけ頭が回って律儀な子なのにアレの手下なんて非常に勿体ない。わたしが権力者なら今すぐ頭を挿げ替えるのに。

 感動の再会に立ち会った野次馬は散り散りに解散。マナは宝を愛で、優秀な風紀委員はテキパキと撤収作業を行なっている。そんな誰も見ていない隙を狙い、そっと風紀委員に近づいてぽんと軽く肩を叩く。



「お主、名は?」


「ひゃっ、へ? 急にその口調なんですか」


「名前だよ、あなたのお名前」


「な、夏目雅、です」


「そ、なら夏目さん。今日はご苦労様。これで美味しいご飯でも食べて」



 夏目と肩を寄せ合うフリをして常備しているコインケースを袖の下。五十枚の重みに夏目は「ぴゃっ」と可愛らしい悲鳴をあげた。



「こ、こんなの受け取れません。というかこれ賄賂ですよ」


「コインのやり取りは罪じゃないでしょう。それとも罪悪感があるなら宿舎に戻ったらゲームしましょう。今日のわたしは調子悪いから負けちゃうかも」


「で、ででで、でも」


「大丈夫、誰も見てないんだから」



 あと一息。言葉では嫌がっているけれど心はこの大金に奪われている。少数精鋭の風紀委員に一人でも知り合いができれば心強いことこの上ない。しかも優秀で勇気があるときた。仲良くしておいて損はないだろう。五十枚ぽっちで良いご縁が作れるなら安い対価だ。陥落までもうちょっと——



「うちの大切な仲間を買収しないでくれない?」


「さ、鷺谷委員長!」



 風紀委員長の声に驚いた反動でコインケースを振り払う。ちっ、敵ながら良い時に現れるな。

 顔を真っ赤にして懸命に否定する夏目をよそに、鷺谷はまじまじと周囲を観察。その後ろには昼休みに廊下ですれ違った園田の顔がある。口先をツンと伸ばし、いかにも自分は関係ありませんといわんばかりの太々しい態度だ。



「約束どおり連れてきてくれたんですね」


「あなたが連れてこいって言うからでしょう。で、その意図は? 推理ショーでも始めるの?」


「人が殺されたわけでもありませんし、推理ショーだなんて大層なことはしません。ただ、園田さんに一言伝えたくて」


「なによ」


「よかったね。無事に見つかって」



 そう口にした瞬間、場が凍りついた。マナも夏目も園田でさえ驚きのあまりか感情を失っている。



「……冗談を伝えるために呼びつけたの?」


「いやいや、盗んだ犯人も懐中時計の在処がわからなくなってたんです。犯人の疑いをかけられた挙句に物が行方不明なんて最悪ですよ。この中で一番ホッとしているのは園田さんじゃないですかね」



 睥睨してみるが図星を突かれた犯人は辿々しく目を伏せた。説明するたびに口を挟まれては面倒なので試しに牽制してみたけれど正解だったみたい。



「さて、話を整理していきましょう。園田さんは一年2組の教室に侵入し、マナの鞄の中から懐中時計を盗んだ。マナの机は出入り口に近いので鞄に触れるのは容易でしょう。無事に目的を果たした彼女は現場を離れたい一心で教室を飛び出した。だからわたしとぶつかりそうになっても目もくれなかったんです。しかし盗んだ時計を所持しておくのはリスクがあります。懐中時計を普段使いする女子高生なんて変わってますから」



 つい興が乗ってしまって芝居がかった口調になってしまった。気づけば自分は変わり者ではないと主張する冷たい視線と、勿体ぶらずにさっさと話せと訴える無言の圧に囲まれていた。

 ったく、探偵役なんてそう多くはない経験なのだから堪能させてくれてもいいのに。



「物がなくなったことに気づくのも時間の問題。ことが大きくなれば全生徒の手荷物検査も考えられるので、彼女は別の場所に隠したんです。が、そこで予想だにしないことが起きた。隠していたはずの懐中時計がどこかにいってしまったんです」


「それが冒頭の『よかったね』に繋がるのね」



 無事に真意が伝わったようである。常識的に考えればあの状況なら嫌味以外ないと思うのだけれど。もしやわたしが突拍子もなく馬鹿げたことを言い出すとでも思っているのだろうか。だとしたら誠に遺憾である。



「で、でもおかしいですよ。仮に園田氏がそうしたとして一体誰が木の上に隠すんです? 梯子なんて使えば誰かに見つかります。この学園で素手で登れるのなんて自分か野生の獣くらいです」


「おっ、相変わらず良いとこ突いてくれますね。そうなんですよ。あんな高い場所に隠すのなんて動物くらいなんです。と、夏目さん。ここで他に発見したものをみんなに見せてくれます?」



