第二十二話 七つの海の魔法少女
「学園で目立てば秘密がバレるリスクが高まるから、目立たないよう細々と暮らすつもりだった。なのにどうしてか『天眼』なんて持て囃されたり、夜は逃亡劇を繰り広げて、どうしてか上手くいかなかった」
「それは全面的にあなたが悪い。というか初対面で喧嘩を売られれば誰だって頭にくる。聞けば紺野さんも理解してくれるはず」
「なにそれ、二人の馴れ初め聞きたいです!」
「初めて摩天楼で会った時の一言が『クロ』。その次に会った時は『シロ』、また会えば『コン』。どういう意味だと思います?」
「それって色ですよね。ううん、なんだろう。無実かどうかってこと? でも『紺』とは呼ぶのは変だ。判別できないのは『グレー』って呼ぶ。見た目の話なら鷺谷委員長は『赤』だよね……あ、まって。その時朱乃ちゃんが魔法を使っていたとしたら……ま、まさかっ」
「この変態、魔法を使って下着の色を言い当ててくるの。あったまくるでしょう。デリカシーの欠片もない。悪いこと言わないから友達なんてやめた方が、って、なにニヤついてるの」
「意外とセクシーなの着るんですね」
「そこに食いつくな! で、話を戻すんだけど、バレるリスクを考えればそもそも聖峰に近づくのは悪手ではなくて?」
「単純な話ですよ。どんなリスクを背負ってでも——ここを踏破したいんです」
もう少し鷺谷が不機嫌なところを眺めていたかったが、目的地に到着してしまった。
一応弁明しておくと学園の治安を守る風紀委員と夢を叶えようとする淑女は油と水。立場を抜きにしたって杓子定規のような性格の鷺谷とは全く仲良くなれる気がしない。さらに弁明しておくと別にわたしだって意固地になって喧嘩を売っているわけではない。海琳朱乃でも『魔女警邏』でも何度か歩み寄ったけれど結局徒労に終わってしまった。マナや古賀、夏目には優しいくせ、わたしにだけ刺々しいのは納得できない。上下関係を弁える性格かと思えば現在進行形で後輩と仲睦まじく談笑しているし。これには『天眼』でも鷺谷の心の内は読み取れなかった。
緑豊かな聖峰の地に聳え立つ、世にも奇妙な入り口のない摩天楼。もしも大戦が起こらなければ「聖峰」は名前を変えず「星峰」だったし、学園はただの辺境の地に築かれた信心深いミッションスクールだっただろう。この摩天楼は転換期の象徴。平和を取り戻した世界は報復といわんばかりに巨悪の遺産の再活用を画策している。
だけどこう思わないだろうか。
巨悪は地上に拠点を築くにあたって、わざわざどうして地上の一部を模倣したのか。
だって巨悪が本気で地上を制圧するつもりだったらこんな辺境な地に拠点を構えないし、摩天楼を欲していたら最初からマンハッタンを占領すればいい。あの時代ならそれが可能だった。
これはわたしなりの考え。妄想と侮蔑されても文句は言えない世迷言。空想家と揶揄されても仕方のない推理。
おそらく巨悪は——この地上に憧れたんだ。
なんの因果か迷い込んだ青と緑の美しい世界で生きようとした。でも手違いか、もしくは意思疎通のズレで侵略者と見做されてしまった。そう考えたりもする。
ま、もう確かめる術はないのだし、何の罪もない人の命を奪ったのは事実。わたしが魔法少女だったとしても対話なんて平和的な解決は選ばない。だけど互いが最善の選択をしていれば共存していた未来もあったかもしれない。
「主人が消えた根城は一体いつになればデレてくれるのやら。どこぞの誰かさんとどっちが早いのか」
東京が江戸と呼ばれた時代から満点の星空が見える山頂の景色は今でも変わらない。思えばただこうやってのんびり落ち着いて、ぼんやり夜空を眺める時間なんてなかった。それもこれも全部あの冷酷無慈悲な風紀委員長のせい。でもこの愚痴は本人の耳に届くことはなく、チョロチョロと動き回るちびっこの面倒を見てくれた。
「うーん」
子犬のように歩き回っていたマナは急に足を止めて、深刻な表情でブツクサとボヤき始める。どうせ大したことじゃないと思って華麗にスルー。わたしはわたしでうちに眠る睡魔を起こすのに手一杯だ。
