第34話 三年目① あと一年
あと二週間で、今年が終わる。
オルダートン侯爵邸のサロンでは、パーシーが暖炉の前で火に当たっていた。
「お義母様、女の子はどんなものが好きなんですか?」
とてもませた発言をするようになってしまった。
まだ十一歳だというのに、パーシーの行く末が不安になってきた。
「アデレイン、僕も知りたいかなぁ。君はどんなものが好きなのかなぁ?」
二十一歳にもなって子供じみたことを言うよりは、良いのかもしれない。
アデレインはヒューイ様を無視して、パーシーを手招きする。
パーシーは目線だけでヒューイ様をどかし、アデレインの隣へと座った。
以前はアデレインの膝の上に乗ってくれることもあったのに、もうそれもしない。
きちんと距離を保つところは、とても紳士的だ。どこかの大型犬と違って。
「まずね、パーシー。女の子をひとくくりにしてはダメよ?」
「え?」
「パーシーとセオドア様だって、本好きでとても性格が似てはいるけれども、細かく見れば違うでしょう?」
「うん。テオは冒険譚も読むけど、それよりも歴史の話が好きなんだ」
「ね。それと一緒で、女の子だってみんな違うの。例えばわたくしは、ニンジンが好きだけど」
「あ! コルネリア様はニンジンが嫌いだ」
「そうなの。だから、わたくしに訊いても参考にはならないわ」
「……でも、アイリス嬢に直接訊くのはカッコ悪くない? ……それと誕生日プレゼントを贈りたいんだけど……その、お義母様……買ってもいい?」
アデレインは悩んだ。
誕生日プレゼントを贈りたいというその気持ちを無下にしたくはない。だが、アイリス嬢とそのご家族が良しとするのかが分からない。
パーシーがアイリス嬢に向ける好意を、ご家族の方はいつも微笑んで見守って下さっているが、果たしてそれを鵜呑みにしていいのか。
「シルバートンのお菓子はどうかなぁ?」
パーシーの反対隣から、ヒューイ様が声を掛けてきた。
「好きなものは分からないだろうけど、お菓子は食べてるよね? お茶会で」
「……甘いものが好きだって言ってた。でも……僕、お菓子とかじゃなくて」
「パーシーの気持ちは分かるけど、アイリス嬢だって、君から贈り物をもらっても受け取っていいか悩むと思うよ」
「……そうなのかなぁ」
「うん。僕だってアデレインに受け入れてもらうために、手順を踏んだよね?」
(そうだったかしら……?)
とりあえず口には出さなかったが、アデレインは少しだけ疑問に思った。
「それと同じ。まずはお菓子から行こう。相手が受け取りやすい物から」
「……うん」
納得できない様子のパーシーに、ヒューイ様は言葉を続ける。
「パーシー、自分の気持ちを押し付けちゃだめだよ」
アデレインはまた首を傾げたくなった。
「うん。僕もヒューイ様みたいに、ゆっくり頑張るね」
なぜか強まる二人の絆に、アデレインは眩暈を覚えた。
* * *
キューピッドを気取るパーシーは、質問を終えるとアデレインとヒューイ様を残し、勝手に自室へと戻ってしまった。
(もう少しいてくれてもいいのに)
確実に親離れは進んでいるし、アイリス嬢に夢中だし、アデレインはため息をつく。
(成長したと喜ぶべきだとは思うのだけど)
一抹の不安はあるものの、紳士へと成長していると思う。
おどおどしていたパーシーはもういないし、好きな女の子のために贈り物をしたいという、その気持ちは微笑ましい。
「アデレイン、寂しいなら膝に乗る? それとも僕が膝に乗る?」
いつの頃からか大型犬は勝手にアデレインのことを名前で呼ぶ。
それに対して、いちいち反論するのも疲れ、アデレインは『犬語』だと思うことにした。つまり鳴き声だ。
ヒューイ様の手がポンポンと自身の膝の上を叩いている。
大型犬のしっぽが見える。こちらは寂しく思っているのに、それをダシに甘えようとしているのだ。
サロンのソファに常備されているクッションをアデレインは膝の上に置いた。
膝枕の合図だ。
ヒューイ様の頭が、アデレインの膝のクッションに乗る。
ちょっと重いが、ヒューイ様の膝の上に乗せられて、ぎゅっとされるよりはこちらの方がアデレインは好きだ。
後ろから抱きかかえられるのは、少し落ち着かない。
何をされるのか分からない、などとは口が裂けても言いたくなかった。
それではまるで犬を犬と捉えていないことになる。
アデレインの膝の上で、金色の髪が広がる。
手を差し込めば、いつものやわらかい感触。
「くすぐったいなぁ」
「やめます?」
「ううん。気持ちいいから続けて?」
「……耳を引っ張ったら怒ります?」
「え?」
アデレインは形のよい耳へと手を伸ばし、触れる寸前で手を止めた。
ヒューイ様の肩がびくりと震えたのだ。
「……耳、触りたいの?」
「違います。引っ張りたいんです」
「……いいよ。でも、痛くしないでほしいんだけど」
「善処します」
「え~怖いなぁ」
ヒューイ様が喋るたびに、クッションを通して振動が伝わる。
不用意にアデレインに触れないように、少し窮屈そうにしているのを見るのが好きだ。意地悪している気になって楽しくなる。
(わたくし、かなり性格が悪いですわ)
ヒューイ様を膝に乗せるようになってから、気づいたことだ。
困らせるのがとても楽しくなっている。
アデレインはヒューイ様の耳に、今度こそ触れた。
怖いのかなんなのか、ヒューイ様の肩がびくびくとしている。
(かわいい)
ふっと息を吹きかけたくなって、さすがにそれはやめた。
むにむにと耳たぶの感触を楽しみ、痛くないように気を付けながら伸ばしてみる。
「ふふ」
楽しくなって声を上げた。
「……アデレイン」
「なんです?」
「あと、一年だよ」
アデレインの手は止まった。
ヒューイ様の頭が動いて、ローズピンクの瞳がこちらを向いた。
下からまっすぐに見上げてくるその真剣なまなざしに、アデレインはどうしたらいいのか分からない。
手をぎゅっと握られた。
「あと一年、僕の耳を好きにしていいよ」
ヒューイ様の瞳が柔らかく細められた。
耳へと誘導される手。
でも、アデレインは怖くなった。
「もっと甘えてよ」
そう言って、ヒューイ様は頭の向きを元の位置に戻す。
「ほら、髪を撫でて、いつもみたいにぐちゃぐちゃにするんだ」
優しい声に導かれるままに髪へと触れる。
ゆっくりと手を動かしていくうちに、落ち着いてきた。
感情をかき混ぜられた腹いせに、ヒューイ様の言葉通りに、髪をぐりぐりとかき回し、ぐちゃぐちゃにする。
「ちょ、ちょっと痛いよ!! ねぇアデレイン!?」
先に苛めたのはヒューイ様なので、アデレインは訴えを無視した。




