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第十三話 シークレットミッション〜失敗〜



「みなさん、今日はありがとう。いい番組作ってみせるね」



 制作の資料と学園に提出する写真をあらかた撮り終えた一同は時計塔の前に集合し、古賀はみんなに向かって深々と頭を下げた。別に感謝されるようなことはしてない。わたしたちはクラスメイトなのだから困った時はお互い様だ。尤も他の二人に至っては学年が違うし、うち一人はあくまでも仕事。放送部のエース直々のお礼なんて身に余る御言葉に違いない。


 その後の風紀委員二名は時計塔の施錠。古賀は撮った写真の最終確認。わたしとマナはすっかり手持ち無沙汰になってしまった。



「楽しかったけど拍子抜けだったね。魔法なんてどこにもなかった」


「ない方がいいに決まってる。爆発でもしたらどうするの」


「ピンチはチャンス。あたしが『マジカル・パシフィック』みたいにみんなを救うんだ」


「そ、ほどほどにね」



 マナは一つ、肝心なことを失念している。

 魔法の大原則は魔力と使い手の存在。この摂理は巨悪も魔法少女も覆すことはできない。

 聖峰は大戦の終結地。地面を掘り返せば魔法少女の魔力を帯びた赤土が出てくる特異点。至る所に魔力が眠っているからこそ、ここでは時計塔だろうと摩天楼だろうと学舎だろうと、不本意な形で魔法が暴走する可能性を秘めている。


 ただ、そんな確率はゼロコンマに続く行列。魔法の顕現はそう簡単ではなく、魔力と使い手の相性が必要不可欠なのだ。

 マナを例にするとわかりやすい。魔法少女が弟子と指名しただけあって魔法適正は高いと思われる。加えてあの懐中時計は魔法少女が所持していた魔力純度の高いレリック。二つの相性がいいからこそ、屋上で見せたように空を自在に飛べるのだ。どちらか一つが欠けたり劣っていれば何も起こらない。だから魔法適正皆無の園田が懐中時計を奪っても何も起こらないし、魔力純度の低い聖峰の指環を身につけていても魔法は起こらない。


 小さな不安も杞憂に終わった。その喜びを噛み締めながら両腕を空に伸ばしてストレッチ。

 ちょっとばかり疲れたけど気になるものも見つけたし、早く部屋に戻って観察したい——あれ? 頭の中でなにかが引っかかった。



 時計塔は巨悪が聖峰に拠点を構えるよりも前から存在している。時計塔は悪が蔓延ってから封鎖され、終結以降は誰かが時計塔に入った記録はない。そして多くの窓ガラスは破られ、チャペルには自然が入り込んでいた。

 それが事実。けど矛盾がある。



「……朱乃ちゃん?」


「ねぇ、どこかで魔力の痕跡を見かけた?」


「痕跡って?」


「魔力に汚染された緋色の土壌とか、その懐中時計みたいな赤銅色のレリック。一度でも魔法を経験した人は魔力が多いところに行くと背筋がゾワゾワする……らしい」


「んん……なにもなかったかな。でもあたしが見逃してるかもしれないから、翼ちゃんからもう一回カメラ借りて確認する?」


「ううん、そこまでしてもらわなくて大丈夫。わたしも見た覚えないから」



 マナの頭上にぼんやりと浮かぶクエスチョンマークを見て見ぬフリ。

 わたしがあそこで拾った赤銅色の鍵は間違いなくレリック。誰が作ったのかはこの際どうでもいいとして、問題はあるはずのないものがあること。どうして封鎖されていたはずの時計塔に魔法少女の痕跡があるのだろう。

 考えられる可能性は元々あの倉庫に落ちていた鍵が魔法少女の魔力を帯びたことでレリック化。だけどあの倉庫にも時計塔にもレリック化したものがないことから、誰かが封鎖されていたあの建物に持ち込んだと考える方がだろうだろう。


 その誰かとは? そんなの、レリックを生み出せる魔法少女しかいない。


 けど世界の救世主は何のために封鎖された時計塔に出入りしていたのだろう。この謎が違和感の正体ならば、わたしはまだここでやることが残っている。



「アータイヘンだァー。どこかでスマホ置いてきちゃったぁー。探してくるから先に帰ってて」


「えっ? 朱乃ちゃん? スマホなら……」



 引き止める声に脇目も振らず時計塔へと引き返す。さほど時間はかからず風紀委員の二人を発見できたのは幸いだ。学校へ提出する資料の補足なのだろうか、建物の外観を撮影している最中だった。



