第16話 直接対決
アデレインは姉の家へと突撃した。いつもとは逆である。
「……どうしたの?」
姉が驚くのも当然である。
何をどう言えばいいのか分からなくて、口をパクパクさせてしまう。
「あれ? お義母さま?」
どういうわけか、パーシーまでいる。
遊びに来ていたようだ。これから帰るところなのかもしれない。動揺していたアデレインはパーシーをぎゅっと抱え込む。
(そうよ。わたしは離縁された身で、養子もいて……可愛い可愛いパーシーだけれど)
ブランデルウッド公爵家の子息と釣り合う訳がない。
改めて息を整えた。どう考えても異常な申し込みだ。それなら、姉だって冷静に彼を追い返してくれるはず。むしろ、アデレインよりも上手に否を伝えてくれる。そう、アデレインは思い込むことにした。
結論から言えば、無謀な話だった。
「……アデレインに、婚約の申し込み?」
姉の目がきらりと輝く。
青い瞳がヒューイ様を見据えた。
予想はしていたが、とてつもなく失礼なことを言いそうで、アデレインの胃はキリキリしてきた。
普段は図太いアデレインでも、さすがにこれは辛い。
ちなみに義兄も同席している。パーシーはこの場にはいない。コンスタンスと遊んでいる。
(……わたしもコンスタンスと遊んでいたいわ)
いつものように遠くへ意識を飛ばしかけた時。
「はい。彼女と結婚したいと思いまして」
ヒューイ様の声がアデレインを現実へと戻す。
喉がぐっと鳴りそうになった。
文字では似たようなものを見させられたが、声で聞くのはまた違う。
アデレインの耳にまだ免疫はできていなかった。
「……どうしてアデレインと結婚したいのかしら?」
「え?」
姉の問い掛けに、ヒューイ様は不思議そうに首を傾けた。
「どうしてって……可愛いから、ですけど?」
(ああああああ!!)
アデレインは叫んだ。心の中で激しく叫んだ。
こんなことなら姉を同席させるんじゃなかった。義兄はこの際どうでもいい。とにかく恥ずかしい。身内にこんな話を聞かれるのは恥ずかしくて堪らない。というか、家族以外の男性から可愛いなんて、初めて言われた。
「……そう、可愛いの」
「ええ」
「アデレインは離縁されたばかりです」
「はい」
「……子供もいるのよ?」
姉は敢えて養子という言葉を避けたらしい。
「ええ。パーシーですよね?」
姉の目がアデレインを見た。視線が痛い。これはヒューイ様が帰った後に根掘り葉掘り聞かれる。完全に誤解された。
「そう、パーシーよ。失礼ですけど、ブランデルウッド公爵子息様のお歳は確か……」
「十九です」
「アデレインより三つも年下ね。わたし、アデレインには頼りになる殿方と一緒になってほしいの。分かるかしら?」
姉はヒューイ様にも臆することなく、しかもなんだか偉そうだ。
というか。
(いくらなんでも……恐れなさすぎでは?)
このまま止めなくてもいいのか悩んで義兄を見れば、とても熱い眼差しで姉を見ている。
(ダメだわ。何も見えてない。お姉様しか見てない)
「お、お姉様。ヒューイ様は年下ですけれども……その、しっかりとした方で」
言葉を挟んだアデレインに姉の眉がピクリと動いた。
「あら? 貴女、この婚姻に乗り気でしたの?」
姉の問い掛けに、今度はヒューイ様が反応して嬉しそうに瞳を輝かせる。
(胃が……痛い。もうイヤ……!!)
「違います!! 婚姻は結構です。そうではなくて……」
視界の端でヒューイ様が、がっくりと肩を落としたのが見えた。
アデレインの心は痛むが、ここで変に慰めようものなら、話がまた振り出しに戻ってしまう。
「仕事を共にしたことがある身として、ヒューイ様はとても頼りになる方だと言いたいだけで、それと婚約の話は別です」
アデレインは何とか言い切った。きっぱりはっきり言い切った。
ふぅと心の中で大きく息を吐く。達成感すら感じていたのだが。
「そこを、考えてほしくて婚約の申し込みをしたのです」
ヒューイ様の声が、静かにアデレインの心の中へと入ってくる。
じわじわと沁みて熱を持つ。
「……あの、ですね」
なんと言い返せばいいのか分からない。
アデレインはさっき断ったはずなのに、それを簡単にひっくり返されてしまった。
「話は分かりました」
代わりに発言したのは姉だった。
「ブランデルウッド公爵子息様は、アデレインに結婚歴があり、パーシーという子供がいても、それを承知で婚約の申し入れをしている、ということですね」
「ええ。当然です」
ヒューイ様の声には迷いなどない。
アデレインの心臓はバクバクしていた。
「見ての通り、アデレインは混乱しております」
「……」
ヒューイ様の目がアデレインを見た。
それを受け止めることができず、すっと視線を下に落とす。膝の上の自分の手が震えていて、スカートを握りしめていた。
「すみません。そこまで気が回りませんでした」
まさかの、ヒューイ様からの謝罪だった。
驚いて顔を上げれば、見慣れた笑顔が向けられた。
(あ、諦めてくださったの?)
アデレインは一縷の望みをかけた。
だが、彼の笑みは深くなり、それはとても熱を持っていた。
「ゆっくりと、時間を掛けて、伝えていくことにします」
(だ、か、ら)
すーはーとアデレインは深呼吸をする。
「そういうことじゃないんです!!」
とうとう、声に出して叫んだ。




