第十五話 硝子の情報統制
「体育館から借りてきたけど、この量で足りるかな」
「それだけあれば十分じゃない? 今更参加したいってほざく大人がこれ以上現れない限りだけどね。毎年招待状を送っても無視する連中なのに」
魔法少女大戦終結の地は七月に突入すると華やかになった。国道から学舎に続く歩道には受付のテントに電光案内板が設置されていた。なんと画面を軽くタップするだけで十カ国以上の言葉に翻訳されるのだ。さらにプリント機能もあって手軽にマップが手に入る。
他にも大量の飲料水や身体が不自由な来客者のためのバリアフリーなどなど、数多の来賓者を出迎える準備が着々と整ってきている。さらに昼夜ひっきりなしに業者が出入りして閑静な学園を賑やかし、ふと床に就く前に半年前まで暮らしていた都会の喧騒を思い出した。
あの頃はまさか聖峰に入学するなんて、終結記念祭に参加できるなんて考えもしなかった。本来ならとても光栄な話なのだけど、これが毎年続くと思うと気が滅入る。聞けば昨年までは終結記念祭委員会を中心に事足りていたらしいが、立て続けに起きたトラブルと予想外の発見が重なった今年は全生徒が手伝いに駆り出されている。
部活動も全面的に禁止になってしまい、その反動でストイックな運動部の連中がストレスを溜め、行き場のない鬱憤が罪のない他の生徒へとぶつけられる。おかげで学舎でも宿舎でも揉め事多発。負のスパイラルが聖峰で渦巻いていた。快活でムードメーカーでもある小野田莉音ですら苛立ちを隠せず、ところどころ棘のある言葉遣いになってしまった。彼女のことは嫌いではないが最近はちょっと苦手。そんな事情なんて知ったこっちゃないといわんばかりに今日の準備は莉音と組まされ設営班に回されてしまった。
大戦の犠牲者を悼むモニュメント前の広場は見渡す限りのパイプ椅子。椅子、椅子、椅子、これでもかってくらいに敷き詰められているのに足りないというので体育館から台車ごと大量のパイプ椅子を運んできたわけだけど、果たしてこれを並べるスペースはあるのだろうか。
「おぉい、それはこっち」
緑の木陰から設営担当の生徒が手招きしていた。せっかくこっちに持ってきたのに、と不満を抱きながら力を振り絞って台車を運ぶ。やっとの思いで運んだもののここは見晴らしが悪くて地面もでこぼこしている。座り心地はさぞかし最悪だ。
「ぜーんぶ見切れ席。ドタキャンならぬドタ参連中は全員こっち」
「こんな扱いされたら金輪際来ないでしょうね」
学園の意向なのだろうか。だとしたらあたしは全面的に支持しよう。余計な仕事をさせられてるんだ。たまったもんじゃない。もっとやれ。
「しっかし式典に興味なかった連中を焚き付けるなんて、今回の発見はそんなにすごいのかね」
「なんたって謎に包まれていた魔法少女の素性を明らかにできるかもしれないんだ。今や彼女らの活躍を残した写真や映像は全て不思議な力で消えてしまって顔も姿もわからない。それが解明できるかもしれないとなれば世間の期待は大きいよ。それもこれも聖峰の風紀委員長様のおかげだね」
「へぇー、うちには一生理解できないかも」
* * *
あの教室、もとい時計塔からの帰還後、鷺谷委員長を通じて学園に報告した。学園側はそんな教室の存在を知る由もなく、日が上がらない時間から急遽調査隊が結成されて調査が始まった。鷺谷委員長が上層部に呼ばれて事情を説明する中、もう一人の発見者でもあるあたしは調査隊に同行して発見当時の様子を説明することに。
「えぇっと、では発見できたのは風紀委員長の勘だと?」
「放送部のお手伝いをしている時に、あたしが『隠し通路とかありそう』で冗談で言ったんです。そうしたら本気にしちゃって、みんなを返した後にこっそり部屋を調べていたんです」
「ほうほう。この扉はどうやって開きました? 押したら動いた? それともギミックが?」
「それは鷺谷委員長に訊いてください。あとは最初に説明したとおり、二人で階段を下りていったらあの部屋を発見したんです」
調査隊のリーダーはこちらの説明にふむふむと頷き、それから書庫の中を見回した。
『わからないこと、答えづらいことは全部私に丸投げしていいから、あの子の存在は徹底的に隠しなさい』