「あれ、海琳氏。そんなに慌ててどうしました?」



 実は——と、先ほど思いついた出まかせを口にする。鷺谷は余計な仕事が増えてうんざりしていたが、ごめんなさいと何度も頭を下げていると渋々了承してくれた。



「手伝いま……や、ここはお二人に任せましょう。ね?」



 夏目の存在は心強いのだが、今に関しては人数が少ない方が都合がいい。彼女には道に不慣れな二人を手伝ってほしいと頼んだ。そんな彼女の背中を見送ると、鷺谷は口を開く。



「で、本題は? どうせ落とし物なんて嘘っぱちでしょう。今日のところは手を貸してあげるから、さっさと終わらせましょう」



 もう今更驚くまい。もとより彼女は「天眼」と持て囃される愚かな人間よりずっとずっと真実を見据えている。こんな虚構だらけの世界でも鷺谷彩葉は苦でないのだろう。




「——確かにこれは、あなたの推理どおりレリックね。お手柄よ。でも他に私が言いたいこと、わかるわね?」


「お説教は後でゆっくり聞きます。それより他の推理はどうですか?」



 時計塔の外周を歩きながら包み隠さず抱いた違和感を説明した。この際、倉庫で発見したレリックは信用のための必要経費として学園に捧げる。

 この時計塔と魔法少女に見えない繋がりがある。そんな推理を矛盾なく説明したつもりだけど、鷺谷は肩をすくめるだけでそれ以上は言及しなかった。でも即座に否定しないというのもシロと断定できる証拠が揃ってないだけで、少なからず彼女にも思う部分はあるのだろう。


 わたしが気になっているところは時計塔やチャペル……ではなく、鍵を見つけた倉庫がある廊下。内部は一度確認しているので今度は外壁を調べてみる。煉瓦の外壁を叩いてみたり、外から部屋の中を照らしたり。けど不自然な点はどこにもなかった。このまま当てもなく探していては日が登ってしまいそうだ。使えるものは惜しみなく使っていこう。



「魔法使えませんか?」


「私が使えるわけないでしょう」


「そうでしょうか。だってその外套もレリックですよね」



 捻くれ者が多い淑女を取り仕切る風紀委員。その長に君臨する風紀委員長の証はたとえ真夜中の聖峰でも圧倒的な存在感を放つ真紅の外套。指環然り懐中時計然り、魔法少女の魔力を帯びたものは例外なく赤く染まる。そのメカニズムを知っていれば一目でわかること。その事実を風紀委員長に知らされていないわけがないのに、彼女はたじろいでいる。



「……わたしには使えない」



 その返答にいつもの覇気がない。こんなに背中が小さく見える彼女は初めて見た。

 鷺谷彩葉は昨年一年生で風紀委員長に就任した聖峰史上初の超人。その快挙の裏にはドロドロとした事件と複雑な人間関係があったそうだが、わたしが入学する前のことなので深くは知らない。けど噂によれば当時の鷺谷はあまり乗り気ではなかったと聞く。当時を知らないわたしは経験による自信の欠如だと勝手に想像していたけれど、堂々とした働きっぷりを見ているとどうも違和感があった。けれども自信の欠如がレリック由来だとしたら、いろいろと合点がいく。


 ま、こればかりは本人とレリックとの相性がある。あえて敵に塩を送る真似はしたくないが、鷺谷彩葉に責任はない。それに完全無欠の風紀委員長をトップに添えた盤石な体制が後二年続く事実には、数多の淑女も頭を悩ませている。魔法が使えない程度で落ち込む必要は全くない。

 しょうがない。敵に手の内を晒すことになろうとも、面倒を省けるのなら惜しみなく晒そう。まぁ、鷺谷にはネタが割れているのだけど。




 視界を閉ざす。現実と意識とを切り分ける。

 世界は奇跡を歓迎する一方で、奇跡は世界を好まない。

 奇跡が愛おしむのは類稀な才能を持つ人間だけ。気に入った人間には魔法という名の神秘の一部を授けるものの、地上に溢れかえる大多数の凡人には見向きもしない。だから人間は未だに魔法を掌握できないのだ。逆に一度でも奇跡に好かれてしまえば、魔法なんて水中を泳ぐより造作もない。




