第18話 一か月
「お姉様、ヒューイ様に入れ知恵しましたね?」
ヒューイ様から申し入れがあって一か月。
毎週のようにオルダートン侯爵家に来ては、アデレインにしつこいぐらい求婚してくる。追い返すのが躊躇われるのは、彼がきちんとこちらに気を遣って、家紋のついていない質素な馬車で来るからだ。
いっそのこと家紋付きの馬車で来たら、乗り入れるなと文句を言い、即座に追い返せたかもしれない。
「あら? なんのこと?」
にっこりと笑う姉。
だがその笑顔がとても悪い。じっと睨めば、悪びれずに言われた。
「だって、パーシーがとてもヒューイ様のことを好きなんですもの」
「……」
姉の隣からアデレインの隣へと移動したパーシーは待ちきれなかったのか、借りた本を膝の上に置いて読み始めていた。
「ヒューイ様もパーシーを大事に思って下さっているようですし、なんの問題が?」
アデレインは奥歯を強く噛んだ。
姉の言いたいことは分かる。物凄く分かる。
自分が今、どれだけ贅沢な状況にいるのか。
離縁し、養子もいるというのに、ヒューイ様はそれを一切気にせず、アデレインを娶りたいと言っているのだ。はっきり言って破格の待遇である。
「それは……わたくしにとっては、という話ですよね?」
「ええ。貴女にとっては」
「では? ヒューイ様は?」
いくらでも選べるのだ。
こんな減点だらけの自分ではなく、他に誰でも選べる人なのだ。
「そのヒューイ様が、貴女がいいと言ってるのでしょう?」
どうして姉はそんな楽天的でいられるのだろうか?
分からない。
「そんなの……」
「ああ、貴女はヒューイ様が信じられないのですね」
「違います!!」
それはあまりにもヒューイ様に失礼だと思い、思わず叫んでしまった。
本を読んでいたパーシーが驚いたように顔を上げ、姉の膝の上にいるコンスタンスの青い目が大きくなった。
泣かないで、と二人に笑顔を向ける。
コンスタンスは笑った。きゃっきゃと明るい声が響く。
そしてパーシーは。
「僕、ヒューイ様が大好きだよ。だってヒューイ様、お義母さまのことがとても好きなんだ。お義母さまの琥珀色の髪が見れたよって教えてくれたし、とっても綺麗だったって、そう書いてあったんだ」
いったい、いつの話をしているのだろう。
この二人は文通でなんの話をしているのだろうか。
ニンジン同盟の話ではなかったのか。
「あ、あとお義母さまの手作りクッキーとケーキが食べたいって書いてあったから、おすすめも教えてあげたの」
「まぁ、そうなの?」
喉が震えて声が出せずにいるアデレインに代わって、姉が会話に参加する。
「うん」
「パーシーのおすすめは?」
「キャロットケーキと」
「……パーシー、それはおすすめではないわ」
「もう。絶対に美味しいから食べた方がいいのに。それと、ラズベリーのクッキー」
「それはわたしも大好きよ。あれは? イチゴのケーキ」
「僕はメロンケーキが好き」
「あらまぁ、そうなの?」
「うん。だからヒューイ様にもメロンケーキをおすすめした」
「ふふ、食べたいって?」
「うん。毒見役を用意してでも食べたいって」
「……物騒だわ」
姉がぼそりと呟いた。
「相手はブランデルウッド公爵子息様ですから」
アデレインはもう一度言った。
でも、姉も諦めない。
「毒見役を置いてでも、貴女の手作りケーキが食べたいのね」
「……」
「チョコクッキーも食べたいって言ってた!! チョコ好きなんだって」
「……」
「まぁ、そうなの」
パーシーは可愛い。とても可愛い。
そのパーシーをこんなにも手懐けられてしまっていることが悔しい。
「……他にいないわよ」
姉の声は聞こえないふりをした。




