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辺境の貧乏貴族に転生した俺、千年の軍事知識で小国を救う  作者: 空鯨レイ
アーク1

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12/20

雪原の罠と、折れぬ剣

初雪は、音もなく辺境を白く塗りつぶした。


エルムフォードの街も、北の森も、すべてが氷点下の静寂に包まれている。

だが、俺の書斎の中は、熱を帯びた緊張感が充満していた。


「——来たわよ、ボス」


窓からひらりと舞い込んだのは、雪で真っ白になったマントを纏うリラだった。

彼女の頬は寒さで赤らんでいるが、その瞳は鋭く光っている。


「森の『目』からの報告。西の国境を越えて、三十人ほどの集団が入ってきた。

装備は革鎧と彎刀わんとう。一見ただの盗賊団だけど、歩幅と陣形が揃いすぎている。オルヴァーネが裏で雇った『傭兵崩れ』の精鋭ね。

目指しているのは、例の『偽の岩塩鉱脈』がある嘆きの谷」


「ご苦労、リラ。三十人か。グスタフめ、本気を出してきたな」


俺は机の上の地図に、赤い駒を三つ置いた。

三十人の精鋭。辺境の警備隊だけで正面からぶつかれば、損害は免れない。

だが、戦場が「雪の森」なら、話は別だ。


「カイル兄上」


扉の陰で腕組みをしていたカイルが、ニヤリと笑って stepping forward(一歩前に出た)。

彼の腰には、磨き上げられた長剣が収まっている。


「俺の出番か。待ちくたびれたぞ、アルデン」


「ええ。ですが、ただ斬り合うのではありません。

彼らを『狩る』のです。一人も逃さず、かつ我々の被害はゼロで。

……兄上の剣と、私の『罠』の初共演です。手加減はなしでお願いします」


***


嘆きの谷へ続く森の道は、雪が積もり、足場が悪くなっている。

傭兵崩れの盗賊団は、雪を踏みしめながら、獲物(岩塩)を狙って深く侵入してきた。


「……クソ寒い土地だ。こんな辺境の石ころ一つに、俺たち『黒狼こくろう』の傭兵団が駆り出されるとはな」


頭目らしき大男が、吐く白い息と共に呟いた。

彼らはオルヴァーネの商人から「辺境の森に岩塩の鉱脈がある。領主の警備は手薄だ。採掘設備を壊し、証拠を持ち帰れば一人につき金貨十枚」と雇われている。


だが、彼らが気づいていないことが一つある。

この森は、すでに「狩場」ではなく「罠」になっているということだ。


「——ッ!?」


先頭を歩いていた傭兵が、突然足を滑らせて転倒した。

いや、滑ったのではない。雪の下に隠されていた「つた」が、彼の足首を絡め取ったのだ。


「なんだこれは!? 罠か! 陣形を組め!」


頭目が叫ぶが、時すでに遅し。

周囲の木々から、不気味な「きしみ」の音が響き始めた。


「ボス、準備完了だよ」


頭上の巨木の上から、リラが小さく合図を送る。

彼女が斧で「くさび」を叩き抜いた瞬間、雪の重みと張力で彎曲わんきょくしていた巨木が、強烈な勢いで跳ね上がった。


「ゴゴゴゴォォッ!!」


「うわあああ!?」


雪と氷の塊が、傭兵たちの頭上へとなだれ落ちる。

これは「雪崩」ではない。俺が事前に設計し、領民たちに掘らせておいた「人工の雪庇せっぴ崩し」だ。

殺傷力はないが、視界を奪い、足を埋め、陣形を寸断するには十分すぎる。


「くそっ、 visibility(視界)がゼロだ! 敵はどこにいる!」


傭兵たちがパニックに陥り、手探りで剣を振り回す。

その混沌の中に、静かに、しかし確実に「死」が歩み寄っていた。


***


「——散開した獲物を、一匹ずつ狩る。基本だぞ、お前ら」


雪煙の中から、カイルの冷徹な声が響いた。


彼は単独で、雪煙の中へ突入していた。

視界が効かない? 関係ない。カイルは「音」と「気配」だけで敵の位置を把握している。

そして、俺が事前に渡していた「森の安全なルート(リラがマークした目印)」だけを踏着とうちゃくして移動しているため、罠にかかることもない。


「シャキンッ!」


「ぐああ!?」


剣の閃光が、雪煙の中で一瞬だけきらめく。

カイルは致命傷を負わせず、正確に傭兵たちの「武器を持つ腕」や「膝」のけんだけを斬り飛ばしていく。

