表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の貧乏貴族に転生した俺、千年の軍事知識で小国を救う  作者: 空鯨レイ
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/36

第二部 第4話 偽りの設計図と、鉄の鯨の産声


サン・テルモの造船所は、潮風と石炭の匂い、そして耳をつんざくリベット打ちの音に支配されていた。


「——違う! そこじゃない! 鋼板の継ぎ目に隙間があれば、ボイラーの圧力で船底が吹き飛ぶぞ! もっと熱を入れ、つちで叩いて馴染ませろ!」


バルタザールが、裸同然の上半身にすすを浴びながら怒鳴り散らしている。

巨大な船殻せんかくの周囲では、数百人の鍛冶屋と船大工たちが、赤熱した鉄板をリベットで接合する作業に明け暮れていた。


「アルデン様! 第三区画の溶接が完了しました! ですが、スクリュープロペラの軸受じくうけに使う青銅の合金が足りません!」


モリッツが汗だくで駆け寄ってくる。

俺は手元の帳簿に計算式を書き込みながら、即座に指示を出した。


「王都の教会から、使わなくなった鐘を借りてこい。あの鐘は不純物の少ない良質な青銅だ。セラフィナ陛下の許可は私が取る」


「は、はっ! 鐘を溶かすんですか!? 神父様が気絶しますぞ!」


「神は我々の航海を祝福してくれるさ。早く行け」


俺がそう言い放つと、バルタザールがニヤニヤしながら近づいてきた。


「……相変わらず無茶を言う小僧だ。だが、あの『スクリュー』という螺旋らせんの羽根の理論は素晴らしい。水を後ろにき出すことで推進力を得るだと? オルヴァーネのギルドの老人たちに見せたら、気絶するだろうな」


