第14話 月の夜
八月の終わり。
王宮で開かれる今年最後の夜会、月の夜。
アデレインは壁際に控えながら、ほうっと心の中だけで感嘆のため息を吐く。
(フィオナ様、妖精みたいですわ)
白銀の長い髪が、会場のシャンデリアの光を受けて輝きを放つ。隣に立つサイモン様の濃紺の髪と対を成し、二人が並ぶ姿に誰もが見惚れていた。
(サイモン様がずっと心を奪われていたのも納得です)
姉がフィオナ様を幻と言っていたが、まさに幻のような美しさ。
アデレインは一人満足していた。
* * *
「信じられないわ!!」
夜会の翌日。
休日で家にいたアデレインのもとに姉が飛び込んできた。
「なんなの、あれ!! あれじゃあ、アデレインに魅力がなかったみたいになるじゃないの!!」
とても素直な感想であるが、誰もがそう思っても仕方がない。
それぐらいフィオナ様は美しかったし、二人の雰囲気は愛し合う夫婦そのもの。頬を赤く染めるフィオナ様にアデレインも何度見惚れたか。それにくわえて、初めて見る元夫の蕩けた表情。
(……あんな顔もできたのね)
ある意味衝撃的であった。
だが、アデレインは別に傷ついていない。姉もそれは分かっている。問題としているのは、アデレインの社交界での評判だ。
「しょうがないでしょう。実際そうなんだし」
「貴女!! どうしてそう自己評価が低いの!!」
姉はよくそうやってアデレインを怒るが、地味な色合いのアデレインは目立つことはないし、誰かから容姿に関して評価を受けることは……
――素敵だと思って
不意にヒューイ様の声が蘇る。
そもそもヒューイ様はアデレインの何をどう見て、素敵などという謎の評価をしたのか。鏡で自分の顔を見過ぎたのか、それとも家族を含め華やかな顔を見過ぎて、地味なアデレインが新鮮に映ったのか。
とにかくアデレインは、別に社交界での評判なんて気にしていない。
(あ、でもパーシーに影響すると困るわ)
アデレインの養子である以上、それはパーシーに響く。
そこまで考えが至らなかったことを反省する。母親としてまだまだだ。
「……アデレイン、わたしの話を聞いている?」
「聞いてます。自己評価が低い話ですよね?」
「……違うわ、貴女の婚活の話よ」
「はい!?」
唐突な話題にアデレインは困惑した。
よく見ればテーブルの上には、身上書のようなものが置かれている。
「旦那様が貴女に相応しそうな殿方を選別してくださったわ」
「ちょ……ちょっと待って!!」
「待ちません。このまま貴女の好きにさせていたら、のらりくらりと婚期を見送って、パーシーが成長するのを一人で見届けることになるじゃないの」
「……それでいいのですけど?」
「いいわけないじゃない!!」
姉は激高する。
「でも、別に結婚なんてしなくても」
「わたしはね、貴女に結婚をしてほしいわけではないのよ」
話が矛盾している。それならこの身上書はなんなのか? どうして、義兄にまで頼み込んでこんなものを用意したのか。
「貴女を愛してほしいのよ」
ズキンと胸が痛む。
そんなことを言われても、とアデレインは思った。
「貴女が貴女自身を愛しているなら、こんなことしていないわ」
姉の青い瞳は、フェアリーリーフ湖よりも深い。
あの澄んだ美しい湖よりも、姉の瞳の方が遥かに美しかった。
「だからせめて、誰かに貴女を愛してほしいの」
とても重い言葉だった。




