第二部 第2話 黄金の枷と、石炭の帳簿
砲煙が晴れかかった平原は、異様な静寂に包まれていた。
かつて「大陸最強」と謳われた傭兵団「黄金の獅子」は、今やただの「敗者」の群れと化している。
蒸気装甲車のキャタピラ(無限軌道)に蹂躙され、ライフル銃の射程外から一方的に射抜かれた彼らは、もはや戦意など持ち合わせてはいなかった。
「……武器を捨てろ。抵抗する者は、あの鉄の怪物の餌にするぞ」
カイルの冷徹な号令が響く。
生き残った数千の傭兵たちは、震える手でマスケット銃や剣を地面に置き、膝をついた。
彼らの瞳には、敗北の悔しさではなく、「理解不能な怪物」への根源的な恐怖が宿っている。
***
司令部テントの前には、捕縛された傭兵団長ガルバルドが引き立てられてきた。
彼の豪華な黄金の鎧は泥と煤にまみれ、左腕は包帯で吊られている。だが、その眼光だけは、まだ「プロ」の誇りを失ってはいなかった。
「……ヴェラムの辺境伯か。まさか、十六歳の小僧が、我々をここまでに追い詰めるとはな」
ガルバルドは、俺が差し出した水差しを無視し、啐を吐いた。
「殺すなら早くしろ。だが、覚えておけ。我々は『商品』だ。俺を殺せば、オルヴァーネはさらに高値で、次は『毒殺し』や『暗殺者』を送ってくるぞ」
「殺しませんよ、ガルバルド殿。むしろ、あなたを『雇いたい』」
俺は机の上の帳簿——敵の補給物資リスト——を閉じ、彼を真っ直ぐに見据えた。
「オルヴァーネは、あなたたちに金貨三万枚を前払いしたそうですね。ですが、残りの報酬は『王都を落とした後』の成功報酬。……つまり、彼らはあなたたちの命など、最初から『経費』としか見ていない」
ガルバルドの眉根が、ピクリと動いた。
「我々はヴェラム王国の『新式軍』として、あなたたちを再雇用します。
報酬は、オルヴァーネの倍。ただし、支払いは『金貨』ではなく『石炭と鉄の輸出権』で担保する。
あなたたちはもう、オルヴァーネの使い捨ての駒ではない。これからは、この新しい『産業国家』の警備会社として、大陆の利権を守る側になるんです」
「……はあ? 傭兵を、国の『番犬』にするだと? 正気か小僧、傭兵は金のある方に靡く風見鶏だぞ」
「ええ。だから、あなたたちを『株主』にするんですよ」
俺はニヤリと笑い、一枚の契約書を差し出した。
「ヴェラム王国が今後、オルヴァーネから奪う『南部の鉱山』の権益の1%を、あなたたちの団に与える。
あなたたちは、自分の『資産』を守るために戦うことになる。
……さあ、どちらがいい? オルヴァーネの『未払いの借金』のために死ぬか。それとも、我々の『未来の配当』のために生きるか」
ガルバルドは、契約書と、テントの外で煙を吐く装甲車を見比べた。
やがて、彼は深く息を吐き、そして苦々しげに——しかし確実に、契約書に署名した。
「……悪魔だ。お前は剣ではなく『欲』で人を縛る」
「違います。私はただ、合理的な『投資』をしただけです」
***
その頃、南の街道を馬車で逃亡していたデュプレシ伯爵は、カイル率いる騎馬隊にあっけなく包囲されていた。
「離れろ! 貴様ら平民ごときが、王家の血を引く私に刃を向けるだと!? 私はオルヴァーネの庇護を受けている身だ! 私を傷つければ、大陸全土を敵に回すぞ!」
馬車の中から、デュプレシが金切り声を上げていた。
かつて王都で傲慢に振る舞っていた彼は、今やただの滑稽な道化師だ。
カイルは馬から降り、剣の鞘で馬車の扉を叩き割った。
「……うるさいな、旧時代の亡霊。お前の『格』など、あの装甲車の装甲板一枚にも及ばん」
デュプレシは引きずり出され、泥の上に跪かされた。
彼の眼前には、俺が馬車で追いつき、静かに降り立ったところだった。
「アルデン……! お前、私を処刑する気か!? 待て、待て! 私の隠し財産を教えよう! オルヴァーネの銀行に預けた……」
「処刑などしません、伯爵。あなたは大切な『郵便配達員』ですから」
俺は懐から、一通の封筒を取り出し、デュプレシの胸元にねじ込んだ。
「これは、オルヴァーネ商業連合の『十二人の大商人』宛ての手紙です。
中身は简单ですよ。
『あなたたちが支援した軍は、私どもの新製品により、わずか二時間で全滅しました。つきましては、次はあなたたちの『商船』と『工場』を、この技術で焼き払う予定です。
——戦争のコスト計算、見直しませんか?』とね」
デュプレシは、震える手で封筒を握りしめ、俺を怪物を見るような目で睨んだ。
「……お前、オルヴァーネを『脅す』気か? 相手は大陸の経済を握る怪物だぞ。お前の石炭など、彼らが本気を出せば一瞬で封鎖される……」
「ええ。だから、彼らが本気を出す前に、我々は彼らの『喉元』を掴みます。
伯爵。生きて帰って、彼らに伝えてください。
『ヴェラムはもう、麦や羊毛を売る国ではない』と。
これからは、我々が『蒸気と鉄』を売り、あなたたちを『客』にして差し上げましょう、とね」
***
帰路の馬車の中。
カイルは、窓の外を流れる草原を眺めながら、複雑そうに呟いた。
「……アルデン。傭兵を雇い、貴族を伝令にする。お前のやり方は、あまりにも騎士道からかけ離れている」
「騎士道は、平和な時代の『装飾品』です、兄上。
今の我々に必要なのは、国を動かす『燃料』と『歯車』ですよ」
俺は手元のメモ帳に、今回の戦闘で消費した石炭と弾薬の量を計算していた。
「……それに、勝利は高くつきます」
「ん?」
「装甲車三台の稼働で、石炭二十トン消費。ライフル銃の弾薬製造には、鉛と銅の輸入が不可欠。
今回の勝利は、我々の『備蓄』を食い潰してのものです。
オルヴァーネが海上封鎖を続ければ、あと半年で我々の『鉄の心臓』は止まります」
カイルがハッとして俺を見た。
「……つまり、我々は勝ったが、時間は味方ではないと?」
「ええ。だから、次の戦場は『陸』ではありません」
俺は地図を広げ、指で大陸の南、オルヴァーネの生命線である「大洋」をなぞった。
「我々は、海に出ます。
オルヴァーネの商船を沈めるのではありません。彼らよりも『速く』『安く』荷を運ぶ船を作り、彼らの市場シェアを根こそぎ奪うんです。
……兄上。王都へ戻ったら、造船所の用地を探してください。
次は『蒸気船』を作ります」
馬車は、煤煙の匂いを纏いながら、王都へと突き進む。
泥の戦争は終わり、今は金と技術の戦争。
俺たちの「産業革命」は、まだ始まったばかりだ。