「朱乃ちゃんじゃあるまいし、生まれる前のあたしを気遣うくらいに心優しい魔法少女が摩天楼に入るだけで武力行使するのかな」
非常に耳が痛い。その件に関してはわたしが全面的に悪いので何も言い返せない。ばつが悪いので外方を向いた。
だけどマナの言うことにも一理ある。確かに血の気の多い人がいたのは否定できないけど、巨悪との決戦を前に無闇に体力を消費するなんてらしくない。
それとも、侵入する算段があったのか。
「鍵とかおまじないとか、条件があるんじゃないかな」
「意味はないと思うけど、試してみる価値はありそうね。あれ、持ってきてる?」
風紀委員長も無茶な人だ。でもそんな無茶も夢を前に寮を飛び出したわたしには造作もない。鍵の残骸、レリックの欠片はあれから巾着に入れて肌身離さず持っている。今までの自分なら机の抽斗に放置して風化させていただろうに、ちょうど身近にいいサンプルがいるのでつい真似してしまった。胸ポケットから薄緑の巾着を取り出し、手のひらに粉々になった鍵の残骸を広げた。
地下に広がる青空。幻想的な景色が広がる教室。それとあの黒板に書かれた文字を照らし合わせれば赤い鍵は魔法少女の拠点を出入りする通行証。鷺谷は閉ざされた扉をなんでもこじ開けられるマスターキーとでも勘違いしているようだけど、そんな万能魔法を後世に残すほど魔法少女も愚かではない。それとも鷺谷の妙案に従って一か八か、このレリックに魔力を込めたっていいけど間違いなく粉々になるだろう。
「試してもいいけど、これ以上魔力を込めれば壊れますよ? それでもいいなら試します」
「え、ちょ、ちょっとストップ。ならそれは最終手段にしましょう。まだ教室の調査は終わっていないわけだし、もしも追求されたら言い逃れできない」
それが懸命だろう。あくまでもわたしもお守りで持ってきたつもりで、これが摩天楼をこじ開ける鍵になるとは思えない。鷺谷が頭を抱えている間、これが風で飛ばされては元も子もないので巾着にしまおうとした。
「鍵にしたっておまじないにしたって少なくとも二つは入る手段があるわけですから、のんびり探していきましょう」
「なんで複数あるって言い切れるの」
「この際、鍵でもおまじないでも構わないんですけど、巨悪が日常的に出入りする方法と魔法少女が侵入した方法があるわけじゃないですか。家の鍵だって何かあった時のためにスペアがあるわけですし、敵も複数の方法を用意していても不思議じゃありませんよ」
「あーっ!」
的外れなことを言ったつもりはないのに突如マナが頓狂な声を上げた。夜の森に反響したせいで鳥が目覚めて羽ばたいた。
「うっさい」
「ちっさくない!」
「誰も言ってませんよ。……で、紺野さんは何に気づいたんです?」
と、ぱんぱんに膨れ上がっていた頬が穴が空いた風船のように萎んだ。
「あ、そうそう。あたしね、榎本先生の授業を聞いてからずっと気になってたことがあるの。『マジカル・パシフィック』はどうして一度、摩天楼から撤退したのかって」
「そんなの、自分一人の力では無理だと悟ったからでしょう」
一言一句、鷺谷に同意。別に怪しむような話ではない。自分ではどうにもできないなら誰かの力を借りて対処する。それが簡単ではないと知っているからこそ、わたしは一人で抱え込んだ。今ならそれが大きな間違いだって知っている。それを教えてくれたのはマナだろうに、何故かその本人は口元に手を当てながら思い詰めている。
「あたしはこう思ったんです。『マジカル・パシフィック』は自分の意思で引き返したわけではなくて説得されて撤退した。その時に摩天楼を開ける条件を教えられたんです」
何を言い出すと思えば妄想率純度ヒャクパーの戯言。これにはわたしも珍しく鷺谷と波長が合って半笑い。
「えっと……いろいろとツッコみたいけど話が進まなそうだから我慢するわね。つまりはあなたは魔法少女と——巨悪とで接触があったと?」
「そうよ。巨悪からすれば魔法少女は地上唯一の敵。そんな相手に拠点の鍵を渡すとは思えない」