 風紀委員長を差し置いて風紀委員に命令する気持ちたるや快楽に等しい。出番を取られた鷺谷は不機嫌に「ふん」と鼻を鳴らす。


 夏目はプラスチック製のバスケットを持ってきた。中身はハンカチ、眼鏡、キャップが取れたリップクリーム、片耳だけのワイヤレスイヤホンにハンドミラーなどなど小物ばかり。これらの共通点は女子高生なら誰でも所持してそうなもの。



「これは木の幹の隙間に置かれていたものです。犯人は校内で発見したものを口に咥えては木に登って集めていた。ところでみなさんはそんな子に聞き覚えは?」


「あの灰色の猫ちゃんだ! てことはここにあるものは全部、猫ちゃんが盗んできたんだ」


「そ、やんちゃな性格なのかよく昇降口まで入ってくるみたい。思えばわたしも今日の昼に上で昇降口から出ていくところを目撃しました」


「上? あなたの教室から昇降口は見えないと思うけど」


「——兎に角、ここまで言えばわかるよね。園田さんが懐中時計を隠した場所が」


「下駄箱ね。なるほど、盲点だったかも。手荷物検査をしても下駄箱までは確認しない。万が一、誰かに見られたとしても犯人の意図がわからないから誰かの悪戯だって言い訳できる。うん、それなら納得」


「ちょっと、勝手に納得しないで!」



 ここまで無言だった園田が急に声を荒げた。



「私が2組の教室にいったのは同じ部活の小野田に会うため。それがいなかったから引き返したの。あなたとぶつかりそうになっても謝らなかったのは小野田を見つけるのに急いでいたから。でも結局会えずじまいだったけどね。そもそも私とこの懐中時計の子と接点はない。彼女の私物を盗む動機もない。あなたがさっきから得意げにベラベラ喋ってたのは全部詭弁よ。証拠を出しなさい」



 確かにそのとおり。今のわたしは園田が犯人である証拠を提出していない。動機も証拠もないようでは警察だって鼻で笑うだろう。だからわたしは——



「昇降口で猫が奪ったのは確かなんです。ですが実は恥ずかしいことに、あなたの動機がわからないままでして——なのでどうでしょう。司法取引しませんか?」


「は?」


「あなたの言葉で全て真相を語ってください。ここで白旗振って降伏してくれるなら、わたしもマナに穏便に済ましてくれるように頭を下げます。マナは懐中時計が見つかれば犯人はどうでもいいみたいですから。だよね?」


「う、うん」


「ちょっと! 勝手なことばかり言って。こっち来なさい」



 選択権を園田に委ねたばかりなのに、鷺谷に力いっぱい袖を引っ張られて移動させられてしまう。



「この学園に司法取引なんて制度はありません。園田が自白しても罪は軽くならない」


「でも被害者本人がいいと言えば問題ないでしょう」


「だとしても証拠も動機も用意せず推理ショーを始めるなんて無謀よ。あなた、やっぱり心臓がたくましいね。でもここまでの仕事で十分。あとは風紀委員に任せてもらえる? あなたの推理が正しければ証拠なら——」



 そんな鷺谷の言葉は張り上げた園田の声に遮られる。



「無実の人間が罪を認めたらそれは冤罪なの。それでも私を犯罪者に仕立て上げたいのなら……」


「プエラ派の先輩が黙ってない、と?」



 学園に順応してきた結果だろうか。なんだか相手の反応だけで思考を読めるようになってきてしまった。自信満々に反撃してくる園田の腹の中には協力な後ろ盾の存在があった。ここで唐突に自分との関係性をちらつかせれば天下無敵の風紀委員会さえ尻込みすると踏んでいたのだろう。


 ならば先にそれを言い当てる。切り札を切る前に出端を挫く。その動揺が証拠の一部となるのだから。先ほどまで景気良く振り撒いていた威勢がどこかに吹き飛んでしまった。眼前にいるのはもう行く宛を失ったか弱い子羊だ。



「交渉決裂ですね。残念です。実はこの梯子は体育館の倉庫から持ってきたんですよ。今日の体育館はバレー部の使用日。顧問の渋谷先生に事情を説明したら運ぶのを手伝ってくれまして、その時にうちのクラスメイトの活躍っぷりを訊いてみたんです。そうしたら新入生で見どころがあるのは小野田と園田だって褒めていました。特にあなたは高圧的な先輩のしごきにも耐えているって感心してましたよ」


