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――貴女を愛してほしいの。 離縁した侯爵令嬢は、三つ年下の青年に求婚される  作者: 星見蒼


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第29話 二年目③ スープの甘さ

 アデレインは、パーシーの蕾のお茶会について考えに考えた末、姉に相談することにした。


 オルダートン侯爵邸にやって来た姉と、サロンで話をする。

 

「パーシーのお茶会?」

「ええ」

「そうね。王都に来てから二年も経つし、そろそろヒューイ様以外のお友達がいた方があの子にもいいでしょうし」

「……そうなの」

「フェアモント領ではどうしていたの?」

「あの子の本当のご両親が亡くなってすぐに養子にしたから、落ち着くまでは、って。お茶会は開いていないし、参加もしていないの」

「なるほど」

「それに、あの子は人の気持ちに敏感でしょう? どうしようか悩んでいる間に離縁になったわ」

「あぁ……そうね」


 テーブルの上には、先日ヒューイ様が持ってきてくださった焼き菓子。

 その一つを姉は手に取り、口へと運んだ。


「美味しいわね、これ」

「シルバートンの焼き菓子です」

「あぁ、そういえば、あのサロンは公爵家ご用達ですものね」

「え?」

「え?……って、貴女知らなかったの?」

「し、知りませんでした」


 改めてテーブルの上を眺める。

 蜂蜜とレモンのマドレーヌ、ピスタチオのフィナンシェ、木苺とアーモンドの焼きタルト。

 形や色味が綺麗なだけではなく、どれも美味しい。


「このお菓子が食べられるだけでも、ヒューイ様と結婚する意味はあるんじゃなくて?」


 にんまりと笑う姉。

 一瞬だけいいかもと思ってしまったのは内緒である。


「今は、その話はしていません」

「絶対に揺れたわよね」

「……うちのシェフも負けてませんし」

「確かに。それに貴女も美味しいお菓子を作れるしね」

「……ここまでは無理です」

「あら、そこに愛情という要素が加算されて、同じくらい美味しいわ」

「意外と甘い採点でしたのね」

「当然じゃない」


 ふふっと笑う姉に、アデレインは心を決めた。


「お姉様、どこか良いお茶会は知りませんか?」

「……その感じだと、公爵家と関わりが薄そうなところが良いのね」

「さすがです」


 何かを言いたげに口を開きかけた姉だったが、それをため息に変えた。


「分かったわ。あまり遅くならない方がいいでしょう。来週までに探しておくわ」

「いつもごめんなさい」

「いいのよ。いずれコンスタンスも参加することになるわけだし、その下調べと思うことにするわ」

「……ありがとうございます」

「ええ。あ、お礼は貴女のお菓子でね」

「分かりました。キャロットケーキもつけますね」

「それは要らないわ」


 姉は紅茶のカップを口元へと優雅に運んだ。



 * * *



「オルダートン嬢」


 仕事終わり、馬車寄せに行くとヒューイ様が立っていた。

 いつもより真面目な顔をしていて、そういえば王宮ではこういう顔だったと思い出した。以前は仕事で組まされていたのだが、婚約者になってからは、仕事が被らないように配慮されているらしい。


「……ヒューイ様?」

「ちょっと話があるんだけど」


 そう言いながら周りを見渡す。

 さすがに周囲の目が気になっているらしい。


「ん~。どうしようかなぁ」

「うちに来られますか?」

「……すごい、破壊力のある誘い」

「いつも来てますよね? 勝手に」

「そうなんだけど。君から誘われるのは別だと思わない?」


 先ほどまでのキリリとした顔が一気に崩れた。


「パーシーに話を聞かれたくないというか……うーん」

「……姉の家にします?」

「それはそれでグレイスコート侯爵に申し訳ないし……僕の家は君が嫌だろうし」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「あ、サロンにしようか」


 そう決めたらしいヒューイ様はアデレインの手を勝手に引いて、オルダートン侯爵家の馬車に乗り込む。


「あ、あの?」

「シルバートンに」


 公爵家ご用達のサロンの名前を出され、アデレインは目をむいた。

 断りたいと思ったが、パーシーの話らしいことが気になって、大人しく馬車に揺られた。



 * * *



 平日の夜だというのに、サロンは満席らしい。

 

