第8話 三重重ねの暖簾
――下女お縫、八つ目の「工夫」
秋の気配が近づくにつれ、
大奥では“冬支度”の話題が増えていた。
「そろそろ大黒屋の絨毯が納まる頃だね」
「去年は高かったよ……あれ一枚で、下女の年収が飛ぶって噂だよ」
「でも、あれがないと寒くてたまらないしねぇ」
お縫は、女中たちの会話を聞きながら、
御殿の廊下を吹き抜ける風に目を細めた。
(……確かに、冬の大奥は冷える。
でも、絨毯は高すぎる。
大黒屋が“冬物利権”を握っているからだ)
お縫は、廊下の端に立ち、
風の流れをじっと観察した。
(冷えの原因は、床ではない。
“隙間風”だ。
なら――塞げばいい)
そのとき、滝川お局の声が飛んだ。
「新参! ぼさっとしてないで、これを運びな!」
渡されたのは、大黒屋が納めた高額な絨毯。
厚く、重く、値段だけは立派だ。
お縫は、絨毯の裏を指でなぞった。
(……重いだけ。
これでは、御殿の負担になる)
お縫は、ふと倉庫に積まれた端切れの山を思い出した。
(端切れ……
あれを重ねれば、風を防げるかもしれない)
その夜。
お縫は、端切れを抱えて洗濯場へ向かった。
絹の端切れ。
木綿の端切れ。
厚手の布、薄手の布。
(まずは木綿を一枚。
その上に絹を重ねて、
さらに薄い布で覆う)
お縫は、三枚の布を重ね、
端を丁寧に縫い合わせた。
(これなら、風を通さず、
重すぎず、扱いやすい)
翌朝。
お縫は、その“暖簾”を廊下の入口に掛けた。
「……あれ? 今日は寒くない」
「ほんとだよ! 風が入ってこない!」
「これ、何だい? 新しい絨毯かい?」
お縫は控えめに頭を下げた。
「端切れを重ねて、暖簾にしてみました。
三枚重ねで、風を防ぎます」
女中たちは目を丸くした。
「すごいよ! 軽いのに暖かい!」
「絨毯より扱いやすいじゃないか!」
「これ、各御殿に欲しいよ!」
その噂は、すぐに大奥中へ広がった。
「お美代の方様の御殿で、
“暖簾”が大評判だそうだ」
「絨毯より安くて、軽くて、暖かいとか」
「大黒屋の冬物、いらなくなるんじゃないか?」
滝川お局の顔がみるみる青ざめる。
「な、何だって……!?
端切れの暖簾ごときが……
大黒屋の絨毯に勝つだと……?」
そのとき――
廊下の向こうから、静かな足音がした。
勘定吟味役・水野。
「暖簾を作ったのは、お前だな」
お縫は、へこへこと頭を下げた。
「い、いえ……皆様が寒いと仰るので……
少し工夫を……」
水野は暖簾を手に取り、
布の重なりを指で確かめた。
「木綿で風を受け、
絹で冷気を散らし、
薄布で軽さを保つ……
よく考えられている」
お縫の胸がひやりとした。
(この人は、本当に“見抜く”)
水野は続けた。
「大黒屋の絨毯は重く、値が張る。
だが、この暖簾は端切れで作れる。
……利権の根元を揺るがすには、
こういう“実用”が一番効く」
滝川は悔しさに震えた声で叫んだ。
「端切れなんて……!
そんなものが流行ってたまるか!」
だが、女中たちの声がそれをかき消した。
「お縫の暖簾、もっと作って!」
「うちの御殿にも欲しい!」
「大黒屋の絨毯より、ずっと良いよ!」
滝川は唇を噛みしめた。
「……覚えておきな、新参。
あんた、本当にただでは済まないよ」
お縫は深く頭を下げたまま、
前髪の奥で静かに笑った。
(端切れの価値を知らない大黒屋。
その“冬物利権”は、今日で終わり)
――お縫の“工夫”は、
大奥の生活そのものを変え始めていた。
(第9話へ続く)




