第6話 過去
「星の夜は参加するそうよ」
休日の昼下がり。
いつものように姉の膝の上にはコンスタンス。きゃっきゃと楽しげな声が庭の東屋に響く。
姉はコンスタンスを相手にしながら、とても不満そうな顔をしている。
「……お姉様、コンスタンスにそんな顔を見せないでください」
「大丈夫よ、笑ってるから」
確かにそうなのだが、それはどうなのだろうか?
ちらりと侍女へ目を向けると、意図を読んだ侍女が「失礼します」とコンスタンスへと腕を伸ばす。
姉も特に何も言わず、コンスタンスを侍女へと預けた。侍女の腕の中でも小さなコンスタンスはニコニコと笑顔を浮かべている。とても人懐っこい子だ。
「お義母様、僕も」
「……ごめんなさいね」
空気を読むのが上手すぎるパーシーが椅子から降りて、侍女の後をついていく。申し訳ないとは思うが、姉が話題に出そうとしているのが元夫の話であれば、聞かせたくはない。
「ほんと、あの子はいい子ね」
姉はパーシーの後ろ姿をジッと見つめている。
「そう思うなら、あの子の前であの人の話をしなくても」
「……そうね。ちょっと考えなしだったわ」
姉は素直に謝った。
「で、あの人が『星の夜』に参加されるのが気に入らないのですか?」
「当然じゃない!!」
姉は青い瞳をカッと見開く。
(……きれいな青よね。あの湖と同じ色)
元夫の領地にあるフェアリーリーフ湖。
アデレインのお気に入りの場所だった。
離縁してしまったので行きにくくなったのが、本当に悔やまれる。
「……アデレイン。わたしが今話をしているのに、どうして意識をどこかに飛ばすのかしら?」
「つい」
「つい! じゃないのよ。貴女いつもそうよね?」
「……」
はぁと姉が大きくため息を吐くが、アデレインにしてみれば姉の話に同意できないので、聞き流そうとしているだけだ。なにしろ、反論すればその十倍ぐらいの勢いで姉にやり込められるのだ。
「そもそもよ!!」
姉はアデレインを見据えた。
「離縁するぐらいなら、結婚しなければいいじゃない」
言いたいことは分からなくはない。が。
「離縁するつもりは、あの時はなかったのでしょう?」
「……それなら、最後まで」
「あの人は最初から最後まで、誠実だったわ」
そう、アデレインの元夫は、最初から最後まで誠実だった。
彼の愛すべき人に。そして、アデレインに対しても。
* * *
「絶対に嫌ですわ!!」
かれこれ一週間、オルダートン侯爵邸で交わされるやり取り。
父の執務室のドアはきちんと閉まっているのだが、姉の大きな声が漏れ聞こえてくる。内緒にするつもりがあるのかどうか、十六歳のアデレインには判断がつかない。
平行線のままの話し合いを終わらせるため、アデレインは目の前のドアをノックした。
「アデレイン?」
「……どうした?」
学園の制服姿のままのアデレインを、姉と父が驚いたように見ている。
「お父様、お姉様とこれ以上話をされても意味がないかと」
姉はとても頑固だ。嫌なものは嫌。一度嫌だと思えば、その意思を変えるのはほぼ無理だ。それに姉に嫌な思いをしてほしくない。だから、その提案はアデレインにとって自然なものだった。
「代わりにわたくしが、サイモン・フェアモント様の婚約者になります」
「な、なにを言っているの!?」
「……お前はまだ十六歳だぞ」
姉と父が驚きながらも反対してきた。
そんな二人を相手に、アデレインは冷静に話を続ける。
「お父様は、フェアモント様との婚約を成立させたい」
「……う、それは、そうだが」
「そして、お姉様はフェアモント様と婚約したくない」
「当然だわ!!……ってそうじゃなくて」
ローテーブルを挟んでそれぞれのソファに座っている二人は、困惑した表情を浮かべている。
アデレインは父も姉も大好きだ。
その二人が毎日のように同じ話をし、喧嘩をしているのは好きではない。
「わたくし、別に好きな方もいないですし」
「今はいなかったとしても、そのうち誰かを好きになるかもしれないじゃない!!」
「そうだったとして、お父様が選んだ方と結婚するつもりでしたし」
「……いや、お前の相手はもっとお前に相応しい」
「でも、フェアモント様はお姉様に相応しいと思われたのでしょう?」
「……」
「……」
父と姉が揃って無言になった。
「お相手の方は二十二歳。わたくしとは少し歳が離れていますけど、別に珍しいことではありませんわ」
「……ダメよ!!」
「それにお姉様。わたくしフェアリーリーフ湖の近くで生活できるなんて、素敵だと思いますの」
「……貴女ね!!」
「お姉様はお相手を探したりするのは好きだと思いますけど、わたくしはそういうの面倒です」
それは事実だった。
アデレインはこれといって目立つ容姿でもない。姉のように華やかな金髪碧眼であれば、なにもしなくても申し込みは殺到するが、アデレインは灰色がかった琥珀色の髪に灰青色の瞳という非常に地味で、どう考えても相手選びには手間取りそうである。
それなら今この話に乗ってしまう方が楽だと、本気でアデレインは思っていた。
「アデレイン。ダメよ。相手の男は他に好きな女がいるのよ」
そう、姉がもっとも嫌がっているのはそこなのだ。
それとて、アデレインには気にならない。
「ええ。ですから下手にこちらも気を遣わなくてすみます」
「はい!?」
姉が目を真ん丸にしている。そんな様子がとても可愛らしいとアデレインは思う。
姉は愛し愛されたいのだ。情熱的でまっすぐな姉らしい結婚観。でもアデレインは違う。
「相手がこちらに何も求めないんですもの。とっても楽だと思いません?」
同じ年頃の令嬢たちは恋愛を好む。でも、アデレインの中にその熱量はない。求められて求め返す。それはなんだか大変そうに思えるのだ。
だからアデレインにとって、この婚姻は好都合だった。
「……貴女、おかしいんじゃない?」
姉は信じられないとばかりに、唖然とした表情でアデレインを見ている。父は父で頭を押さえている。
「貴女まだ十六歳よ!! これからとっても素敵な人と出会って」
「絶対に出会えるとは限らないでしょう?」
「出会えるわよ!! アデレインはとっても可愛いもの」
「……それはお姉様のひいき目です」
「そんなことはない。お前は可愛い」
唐突に父が乗り出した。このままでは論点がずれてしまいそうだと思い、二人の訴えを無視して、婚約の話へと戻す。
「では、まずフェアモント様と顔合わせをさせてください」
「ダメよ!!」
「……」
姉は即答だったが、父は考え込み始めた。
アデレインは父の返事を待つ。
「分かった」
「お父様!?」
姉が叫んでいるが、父はそれを手で制した。
「来週顔合わせに来る予定だった。その席にお前を呼ぶ」
「ありがとうございます」
「ダメよ!!」
「……もう決めた」
姉の反対を無視し、父はそう言った。