「——見つけた」



 胸の高鳴りに誘われ見えざる道へ歩を進める。目的地の手前で足を止めたわたしは一度その場でしゃがみ込み、靴紐を結ぶフリをしながら足元の石を拾った。



「靴紐、解けてますよ」「あら、悪いわね」



 厄介なお目付け役の気を逸らす。昼間なら一瞬で気づいたことも夜なら一瞬誤魔化せる。この隙に——えいっ。がっしゃん。



「紐なんて解けてな……は? へっ? な、なにしてんのっ!」


「わー急に窓が割れてびっくりぃー」


「ずいぶんと白々しい。あーあー、先生にどう説明しよう」


「どうせ取り壊す予定なんですから些細なことです。そもそも勝手に割れたんだから仕方ない」


「あなたが割ったんでしょうに!」


「でもその瞬間を目撃してませんよね。証拠不十分で不起訴でーす」



 散らばるガラスの破片に注意しながら内側からクレセント錠を回して窓を開ける。準備万端、いざ中に突入——の前に、怒りでわなわなと肩を振るわすあの子をどうにかしないと。



「チャペルから二つ目と三つ目の倉庫、ちょうどわたしたちが持ち場を分けた部屋の境目に空間が見えました。人一人が通れるくらいの狭い廊下と地下に続く階段です。どこかに秘密の入り口があるのは明白。あるとするならわたしが担当した書庫でしょう。本棚の裏に秘密の入り口なんて定番ですから」



 もはや見えないものが見えたとして鷺谷は驚かない。それとも状況が状況とはいえ強引に進めすぎたのが気に入らないのだろうか。でもこの場に限って困るのは鷺谷だけ。わたしの秘密の一端に触れた代償と思えばこれくらい安いものさ。


 無言ということは説得の成功を意味していると勝手に解釈した。わたしは窓ガラスを割った部屋——聖書が並んでいた書庫——に侵入。通路が隠されていると思われる壁の前にはわたしの身長よりも高い本棚が鎮座していた。非力かつか弱い女の子が動かせるわけもなく、ここは頼れる風紀委員長に頼ってみる。



「は? 私が手伝うと思って? ジョーダンじゃない」



 侵入に成功してもなお不機嫌。わたしは良かれと思って……ではなく、老朽化で壊れたんだから仕方ないだろうに。



「お願い、手伝って? イロハちゃん」



 下の名前で呼ぶのがダメなら「ちゃん」付けはどうだろう。普段より一オクターブ高めで上目遣いのおねだり。これなら警戒も解けて和やかになって協力してくれる、わけもなく。何故か顔を茹蛸みたいにして睨まれる。むぅ、余計に怒らせちゃったかな。


 鷺谷の協力は諦め、秘密のスイッチがないか一縷の望みを託して本棚とその周辺を探す。だってスイッチがなければこの巨大な本棚を一人で動かさねばならない。動かすにはさらにこの大量の聖書を退かさないといけない。要はどう考えても面倒から逃げられない状態。


 あぁ、神様。どうかどうか、スイッチ一つで本棚が横に可動しますよーにぃ!


 ……現実は無慈悲だった。途方もない書物を一人で一つずつ運ぶ羽目になってしまった。ほんのりと睡魔に襲われながらフラフラの身体に鞭を打ってひたすら本を移動させていく。



「見つけたレリックは使えないの?」



 作業から五分ほど経ち、いささか腰に痛みが出てきた頃、沈黙を破った鷺谷がポケットから赤銅色の鍵を取り出す。

 鍵イコール秘密の扉。そんな単純な方程式なら小学生だって思いつく。しかし魔法とは存外に気まぐれで、レリックの形状がそのまま魔法に反映されることはまずありえない。現にマナの懐中時計だって魔法は空中飛行なのだし。

 でもやってみる価値がありそうだ。鷺谷に鍵を返してもらって息を整える。視界を閉ざして現実とサヨナラ。息を吸って吐いて、大きく吸って……ゆっくり吐いて…………



「見られるとちょっと恥ずかしい」


「あら、ごめんなさい。直に魔法を見るのが珍しくて、つい」



 人の好奇心は無碍にできない。たとえ宿敵だろうと悪気がなければ強くは出れない。こそばゆい視線に耐えながら無理矢理平静を取り繕った。気を取り直してもう一度。手のひらにあるレリックの存在を強く意識した。その直後だった。