武人としての圧倒的な技量と、俺が設計した「地形の優位」が完璧に噛み合った瞬間だった。


「ば、化け物だ……! こんな辺境に、こんな剣士がいるのか!」

「撤退だ! 頭目、逃げろ!」


残った数人の傭兵が、来た道を逃げ出そうとする。

だが、彼らが踏んだ雪原が、突然「崩落」した。


「なっ……!? 地面が——」


それは、森の狩猟道に仕掛けた「落とし穴」の亜種だ。

底には尖った木槍などない。代わりに、粘性の高い「泥炭でいたん」と「冷水」が満たされているだけだ。

一度嵌はまれば、重い鎧と冷気により、自力では決して這い上がれない「氷の棺」となる。


わずか三十分。

三十人の精鋭傭兵団は、一人の死者を出すことなく、全員が捕縛され、雪の上に並べられていた。


***


「……見事だな、アルデン。俺が剣を振るったのは、せいぜい十人程度だ。残りはすべて、お前の『森』が呑み込んだ」


カイルは剣の血糊を雪で拭いながら、感嘆のため息をついた。

彼の瞳には、もはや俺に対する「嫉妬」や「軽蔑」はない。あるのは、純粋な「共犯者」としての信頼だけだ。


「兄上の剣が、彼らの『戦意』を折ってくれたからです。俺の罠だけでは、彼らは逃げ出していたでしょう」


俺はそう答え、捕らえられた頭目の前に歩み寄った。

頭目は泥炭にまみれ、震えながら俺を睨みつけている。


「……小僧、俺たちを殺す気か? だが、俺たちを雇ったのがオルヴァーネの商人だとバラせば、お前たちも無事では——」


「殺しません。むしろ、あなたたちには『生きて』、王都へ行ってもらう必要があります」


俺は頭目の懐から、オルヴァーネの紋章が刻まれた「手付金の袋」と「指示書」を抜き取った。


「これは、オルヴァーネ商業連合が『ヴェラム王国の王室財産(偽だが)を破壊し、国家の転覆を図った』という、動かぬ証拠です。

あなたたちは『傭兵』ではなく、『敵国のスパイ』として、王都の牢獄で余生を送ってもらう。

……ただし、法廷で『グスタフという男に雇われた』と証言してくれたら、牢獄での食事は、オルヴァーネの高級ワイン付きにしてあげましょう」


頭目は、俺の冷徹な瞳を見て、すべてを悟ったように力が抜けた。


「……悪魔だ、お前は。十二歳の子供の皮を被った悪魔だ」


「違います。私はただの『貧乏貴族』です。家族と領民を守るためには、悪魔とも契約しますよ」


***


その夜、俺は王都のセラフィナ宛に、二つの報告書をしたためた。


一つは、『オルヴァーネによる国家転覆計画の証拠』と、捕らえた傭兵たちの移送について。

これにより、セラフィナは王都でオルヴァーネ派の貴族たちを完全に「粛清」する口実を得る。ヴェラム王国の「経済の自立」への第一歩が、ここに確定した。


もう一つは——


「……アルデン。これは、何だ?」


カイルが、俺が書いた二通目の報告書の端を覗き込み、眉をひそめた。


「北の国境からの『別の報告』だよ、兄上」


俺は窓の外、吹雪く北の闇を見つめた。


「リラの『目』が、ラズラン帝国の斥候スカウトの動きに変化を捉えた。

彼らは今までの『測量』をやめ、国境の砦の『守備兵の交代時間』と『食料の搬入量』を記録し始めたらしい」


カイルの顔から、笑みが消えた。


「……それは、まさか」


「ええ。『測量』の次のステップだ。帝国は、侵攻のタイミングを『三年後』から『前倒し』するかもしれない。

オルヴァーネの経済支配が揺らいだことで、帝国は『ヴェラムが自立する前に叩く』という判断を下した可能性がある」


俺はペンを置き、王家の短剣を握りしめた。


内なる敵(腐った貴族と商人)は、片付けた。

だが、本当の「外なる敵」は、すでに国境のすぐそこまで来ている。


「兄上。冬が終わる前に、領地の全農民を徴兵し、『民兵』としての訓練を始めます。

そして、森の奥に『第二、第三の要塞』を築きます。

……俺たちの『戦争』は、まだ序章プロローグに過ぎなかったようです」


辺境の雪は、まだ降り止まない。

だが、俺たちの胸の内の火は、決して消えることはなかった。

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