「その高圧的な先輩っていうのもプエラ派のお仲間なんだ」


「えぇ、おそらく。その人も同じように指環をネックレスに改造しているみたいですから。その先輩は口癖のように『めぼしいやつがいたら勧誘してこい』と後輩へ命令してくるそうですね。同じ派閥の先輩の前でいい顔をしたいあなたは運動神経抜群の転入生に目をつけた。しかしクラスメイトとして距離が近い小野田を危ないと思ったのでしょう。先駆けされれば手柄はなくなるしプエラ派の先輩の期待に応えられなくなってしまう。そもそも他の部活に取られては元も子もない。だからあなたは強行策を取った。マナの私物を交渉材料としてバレー部に入れさせようとした。これが動機です」



 真相を曝け出すと園田は項垂れ、地に膝をつけたまま動かなくなってしまった。わたしは風紀委員でもないし警察でもないから、己の罪に向き合ってマナに謝罪さえすれば解決でいいと思っていた。それに園田にも同情する点もある。だって犯罪を犯してでも手に入れた交渉材料が行方不明になってしまったんだもの。だから脅迫未遂の彼女にラストチャンスを与えた。

 でも現実は思いどおりには進まなかった。



「昇降口には防犯カメラが設置されている。録画を確認すれば証拠なんて一瞬で見つかるでしょう。これは極めて個人的な意見だけど非常に残念な結末です」



 たかが窃盗、されど窃盗。言い逃れできない証拠が提出されてしまえば学園側も厳しい処罰を下さざるえない。手柄をあげるために奮起したのかもしれないが、誰かを傷つける選択を選んだ時点で、どのみちろくな学園生活を送れなかっただろうけれど。

 夏目は園田を風紀委員当局まで連行した。連れていかれる園田は恨みつらみさえ吐かず終始無言だった。おそらく彼女とはもうこの先会うことはない。


 今回の件はプエラ派にとって予期しない事件だっただろう。派閥争いで混迷を極める聖峰女学園において、たとえ取り柄のない少女だろうと貴重なリソース。園田が退学となれば少なからずダメージになる。

 また、今回のことでプエラ派との争いに発展しないかとマナが心配していたが、此度の窃盗は個人の暴走。派閥とは関係ない事件だ。だから喧嘩を売ったことにはならないし、仮に事件が起きれば風紀委員が全面的に協力してくれるだろうから心配ない。こいつらを敵に回した時の面倒はわたしがよぉく知っている。


 此度の事件こそ波風を立てずに閉幕した。だけどわたしに言わせればボタンの掛け違い。

 もしも園田が勉強熱心だったら。魔法少女の魔力に近いものは真紅に染まると知っていれば、此度の決着は未来を大きく変わっていた。



「鷺谷委員長が言ってたとおりでしたね!」



 と、持ち前のコミュニケーション能力のおかげか、いつの間にか二人は仲睦まじい様子で談笑していた。そういやわたしが教室を飛び出したあと、この二人はどんな様子だったのだろう。まさかこの純粋無垢なちびっこに変なこと吹き込んでないよね?



「転入早々災難ね。世話役も無愛想で疲れるでしょう」


「そんなことないです。これも魔法少女が与えてくる試練だと思ってますから」



 夕日に照らされ赤く染まった懐中時計を握り締め、空を見上げながら気恥ずかしそうにこう言った。



「自分でも馬鹿なことを言ってるって自覚してます。けどこの学園との縁ができてから自分の夢が現実になりつつあって——あたし、実は今もこの世界のどこかで魔法少女が生きていると思うんです。だからいつか直接会って元気な姿を見せるのが夢。恥ずかしいから誰にも言わないでくださいね」



 一体マナはどんな感情で打ち明けてくれたのだろう。




 この世界は魔法少女の犠牲で成り立っている。その事実は世界中をくまなく探したって違えることのない世界共通の常識。イルミナティや三百人委員会といった陰謀論を好む人間でさえ魔法少女生存説には嘲笑う。魔法少女を信奉しているこの学園でも正気を疑われるに違いない。


 魔法少女は死んだ。その事実は現実だろうと電脳だろうと覆らない。


 各々の考えは勝手だ。創作という名の人類の叡智が讃えられる以上、他人の思考を否定するのは許されない。だからマナが本気で生存を信じていようが、頭の中のアイデアで留めておく分には正常な人間だった。それが今、言葉にしてしまったがために狂人の烙印を押された。正義の名の下に悪を捌く風紀委員長はなにを考える。

 この世界の常識に則ればわたしは頭のネジが外れた人間としてマナを警戒しなければならない。それが普通。友達は選ぶものだと誰かが言っていた。



 だけどわたしはこの歪な関係を続けよう。常識を逸脱した荒誕な夢をわたしは笑わない。



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