第7話 婚約
顔合わせの席には姉も同席することになった。
父は大反対したのだが、同席させなければ大声で邪魔をすると言われては同席させずにはおれなかったのだろう。ただし同席させたからといって邪魔しないとは限らないのではないかと思ったが、目の届かないところで暴れさせるよりは目の前で制止できるようにしたいのかもしれない。
「……もっと目立たないドレスがあっただろう?」
濃いサファイアブルーのドレスを着た華やかな姉の姿に、父が小声で文句を言う。
もちろん姉が黙っているわけがない。
「あら? 目立たない方のドレスですわ」
確かに姉のドレスはどれも華やかだが、目立たない方かどうかはアデレインとしても疑わざるを得ない。だが、にっこりと微笑む姉に反論したところで意味はない。
「……アデレイン、少し地味だけれど、貴女を引き立たせるとても素敵なドレスね。そんなきれいな姿を見せる必要はないわ。今すぐ着替えてきなさい」
どうやら褒めてくれているらしい。
アデレインが着用しているのは、瞳と同じ灰青色のドレス。銀の刺繍が繊細に施されていてお気に入りだ。
「ふざけたことを言うな」
「……お父様も着替えてきていいのですよ? お相手はわたしができますもの」
「そんなわけにいくか。いいな、絶対に大人しくしていろ」
「まぁ、いつも通り大人しくしていますわ」
「全然信用ならん」
父が大きくため息を吐いた。
* * *
顔合わせはオルダートン侯爵邸の応接間で行われた。
サイモン・フェアモント様は、とても精悍な顔立ちであった。
(……こんなに素敵な方でも、愛する方と結婚できないのですね)
姉や学友たちが望む恋愛結婚とは、ずいぶんと難しいものではないかとアデレインは思った。
フェアモント伯爵と伯爵夫人は、アデレインが同席していることに驚いたようだったが、父が事情を説明すると申し訳なさそうに頭を下げられた。
「オルダートン侯爵、謝るのはこちらの方だ。愚息がしょうもないことばかり言うのが悪い」
「全くですわ」
口を挟んだのは姉で、父が姉をじろりと睨む。
「いや、しょうもないのはうちの娘も一緒だ」
そう言って姉を見る。姉はふんと鼻を鳴らした。
「……アデレイン嬢、本当に宜しいのですか?」
心配そうにアデレインに声を掛けてきたのはフェアモント伯爵夫人だった。その慈愛に満ちた眼差しに、アデレインは心を決めた。
「はい。わたくしは恋愛結婚というものがよく分かりません。それよりは、お優しい伯爵や伯爵夫人、それから、他に想う方がいらっしゃるとはっきりしているお相手と暮らす方が安心できます」
アデレインの言葉に伯爵と伯爵夫人が顔を綻ばせた。
* * *
「……本当にいいのですか?」
顔合わせのあの場では一言も発さなかったサイモン様が、アデレインと二人で庭園に放り出されたら口を開いた。
「ええ、別に。愛されない方が楽ですし」
「……私もそう思えたら良かった」
サイモン様の目は遠くを見る。
止まったままの足はどこへ向かうこともない。
(おひとりにさせた方がいいのかしら?)
アデレインはサイモン様に声を掛けず、庭園の奥へと進む。
そこにはお気に入りの東屋がある。
ひとりベンチに座り、遠くから動くことのないサイモン様を見た。
(大変なのはわたくしの方ではなくて、サイモン様の方なのね)
サマーホワイトの木の下で立ち尽くす美青年に、アデレインはそう思った。
その一か月後。
姉の反対を無視して、アデレインとサイモン様の婚約は正式に結ばれた。