「それはわからないよ。ただ、あたしが思ったのは魔法少女は招かれざる客ではなく摩天楼に招かれたお客様。そして『マジカル・パシフィック』が七人の魔法少女を揃えて戻ってきたことを考えると——」
「七人の魔法使いが扉を開ける条件」
「あっ! それ、あたしが言おうと思ったのにぃーーー」
ふふん、さっきビックリしたお返しだ。さっきとは打って変わって顔を赤らめてパンパンに頬を膨らませるも、破裂する前に両手で空気を抜いてあげた。我ながらわたしって優しい。
推理のクライマックスを横取りした気持ち良さに染まる一方で、頭の中でマナの戯言を反芻する。
榎本先生の授業の内容やこの世で語り継がれている話は、証言や目撃情報を大戦後にまとめたものであって確たる物的証拠はない。
魔法少女が現れた。魔法少女が戦った。その命を犠牲に巨悪を倒した。
その事実に辿り着いてしまえばそこまでの旅路は脚色したって誰も意義を唱えない。それが名前も姿も知らない正体不明の魔法少女ならなおさら。
——流れ星のように降ってきた人類最初の魔法少女『マジカル・パシフィック』は一度撤退。世界中の戦いを食い止めながら仲間を増やし——
都市伝説レベルには辻褄が合う。鷺谷の無茶より信じてみる価値がある気がする。
手段が潰えたと思えば新しい道筋が見えた。現実って飽きさせないように上手くできてるなとつぐつぐ思う。
結局のところ、真相を知りたければタイムマシンを完成させた方が現実的で一番手っ取り早い。歴史なんて虚偽と曖昧な記憶ばかりなのだし。それに比べてしまうと、わたしなんて虚構ばかりで楽な道のりではなかった。
まだあなたが生まれる前のこと、と、沈みゆく夕日を背に帰路に就く子供に母はそう前置きした。そこで語った一度きりの青春。懐かしげに語った過去の思い出。写真も証拠も何もなければ御伽噺と大差ない与太話。
なのにあの時の母の顔が冗談を言っているようには思えなくて、いつしかそれが幼子の夢になっていた。
いつの日かこの目で見てみたい。そんな平凡な夢を見る世間知らずは周囲の声を無視して夢へと駆け出した。
これまで強引に動いてもなんとかなったから今回も大丈夫。そう思った馬鹿が痛い目に遭って、危うく秘密がバレるところだった。しかしわたしを気遣ってくれた友人たちは黙秘を選んでくれた。こればかりは心優しい二人の友人に感謝しないといけない。
これからはたとえ歴史に残らない日々だとしても、この学園で過ごす日常は曖昧なものにしたくない。これが海琳朱乃の青春なのだと胸を張れるくらい、静かな平穏と声が絶えない隣人と適度な目的で満たされる日々にしよう。
だからこの続きは明日……いや、夏休みが明けてから地道に取り掛かるとしよう。
「さ、今日はもう帰ろう。夜更かしは美容の敵だって誰かも言ってたし」
どの口が言うのだと訴える目線は放っておくとして、夜の聖峰に慣れていないはずのマナは無警戒にペタペタと摩天楼の壁を触っていた。素手で触ると汚いぞ。
「そもそも魔法少女かどうかの判定ってなんなのかな。魔法を使う使えないの問題ならあたしだって立派な魔法少女。もしかするとあたしの方が賢くてキュートかもしれないっ」
「何をバカなこと言ってるの。寝ぼけてるなら早く帰るよ。さっきから帰りたい帰りたいって委員長がうっさいの」
「言ってませんけどね」
この際、細かいことはいいじゃないか。これまでわたしに言ってきた文句だろうに。
「魔法が七個あれば中に入れたかも、なんてね」
「というとレリックも七個必要になりますが」
「あ」
「仮に集まったとしても七人も集まりませんけどね」
そうそう、鷺谷委員長の言うとおり。自慢じゃないけどわたしなら複数のレリックを同時に使える。都合よくここにレリックがたくさんあればマナの仮説を否定してやらないこともないのだけど——
「あるじゃん! レリック、ちょうど七個! 鍵の残骸、懐中時計、真紅の外套、それからわたしたち」