教室から引き上げる際に言われた鷺谷委員長の言葉を思い出す。
謎の異空間から命からがら抜け出した朱乃ちゃん。でも唐突に泣き出した後、あたしらに目もくれずに教室から出て行ってしまった。その人間離れした姿も去ることながら感情的になった彼女を見るのは初めて。あまりに唐突だったのであたしも随分混乱してしまった。正直なところ今も気持ちの整理ができていない。
「——紺野さん?」
「わっ、は、はい、すいません。ぼうっとしてました」
「あれから一睡もしていないのでしょう? ここは私らに任せて部屋で休まれてはどうでしょう」
「いいんですか?」
「えぇ、もちろん。ゆっくりお休みになってください」
ここは好意に素直に甘えた。その指摘も当たっていたし、それよりも朱乃ちゃんの行方が気になって仕方がなかった。帰る前に「教室の窓には絶対に触れないでください」と忠告を残し、晴々とした青空の元で帰路についた。
宿舎に戻ると生徒はすでに登校した後で、エレベーターが来るのを待っていると巴さんが優しく出迎えてくれた。朝食の準備ができていると言われたので部屋に戻るのは後にして、まずは温かい朝食にありついた。口を動かしている間に巴さんからいくつか伝言を承った。
まず今日の授業について。今回は学園の特例処置により欠席が認められるらしい。ただし今回の発見については学園が正式な調査結果を出すまで秘匿にしてほしいとのこと。今回の欠席は病欠で口裏を合わせてほしいと頼まれた。
そして朱乃ちゃんのこと。鷺谷委員長は寮母である巴さんにだけは教室で起きたことを全て話したようだ。でも委員長が報告するよりも前に取り乱した様子の朱乃ちゃんが帰ってきたから、何かあったと薄々気づいていたようだ。今は口も聞かずに部屋に篭っているみたい。心配で様子を見に行こうとしたが「そっとしておきなさい」と止められてしまった。
* * *
あの日から朱乃ちゃんに会っていない。クラスのみんなには風邪で寝込んでいることになっているが、彼女は心に深い傷を負ってしまった。巴さん曰く、みんなが授業を受けている間にふらりと食堂にやってきてご飯を食べるそうだが、顔色は悪く元気もないようだ。
そしてあたしや鷺谷委員長の努力も虚しく、隠し部屋の発見は一日も経たずして学園中に広まってしまった。となればもちろん情報は世界中に伝播。おかげで見学要望が爆増してしまい、直近のイベントである式典に大量の人が押し寄せる羽目になってしまった。
「お疲れさまー、あとは当日まで雨が降らないのを祈るのみ」
「っし、そろそろうちらも帰ろう」
先刻と比べると莉音も随分と晴れやかな顔になった。多少は身体を動かせたから気分転換になったのだろう。
時刻は十六時半を回ったところ。他のところはまだあくせく働いている時間帯。面倒な人と厄介な班に割り当てられて辟易したけど、結果的に早く帰れて得だったのかもしれない。今日は久しぶりに人が少ない大浴場でのんびりできそうだ。
「式典まで後四日……ん? なぁ紺野。『七夕の決戦』って文字通り七月七日の戦いだよな。なのにどうして式典は八日なんだ?」
「それは前の授業で榎本先生が説明してたよ。七人の魔法少女が摩天楼に突入したのが七夕の夜。最終決戦は日を跨いで行われ、世界中で悪の消失が確認されたのが八日。だから『七夕の決戦』といいつつ式典も八日になった」
「はぇ、やっぱり記憶力いいのな」
「……心配だよ。この学園で覚えてないの莉音ちゃんだけだと思うよ」
「まぁまぁ、誰にだって調子が悪い時はあるさ。『天眼』だって寝込んで三日だろう? よほど悪いものに当たったか、もしくはおサボりか」
「まっさか! 動くのが嫌だからって仮病を使うような人じゃ……や、ありえる、かも」
強く否定できない自分が虚しい。徹底的な孤立主義を貫き、貪欲に怠惰を貪る普段どおりの朱乃ちゃんならやりかねない、というか絶対に屋上でサボってる。短い付き合いだけれどそう言い切れる自信があった。この学園で誰よりも彼女のことを知っている自信もあった。なのに本当は自分が勝手にそう思っていただけ。あたしは彼女のことを何も知らなかった。
半可通な己を恥じる。莉音の冗談に余裕を持って反論できない自分が悔しい。彼女の名誉を守れない自分ももどかしかった。




