第11話 星の夜
(……これはさすがに想定外です)
アデレインは非常に困惑していた。
とうとうやって来た星の夜。
典礼用の王妃付き女官の制服を身に纏い、壁際に控えていたアデレインを呼び止めたのは、姉でも元夫でもなかった。
「まさか、私の離縁が貴女にまで飛び火するとは思いもよらず、大変申し訳ない」
アシュベリー侯爵子息様――フィオナ様と離縁した男に声を掛けられ、延々と謝られる。アデレインとしては本当に悪いと思っているなら、今すぐ解放してほしい。周りが好奇の目で見ていることに気づかないのか。男の後ろで控えている、おそらく現在の婚約者であろう若いご令嬢も困っている。
(面倒だわ……)
アデレインが星の夜の参加者であれば、男を適当に躱すか無視してしまえばいいのだが、女官の制服を着てそのような態度には出られない。愛想笑いを貼り付けたまま、与えられた位置から動かないようにするしかない。
「フィオナは本当に美人だった。それなのに子ができず、私としても非常に残念だ。とても美しかったのに」
(……フィオナ様は、あなたと離縁できて良かったでしょうね)
現在の婚約者と一緒にいるというのに、前の妻の話をする。それも惜しそうに。
酔っているようには見えないが、もしかしたら酔っているのかもしれない。手には白ワインのグラスがある。何杯目なのかは知らない。
「そうだ。もし新たな相手にお困りであれば、私が貴女に知り合いを紹介しましょうか?」
本気で親切だと思っているのだろうか?
口の端が楽しげに歪んでいる。
周囲には面白そうに眺めている者たちと、関わりたくはないが気にかけている者たちがいる。なにせ相手は侯爵家の子息、それも後継ぎ。しかも今は、王家主催の星の夜だ。下手な騒ぎに巻き込まれたくないに決まっている。
「どのような男が良いですか? 貴女のその容姿だとお相手を探すのに苦労されそうですが……おや?」
男が一歩アデレインへと近づき、顔を覗き込んできた。
「地味な色味で分かりづらいですが、意外と顔が良いのでは?」
ゾワリとした。
鳥肌を押さえつつ周りを見れば、アデレインと同じように壁際に控えている女官、侍女、騎士たちが、こちらを注視し、仲裁すべきか見極めているのが分かる。
(……だめです。騒ぎは起こしたくありません)
アデレインがなんとか場を収めようと、必死に頭を働かせていると。
「失礼。オルダートン嬢、王妃様がお呼びです」
静かな声が割って入った。
* * *
典礼用のダークグリーンのロングコートを羽織った外交儀礼官はとても優雅だった。
にこりとさわやかな笑顔をアシュベリー侯爵子息へと向け、アデレインをさりげなく後ろに庇う。
アシュベリー侯爵子息としても、目の前に現れた筆頭公爵家三男に反論などできるはずがない。
驚いたように目を見開き、そしてアデレインとヒューイ様を見比べる。
「ブランデルウッド公爵子息様は、随分と目が良いのですね」
(し、信じられない!! ヒューイ様相手にその言い方!! 完全に酔っ払いだわ)
アデレインの中でそれは確定した。後ろで申し訳なさそうに頭を下げている婚約者が可哀想である。絶対に一滴たりとも酒を飲ませるべきではない。
「ええ。遠目からでも、貴方が騒ぎを起こしているのは見えました」
ヒューイ様はあくまでも穏やかだった。
「背中に隠す価値がありますか? 貴方の隣に並ぶには随分と地味では? あ、でも意外と整っていましたね」
「……」
ヒューイ様が静かになった。
それから、すーはーと、小さく呼吸を整える音が聞こえた。
「彼女は私の同僚です。……それから、僕がブランデルウッド公爵家の名前を出す前に、立ち去ってほしいのですが?」
初めて聞く威圧的な声だった。
驚いて、思わずヒューイ様の顔を見ようと一歩前へ出た。
いつもは穏やかなローズピンクの瞳が、冷たく相手を見据えていた。
「も、申し訳ありません!!」
婚約者が必死に男の腕を取り、その場から連れ出そうとするが、酔っ払いは彼女の手を振り払って動こうとしない。
呆れたようにため息を吐いて、ヒューイ様は言った。
「衛兵」
「は!!」
ブランデルウッド公爵家のご子息が一言命じれば、王宮の騎士すら動かせるのだと、アデレインは初めて知った。