それはあまりにも身近な存在だった。あの聡明な鷺谷や勘がいいマナですら気づきもしない身体の一部。この学園の生徒なら必ず身につけているピンクゴールドの指環も立派なレリックだ。
「ひいふうみい……六個じゃない」
「『天眼』を含めれば七つありますよ」
まさか自分がレリックである短所がこんなところで役立つとは夢にも思わなかった。息をするように魔力を生み出す。塔の中心に構えるは、はるか天へと伸びていく主柱。その周りを捻るように階段が続いている。摩天楼と謳いながらその実は殺風景な吹き抜けなんて拍子抜けだろう。
相性がいいレリックと出会う幸運もさることながら魔法は才能だ。仮に巡り巡って出会えたとしても身体への負担は千差万別。軽い頭痛で済む人もいれば百メートルを全速力で走るくらいの疲労に襲われる人もいる。ちなみにわたしはへっちゃらで、マナはよくわからない。魔法少女が直々に適性を見出しているとのことだし、わたしと同じようにノーリスクなんだと思う。
「やってみよう。二人のレリック、貸してもらえる?」
「同時にそう使えるものなの?」
「さぁ」
鷺谷の問いにかぶりを振った。今にも「いい加減な」と罵倒する声が聞こえてきそうだったが、その前にマナがいそいそと指環を外して渡してきたので難を免れた。マナが乗り気になれば風紀委員長ですら止められない。しぶしぶと鷺谷が用意する間に再び、巾着から鍵の残骸を取り出した。魔力を込めるにしろ保存するにしろ、どのみち時間が経てば風化する運命。それならいっそ、この地に捧げる方が浪漫を信奉する人間らしい本能だと思う。
右手に二人の指環。左手には鍵の欠片と自分の指環。そして首にはマナの宝物を下げ、肩に真紅の外套をかけてもらった。誰かに見られれば通報待ったなし。怪しげな儀式と思われても文句は言えない。
「っし、いくよ」
マナの懐中時計、風紀委員長の真紅の外套は魔力が濃いからツボを抑えるだけで簡単に魔法を使える。問題は聖峰の指環。ただでさえ魔力が弱いのに、それを三つも同時に発動させるなんて容易ではない。
だけどわたしは知ってるんだ。
こういう面倒な性格のレリックたちは——ただ純粋な力で従わせればいいって。
大きく息を吸って深く息を吐く。視界を閉ざし、世界と自分とを切り分ける。
隔離された世界には静寂が広がり、頼れるものは己を刻む鼓動のみ。
沈む、沈む、身体の奥底に眠る魔力の根源に届くまで——
「し、朱乃ちゃん! ストップストップ! 時計が悲鳴を上げてるよぉ」
人が集中している最中だというのに、悲鳴を上げながらグラグラと身体を揺さぶられて邪魔される。これには心優しくて温厚な海琳朱乃ちゃんも激おこ、と思ってみればマナは涙を流しながら飛びかかってきて懐中時計を奪ってくるわ、あの鷺谷がぶるぶると震えているわ、ちょっと目を離している間に戦場のような悲壮感が漂っていた。
「うぅ、表面にヒビが。朱乃ちゃんの馬鹿力」
淑女に似合わない言葉をぶつけてくるマナ。先ほど手に取った時にはなかった傷が、確かにうっすらと赤銅色に刻まれている。指先でなぞってみるとわずかに凹凸を感じる。もしやと思い右手を開くと、そこはもう跡形もなかった。
懐中時計が傷つき、鍵が粉砕となれば外套はどうだ。戦々恐々としながら外套を脱ぐも、こちらはなんとか無事だった。ただ見た目では問題なくとも異常があるかもしれない。一応念の為、さりげなく鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。うん、匂いもフローラルな香りのまま。問題はない。
「問題あるに決まってる! 人の匂いを嗅ぐな、おバカ」
「あれ、声に出てました?」
マナ同様、感情をむき出しにして自分のレリックを剥ぎ取ってきた。二人とも講堂で顔を合わせた時より感情的ではなかろうか。いささか腑に落ちないが、ここは大人しくして二人に指環を返した。わたしが手に入れたのは二人の怒り。結局何も起こらなかったし鍵は消失しただけ。捉えようによってはマナの推理を否定できなのは功績だろうか。当てが外れた本人は落胆を隠せないようだけど。