「「あ」」



 手元からの不穏な物音に二人珍しく声が揃った。肉眼でもはっきりと確認できるヒビ。一度でも崩壊が始まれば止めるのは不可能。触れるまでもなく風化してバラバラに砕けてしまった。その失意たるや語るまでもない。



「あなたはどれだけ罪を重ねれば気が済むの?」


「ち、違う! 今回はわざとじゃないっ」



 しかし必死に弁明したところでレリックが治るわけでも鷺谷の憤怒が消えるわけでもない。余計な一言で鷺谷の怒りを焚き付けるよりか潔く退いた方が最善だ。謙って下手に出れるわたしこそ聖峰に相応しい淑女ではなかろうか。

 でもなんで砕けたんだろう。いつもと違うこともしてないし、そもそも砕けたレリックなんて見たことがない。もはや原型は留めていないものの、後日専門家に会った時に見てもらおうと手のひらに残った一番大きな破片だけは回収してポケットにしまった。


 結局は信じられるのは己の力と地道な作業というわけか。途方もない作業量に辟易するが目的のため再び本棚に手を伸ばす——も、世界に異変が起きていた。思わずわたしも目を疑う。


 聖書に伸ばしたはずの手が空を切る。一度ならず二度三度。つい先ほどまで難なく触れた聖書が霧と化していた。しかも聖書だけでなく本棚までも触れなくなっていた。振り向けば自ずと鷺谷と目が合う。息をのむ光景にも彼女は瞬き一つしない。さすがは聖峰女学園の風紀委員長だ。わたしたちにはもう進む以外の選択肢はなかった。意を決して全身で本棚にぶつかる。目の前の障害物はホログラムのように透き通り、本棚の裏のその先の空間へ踏み込めた。

 

 外や書庫の中は幾許の月明かりが頼もしかったが、隠し通路の中は完全な暗闇。ヘッドライトとわたしの目を持ってしても下り階段の先にあるものが見えない。それにここはもう魔法の支配下。たかが一段下りるだけでも慎重に進まないと——



「イロハちゃん」


「わかってる。私が相手するからあなたは先に」



 今、背後から確かに足音が聞こえた。鷺谷も気づいているようだから間違いない。

 こんな夜更けに出歩く不審者なんて魔女警邏だけ。その不審者の正体こそこのわたしなのだから、今いる人物は正真正銘の不審者。少なくとも碌でもない人間には違いない。


 これまで散々と風紀委員に追われた身として、彼女たちの追跡能力と捕獲技術は嫌というほど身に染み付いている。だから怪しい人間は全て鷺谷に丸投げした方が安心だ。不安があるとすれば視界が真っ暗で襲われた時に上手く対処できるかどうか。そもそも相手が魔法を使役しないとも限らなかった。

 心配しつつも鷺谷は壁をすり抜け書庫に戻る。わたしは聞き耳を立てて様子を見守る。

 今のわたしたちが行なっている行為は学園の許可を逸脱した探索。この秘密の通路が学園によって都合の悪いものである可能性も十二分に考えられた。帰りが遅いと怪しんだ学園関係者が様子を見に来た可能性だってある。



「あなたにお客様よ」



 その声に警戒心はなかった。わたしにお客さんとは何事? もしかして仕事を終えたカナちゃんかな。ならば隠れる必要もないので書庫の方に引き返した。



「……マナ、どうしてここに」



 外辺には両頬をハムスターみたいにぱんぱんに膨らませたマナが立っていた。丸出しの敵意は風紀委員長ではなくわたしに向けられたもの。その手にはわたしのスマホもあった。

 あ、そういや、わたしのスマホはマナに預けてたっけ。



「翼ちゃんと夏目先輩は先に宿舎に戻ったよ。あたしは朱乃ちゃんにスマホを返そうと思ってついてきたんだけど……これはどういう状況?」


「えと、その、どこからご覧に?」


「ずっとだよ。朱乃ちゃんが窓ガラス割ったところもバッチリ」


「おい、お前」



 こんな時に告発するなといつもなら強気に反論していただろう。しかしわたしもバカじゃない。二対一という圧倒的不利な状況に抗うほど物分かりが悪い人間ではない。うなだれながら白旗をあげて降参。陽気な魔法少女のお弟子さんと冷酷な風紀委員長なら心が広いはず。きっと笑って許してくれるはず。そうであってほしい。



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