第12話 周囲の目
先輩女官たちの目が生暖かい。
ついでに言うなら、王妃様の目も生暖かい。
星の夜の騒動は大きな誤解を生んでいる。
といっても、その誤解は社交界にまでは及んでいない。広まっているのはアシュベリー侯爵子息の酒癖の悪さだけだ。巻き込まれたアデレインの話は出てこない。女官姿であったのが幸いしたのか、もしくは。
――ブランデルウッド公爵家を敵には回したくないでしょう
姉はそう言った。
そして女官たちは、
――玉の輿ね……といっても、アデレインは侯爵令嬢ですから、さほど玉の輿じゃないのね
――え~、早い、早すぎます。わたしたちにもまだ夢を見させてください。ヒューイ様の特別になれる夢を
――夢は所詮、夢よ。カッコよかったわねぇ。アデレインを颯爽と守るヒューイ様
――ほんと、惚れ惚れしちゃったわ
と大盛り上がりである。
別にアデレインだからヒューイ様は助けに来たわけではない。
外交儀礼官として夜会で問題が起きないよう動いてくださっただけだと、先輩女官たちにも何度となく伝えているのだが、なぜか誰も納得してくれない。
おそらくヒューイ様がアデレインに、人懐っこく話しかけてくるのが悪い。
今もまさに、王宮の廊下を歩いていたアデレインに、爽やかに声を掛けてきた。
「オルダートン嬢」
ほぼ毎日のように顔を合わせ、時にはパーシーが好きな冒険譚を貸してくださる。そうした貸し借りを目撃されているので、仲が良いと誤解されかねないのは、アデレインとしても分からなくはない。だが。
(どうやって、これを追い返せばいいのよ)
にこにことご機嫌な笑顔に、きらきらの瞳。
無邪気すぎるそれに、アデレインは拒絶をする術をもたない。
一応それとなく、構わないように伝えたこともある。
特に本の貸し借りについては、自分で買い与えるのでいいと断ったのだが。
――え? そしたら、これをパーシーに渡してくれる?
本の中から半分に折られた一枚の白い紙が出てきた。
――これは?
――パーシーと文通しているんだ
眩暈がした。
いつの間にあの子は文通なんて。しかも相手は公爵子息。
確かに本の持ち主については、伝えていなかった。恐れ多すぎて口にもしたくなかったからだが。まさか、それが裏目に出るとは。
――最初にね、ありがとうございますって丁寧なメッセージと、本の感想が書いてあったんだ。
ヒューイ様は嬉しそうに語る。
パーシーからの拙いメッセージを受け取って、ヒューイ様はきちんと返事をしてくださったそうだ。そして、次に本を貸したら、またお礼の手紙が来て、同じように返事をして。貸し借りの本を介して、二人は文通していたらしい。
つまり。
(この本の貸し借りをやめたら、わたくしが文通の受け渡し役で、その都度ヒューイ様から手紙を受け取ったり、渡したり……)
傍から見ればアデレインこそが文通相手に見えかねない。
かといって文通をやめさせるのも、パーシーが可哀想な気もしてくる。
(まだ子供同士のお茶会に参加させてなくて、王都では友達がいない状態だわ)
歳は離れているが、ヒューイ様がパーシーにとって唯一の、身内以外の話相手なのだ。
(……あの子の友達が、ブランデルウッド公爵家の子息様)
改めて考えるとアデレインはくらくらしてくる。
「……パーシーも言ってたけど、本当に人の話を聞いていない瞬間があるよね?」
ハッとした。
仕事では気をつけていたのに、完全に気を抜いていた。いや……違う。ヒューイ様が現実逃避をさせるのだ。アデレインの心中ではヒューイ様こそ原因で悪者だが、口にはできない。
「申し訳ございません」
「いや……いいんだけど。ちょっとぼーっとしてていつもより隙があって、なんか……うーん、上手く言えないけど、見てて楽しい? かなぁ?」
疑問符を付けながら言わないでほしい。
「で、今日もパーシー宛ての本ですか?」
「うん。パーシー読むの早くなったよね」
アデレインも知らないパーシーの変化をヒューイ様に指摘されて、なにやら悔しくなる。
「ええ、字も綺麗に書けるようになってきました」
「あ、確かに」
(……間違えたわ。字に関してはヒューイ様も知っているんだった)
「この間、ニンジンも食べられるようになりました」
「あ、それ書いてあった。キャロットケーキが美味しかったって」
(パーシー!! なんでもかんでも書かないで頂戴!!)
アデレインは怖くなった。我が家の話がヒューイ様に筒抜けだ。
「君の姉君が遊びに来て、君が二人に内緒でキャロットケーキを作って、みんなで食べたけど、君の姉君もニンジンが嫌い。だけどパーシーだけが食べれるようになったから」
「……ニンジン同盟に亀裂が入った話も書いてあったんですか?」
「うん。とっても可愛いね」
ふわりと微笑まれる。
『可愛い』のは、アデレインのことではない。
文脈から言っても、限りなくニンジン同盟の、パーシーと姉の二人に向けられた『可愛い』である。
が、破壊力が高すぎる。
ローズピンクの瞳が柔らかな光を帯び、口の端はゆるやかに上がる。
(あああああ!!)
アデレインは叫びたくなった。