これ以上、二人を刺激したら取り返しのつかない未来が待っている。そんな気がしたので無言で数歩後退り。ろくに足元を見ていなかったので石ころでよろめいて、摩天楼へとたたらを踏んでしまう。まるで誘われるように、過去から招待状が届けられた。
「——っ」
心臓が跳ね上がる。驚く声を失うどころか身体がピタリと凍ってしまった。両手が動かないので何度も何度も瞬きして正気を疑うが、目に映る光景はがらんどうになった建物の中だった。
ありえない。そんな言葉がすんなりと出てこない。気持ちの整理をしようと深呼吸。けれど動悸は収まらないし、外から「朱乃ちゃんは?」と声がする。わたし一人ではパニックになるだけなので一旦、外に這い出た。
「えと……中に、入れ、ちゃった」
この時の二人の驚きようといったらギャグ漫画のワンシーン。目をかっ開きながら大口開けて、姉妹みたいに揃って言葉を失っている。けどこれを揶揄うほどわたしは意地悪い女じゃないから二人が正気を取り戻すまで大人しく見守った。
「この子の仮説が当たってたってこと?」
「えっへん。頭を撫でてくれてもいいんだよ」
この際、満足するだけ頭を撫でてやってもいいし巴コインだって恵んでやろう。
だけど推理の精査なら歩きながらだってできる。思考を掻き回すよりかは目の前の現実を突き進む方が得策ではなかろうか。
「わたしは行くよ。二人は?」
「ここまできて引き返すわけないよ」
「私がいなかったら誰が問題児のストッパー役を務めるんです。行きましょう、未知なる天空へ」
両の手にぬくもりが触れた。誰かのぬくもりを感じることなんて滅多になかったから少しびっくりした。頼れる友人たちが隣にいてくれるなら不安なんて微塵もない。
端から壁なんて存在しなかったとでもいうように、わたしたち三人は何の苦労もなく摩天楼に踏み込めた。二人があっけらかんと周囲を眺めている合間、わたしなりに今回の奇跡を振り返ってみた。認めたくはないがマナの推理どおり「七つの魔法」が摩天楼を開く条件だったようだ。現にマナはわたしが魔法を使うまでペタペタ摩天楼の壁に触ってた。それが今はホログラムのように透けるのだから魔法がトリガーだったと考える方が自然だろう。と、結論に至ったところでポツリと鷺谷が呟く。
「これ、上るつもり? え、正気なの?」
摩天楼の中は月明かりがあるもののスマホのライトがなければ歩けない。あの冷徹無慈悲な鷺谷でさえ先が見えない螺旋階段に嘆息していた。
けど最初からこの地獄を覚悟していたわたしに抜かりはない。
「そんな面倒、わたしがすると思います? ここには魔法少女の弟子がいるんですから。さ、マナ、わたしを天空に連れてって」
三百メートルはあろう螺旋階段を実直に登るバカはこの学園にはいない。ここにはなんてったって空中移動の魔法を持つマナがいる。彼女の手にかかれば移動なんて造作もない。今から階段を上り下りしていたら日が登っているだろう。
わたしの出番はもうおしまい。ゲームクリア。エンディング。頭の中ではもう軽快な音楽と共にスタッフロールが流れている。
「無理だよ」
「え、だって屋上で一緒に空中を飛んだじゃん」
「あれくらいの高さだったらね。この高さを三人同時となると途中で途切れちゃうかも」
「な、なら一人ずつ」
「連続して使ったことないから二人目でどうなるか。さすがのあたしも落としてすぐに反応できるか。下手したらぺっちゃんこだね」
「え、えっ、え? ジョーダンだよね? あ、そうだ。もう一度その懐中時計を貸して。わたしなら上手く使える」
「やだ。朱乃ちゃんがあたしより上手く飛べたら癪だもの。別にいいじゃない。これくらい」
「これ、くらい?」
「簡単に言ってくれるわね」
意気揚々と螺旋階段へと駆け出すちびっこがわたしらのやる気と対照的。こうみると普段は冷徹無慈悲に審判を下すくせ、恐怖で青ざめたり鼻血を吹き出したり、この学園では割と感情豊かな方だ。無尽蔵の元気っ子にわたしも同じようにうんざりした。