 とはいえ、アデレインはサロンの客席の様子を見ることはできなかった。

 馬車から降りたアデレインは、サロンの入り口ではなく、脇にある小道へと誘導され、そこを進む。目の前に現れたドアをヒューイ様がノックすると、一人の男が現れた。


「急で申し訳ないが、個室を借りたい」

「畏まりました。どうぞこちらへ」


 身なりがきちんとしている男は、アデレインにも丁寧に頭を下げた。


「彼女は僕の婚約者だから」

「ええ。聞き及んでいます。オルダートン侯爵令嬢ですね」

「そう。もし、今後彼女がこちらに来ることがあったら」

「畏まりました。個室へご案内させていただきます」


 勝手に繰り広げられる会話に、アデレインは頭を左右に振ったのだが、男二人に完全に無視された。



 * * *



「時間も時間だから、夕食にしたけど」

「……」


 個室へ案内されて、すぐにテーブルの上に置かれたのはスープ。

 配膳した店員は『春豆と新玉ねぎのポタージュ』と説明した。

 淡いグリーンの色と、漂う薫りに胃が刺激される。


「オルダートン侯爵邸には、遅くなると伝えたから」

「……あの」

「大丈夫。一時間……二時間ぐらいだよ」

「……」

「婚約者なら、常識の範囲内の時刻には帰すから」

「すみません」


 ヒューイ様はいつだって強引なのに、それでもアデレインの心を守ってくれる。

 だからこそ、申し訳なくなってくる。三年なんて待たずに、さっさとアデレインに見切りをつけてくれればいいと思うのに、そうしてくれない。


「冷めたらもったいないよ」

「ええ」


 アデレインはスプーンを手に取り、スープをすくう。

 豆の甘い香りと、玉ねぎの甘い味わい。

 喉を通り、体どころか心まであたたかくなっていく。


「美味しいです」

「僕はここのケーキも好きだけど、スープも好きなんだ」

「……パーシーの話とは?」


 まったりとした空気を、アデレインは断ち切る。


「ああ。うーん、パーシーには絶対に内緒っていうか、僕が話したって言ったら口を利いてもらえなくなるから、絶対に言わないでほしいんだけど」


 そう言うと彼は、懐から一枚の紙を取り出した。

 そして、アデレインへと向ける。

 受け取って、それを広げると、パーシーの文字。


 延々とアデレインの話が書かれた、その一番下に。


――僕、お茶会に参加しなくちゃいけないんだけど、どうしたらいいのか分からない


 パーシーの不安は、アデレインにではなくヒューイ様へ届けられていた。


「……きっと、君には遠慮しちゃうんだと思う」

「わたし……そんなに頼りないのでしょうか?」

「違うんだよ」


 ヒューイ様はアデレインから手紙を取り上げた。

 それは丁寧に折りたたまれて、ヒューイ様の懐へと仕舞われる。


「書いてある通り、パーシーは君が大好きで……」

「それならどうして?」

「大好きだから迷惑を掛けたくないし、嫌われたくないんだよ」

「……パーシーはヒューイ様のことも好きなはずです」


 そう言ったら、ヒューイ様は笑った。


「ん。僕のことも好きだと思う。あと、もう一回言って。できれば『パーシーは』っていう主語は飛ばして」

「……話を進めてください」

「もう、冷たいなぁ」


 軽やかな口調が、アデレインの心も軽くする。

 ふわりと撫でられている気がする。


「パーシーが一番好きなのは君なんだ」

「……」

「僕に嫌われても、パーシーはちょっと悲しむかもしれないけれど、でも君がいれば平気」

「何を仰ってるのか……」

「でも、君だけは嫌なんだよ」

「……」

「君だけには嫌われたくない。君だけには好きなままでいてほしい」

「……パーシー」

「僕も一緒だからよく分かる」

「……その説明はいりません」


 アデレインは、スープをもう一口飲む。


「だから、どうしても君に言えないこともある」

「……わたしはどうしたらいいのでしょうか?」


 残り少ないスープへと視線を落とす。

 

「ん~。こんな話を持ち出してて、こんな回答もあれだけど」

「はい」

「ただ、傍にいればいいんだと思う」

「え?」

「お茶会では傍にいれないかも、だけど、でも、ずっと見ていたら、それはパーシーに伝わるし」

「はい」

「っていうか、不安な気持ちを抱えて、過ごすことなんていくらでもあるしね」


 アデレインは、はっとした。

 確かにその通りだ。

 守ることばかりに必死になって、パーシーがひとりで立つことを考えていなかった。


「わたくしは、パーシーが不安だということだけを知っていればいいのでしょうか?」

「うん。本当はパーシーは知られたくないと思っているんだけど」

「ええ」

「でも、僕は、君がそれを知っていた方がいいと思うし」

「ええ」

「それに、僕は君がそれを知らずに傷つくのが嫌だ」

「え?」

「何かがあって、後手に回った時に、君は絶対に自分のせいにするだろうし」

「あ……あの?」

「そんなことないって言っても、絶対に自分を責めるし」

「わ、わたくしそこまで頑固……」

「心当たりあるよね?」


 アデレインは反論ができなかった。


「だから、これは。パーシーをダシに君を守りたかっただけ。まぁ別に守ってるとかそんなんでもないか」


 そう言って、ヒューイ様は壁際に控えていた店員に声を掛け、次の料理を用意するように指示した。


 アデレインは、まだ残っていたスープの、最後のひとさじを口に運ぶ。

 それはもう冷めていたけれど。

 甘さは変わらないままだった。

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