第35話 三年目② 新人女官
四月になり、新人が配属された。
それも四人も。
先輩女官たちがこっそり教えてくれたのは、特例というよりは異例だということ。
その理由は何となく推察できた。
四人のうちの一人。
カサンドラ・モントローズ。
モントローズ公爵家のご令嬢だ。
モントローズ公爵家は、キャロライン王妃の後ろ盾ともいえる家だ。
同時に配属された他の三人は、彼女の取り巻きだった。
では、なぜ公爵令嬢が王妃付きの女官として配属されたのか。
王妃様を支えるためだろうと、誰しも思っていた。
だが、思惑が違うことは二週間もすれば明らかになった。
「ヒューイ様」
カサンドラ様はヒューイ様の姿を見つけると、すぐ声を掛けた。
仕事なのだからと、アデレインは見ないふりをする。
ただ、その姿を目撃するのはアデレインだけではない。
先輩女官たちだって見ているわけで。
「ヒューイ様で浮かれる気持ちは分かるけど、仕事もちゃんとしてほしいわ」
先輩女官の鋭い目が、カサンドラ様に向けられている。
「……カサンドラ様はヒューイ様と組まれて仕事をされていらっしゃるから」
「そうかしら?……どう見ても、ヒューイ様の足を引っ張ってるようにしか見えないわ」
「新人ですもの。わたくしの時もそうでしたわ」
「……貴女、本気でそう思ってるの?」
「……浮かれてはいなかったと思いたいです」
「そうね。浮かれもしてなかったわね」
先輩女官がなぜかため息をついた。
それきり彼女のことを話題にされなかったのは、先輩女官のやさしさだと思う。
だが、アデレインにはそれが余計に堪えた。
(……わたくし、傷ついているように見えるのかしら?)
ヒューイ様は形だけの婚約者で、アデレインにとっては飼っている大型犬のはずだ。
(飼い犬が他の人間に懐いてたら、飼い主は嫌な気持ちになるのかしら?)
ヒューイ様を飼っていても、本物の犬は飼ったことがない。
本当の飼い主の気持ちは分からない。
でも、どうかそうであってほしいと願う。
そうでなくては、この気持ちをどう処理していいのか分からない。
アデレインはちらりと、ふたりの姿を見てから、先輩女官と共に女官室へと急いだ。
* * *
日々の忙しさが、体に蓄積されていく。
季節は春から初夏へと移り変わる。
六月の週末。
ヒューイ様が来るのを待つ間、アデレインはオルダートン侯爵邸のサロンで、ソファに体を預けていた。
アデレインは新人ではなく、もう四年目の女官だ。
割り振られる仕事も徐々に重くなっていく。
特に今年は優秀だった先輩女官がひとり、退職した。
その穴埋めを皆でしていて、例年以上に忙しい。
そこに四人も新人が来たのだ。
瞼が重く感じられて、ゆっくりと目を閉じる。
(……あぁ嫌だわ)
脳裏に浮かぶのは、ふたりの姿。
ヒューイ様とカサンドラ様。
どちらも光を放つようで、眩しくて。
見かけるたびに目を逸らすことしかできない。
(お似合いって……言葉がぴったりだったわ)
アデレインは考えるのを放棄した。
それくらい疲れていた。
* * *
ぬくもりを感じた。
頭を撫でる優しいぬくもり。
心地よくて、もっと撫でてほしくて、撫でやすいようにと頭の位置を動かそうとして、アデレインは目を覚ました。
膝の上だということを、すぐに理解する。
誰の、だなんて考えなくても分かる。
アデレインにこんなことをするのは一人だけなのだ。
慌てて飛び起きようとして、アデレインの顔を覗き込んでいるヒューイ様と、鼻先が触れそうになる。
アデレインの頭は再びヒューイ様の膝の上に着地した。
「……残念」
「ヒューイ様……」
文句のひとつも言いたいのだが、アデレインの髪に触れる手が優しくて、胸が苦しくなる。
「疲れているんだろう?」
目尻に触れられ、ちょっとだけくすぐったい。
「平気です」
そう返しながらも、起きる気になれない。
このまま、このぬくもりの中で眠りたい。
「たまには僕が甘やかすのもいいよね」
「……大型犬に守られるってこんな感じですのね?」
アデレインはそのまま目を閉じる。
自分がどれだけ無防備な姿をさらしているかなんて、思いもしない。
(よく眠れそうですわ……)
閉じた瞼の裏には、子供の自分が大型犬の腹の上で眠る姿が浮かんだ。
(わたくしの犬はとってもあたたかいわ)
アデレインはそのぬくもりへと静かに落ちていった。