「彼らが気絶するのは、まだ序の口ですよ、バルタザール。

問題は『重心』です。鉄の船は木より重い。ボイラーと石炭の積載量を間違えれば、進水した瞬間に海底へ真っ逆さまです」


俺は設計図の吃水線(きっすいせん・水面に接する線)を指差した。

地球の知識がある俺でも、19世紀初頭の蒸気船を正確に再現するのは至難の業だ。試行錯誤の連続だが、この世界の「魔法」に頼らない物理法則だけが、俺たちの武器だった。


***


その夜。

造船所の事務所は、月明かりとランプの薄暗い光に包まれていた。

俺は机に向かい、わざと「ある書類」を机の上に置きっぱなしにしていた。


『極秘:蒸気船“黒鯨” 最終設計図およびボイラー圧力弁の構造』


窓の外で、微かな物音がした。

潮風に紛れた、革靴のきしむ音。

オルヴァーネのスパイ組織「海蛇シーサーペント」が、ついに動いたのだ。


「……ボス。ネズミが入ってきたわよ」


天井のはりの上から、リラが小声で囁いた。

彼女は四年前の森の猟師のままではない。今は港の裏社会と、密輸業者のネットワークを掌握する「影の女王」だ。


「姿は見えるか?」


「ええ。船大工の変装をしているけど、手のマメと歩き方で分かる。オルヴァーネの『工作兵』よ。机の図面をスケッチしている」


俺は目を閉じたまま、ペンを走らせるフリを続けた。

スパイは手際よく設計図を複製し、懐にしまうと、霧の中へと消えていった。


「……追いかけなくていいの?」


リラが梁からひらりと降りてきた。


「いいんだ。あれは『餌』だからね」


俺は机の上の「偽の設計図」を暖炉にくべた。


「あの図面に書かれているボイラーの安全弁は、わざと計算を間違えてある。

オルヴァーネの技術者があの図面を真似て蒸気船を作れば、初回の航行でボイラーが爆発し、船は木っ端微塵だ。

彼らが我々の技術を盗むなら、その『欠陥』ごと盗んでもらう。これが、特許を持たない我々の『防衛策』だよ」


リラは呆れ、そして妖しく笑った。


「……あんた、本当に性格が悪いわね。気に入った」


***


三ヶ月後。

サン・テルモの港には、王都から見物客や貴族の残党、そして各国のスパイたちが押し寄せていた。

彼らの目的はただ一つ。「鉄の塊が海に沈む瞬間」を嘲笑うためだ。


「見ろ、あの黒い鉄の塊を。あんなものが浮くわけがない」

「辺境伯の道楽もここまでだ。オルヴァーネの封鎖艦隊が来る前に、自分で沈むとはな」


桟橋さんばしの上で、旧貴族たちの残党がクスクスと嘲笑を漏らしている。

カイルは剣の柄に手をかけ、苛立ちを隠せずにいた。


「……アルデン。本当に浮くんだろうな? もし沈めば、我々は大陸中の笑いものになり、オルヴァーネに攻め入る口実を与えるぞ」


「ご安心ください、兄上。物理法則は、貴族の噂話ほど気まぐれではありませんから」


俺は赤いリボンのついたロープを握りしめ、バルタザールに頷いた。

バルタザールは涙ぐみながら、巨大なバルブを回した。


「……行くぞ、俺の『鯨』よ! 海へ出ろ!」


シュウウウウウウウウウウウ!!


船の煙突から、黒い煤煙が天へと突き抜けた。

そして、船内で石炭が燃え上がり、ボイラーがうなりを上げる。

ドッ、ドッ、ドッ。

水面下で、巨大なスクリュープロペラが水を噛み、白く激しい泡を巻き起こした。


見物客たちが、息を呑んだ。


重さ数百トンの鉄の塊が、桟橋を軋ませながら、ゆっくりと、しかし確実に港の沖合いへと滑り出したのだ。

帆はない。風もない。

だが、「黒鯨」と名付けられた鉄の船は、波を切り裂き、オルヴァーネの哨戒艦隊が待つ水平線へと向かっていった。


「ば、馬鹿な……! 浮いた! しかも、風がないのに進んでいる!?」

「化け物だ! あの船は悪魔の力を使っている!」


桟橋はパニックと歓声に包まれた。

カイルは、沖合いで黒煙を上げる船を見て、言葉を失っていた。


「……これが、お前の言う『新しい時代』か。海すらも、お前の計算の内だったというのか」


「ええ。海は広く、そしてオルヴァーネの財布は浅い。

我々はこれから、あの船で大陸中の港へ『石炭と鉄』を運び、オルヴァーネの関税を無視して直接取引を行います。

彼らが帆船で風を待っている間に、我々は十日で大陸を一周するんです」


俺は桟橋の先端に立ち、水平線の向こうを見据えた。


「オルヴァーネの『海蛇』たちは、今頃、盗んだ偽の図面を喜んで本国へ持ち帰っている頃だろう。

彼らがその図面で船を作り、爆発するまでの時間は、我々の『市場独占』の時間だ」


***


同じ頃、オルヴァーネ商業連合の本部。

ヴェロニックは、スパイが持ち帰った「黒鯨の設計図」を前に、満足げにワインを傾けていた。


「ふむ。さすがは辺境の天才か。だが、所詮は田舎者の細工だ。この図面さえあれば、我々のギルドでもっと巨大で豪華な蒸気船を量産できる。

ヴェラムの市場など、我々が『本物』の蒸気船で踏み潰してやろう」


彼は部下に命じた。


「直ちに造船所を動かせ! この図面通り、十隻の蒸気船を建造するのだ! 半年後には、ヴェラムなど地図から消してやる!」


ヴェロニックは知らない。

その図面に書かれたボイラーの安全弁が、致命的な計算ミスを含んでいることを。

そして、彼らが巨費を投じて建造する船が、半年後の進水式で「巨大な爆弾」と化すことを。


海風が、サン・テルモの港に新しい時代の匂いを運んでいる。

泥と血の戦争は終わり、今は石炭と鉄、そして「嘘と特許」の戦争だ。

俺たちの「鉄の鯨」は、まだ産声を上げたばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